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ブクドリ | BOOK DRIP

良いアイデアが生まれないのは、見本の欠点まで写してしまうから

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約6分で読めます 思考法・問題解決
目次

「ストローと飲み口は使わないこと」。そう書かれた課題を読んだ学生たちが、ストローの付いた案を描きました。

1991年に米テキサスA&M大学で行われた、設計の実験です。一部の学生は、課題文と一緒に1枚の見本を渡されていました。その見本に、ストローが付いていたんです。

新しい企画を考えるとき、私たちはまず参考になる事例を集めます。競合の商品、過去の企画書、他社の成功例。材料が多いほど発想は広がると考えがちです。

ところが研究を並べると、見本は発想を広げる前に、考える範囲を先に決めてしまうことがあります。良いアイデアが生まれないとき、足りないのは発想力より、自分が何に縛られているかの自覚なのかもしれません。

見本は、本人の気づかないうちに前提になる

実験を行ったのは、テキサスA&M大学のデビッド・ジャンソン氏とスティーブン・スミス氏です。機械工学を学ぶ4年生35人に、使い捨てでこぼれないコーヒーカップの案を、できるだけ多く描いてもらいました。

18人にだけ見本を渡します。ストローと飲み口の付いたカップで、横に倒すと漏れる欠点がありました。課題文には、ストローも飲み口も使わないことが条件として書かれています。

結果、ストローを使った案は、見本なしの組では全体の1%でしたが、見本ありの組では17%でした。飲み口を使った案は10%と39%。漏れる設計も30%から39%に増えています。

たとえるなら、禁止と書かれた部品を、見本に載っていたという理由だけで使ってしまった状態です。他の参加者と似ていない案の多さから計算した独創性の指標も、見本ありの組のほうが低く出ました。

欠点のない特徴も写ります。最初の実験は車の屋根に載せる自転車ラックで、見本は吸盤で屋根に固定する型でした。吸盤を使った案は、見本なしの組で6%、見本ありの組で54%です。案の数は4.5と4.3で、ほとんど変わりませんでした。

量は同じだけ出ているのに、中身が見本の周りに集まる。本人は自由に考えているつもりでも、出てくる案の散らばりは狭くなっています。

同じ論文では、実務の設計者13人にも別の課題を出しています。腸の中を測る装置の見本には、使いにくいコードが付いていました。コード付きの案は、見本なしの組で36%、見本ありの組で78%です。

ただし、どの実験も1組は十数人ほどで、論文には各組の割合が並ぶだけです。差が偶然でないかを確かめる統計の検定は載っていません。

そこで2005年、テンプル大学のエヴァンゲリア・クリシコウ氏とロバート・ワイスバーグ氏が、設計の専門家ではない参加者で確かめ直しました。89人と60人の2つの実験です。

1つ目の実験では、考えていることを声に出しながら取り組んでもらい、その発話も分析しています。参加者は課題文を何度も確かめていました。それでも、不適切な要素を含む見本に従う傾向が出ています。一方で、見本のどの要素がまずいのかを示し、それを避けるよう指示すると、この影響は小さくなりました。

ここから分かるのは、「前提を疑おう」という号令の弱さです。縛っている前提は本人には見えていません。効くのは、どの要素に縛られているかを名指しすることです。

名前が、使い道を先に決めてしまう

見本がなくても、人は縛られます。物の名前が、その使い道まで決めてしまうからです。心理学では「機能的固着」と呼ばれてきました。

マサチューセッツ大学アマースト校のトニー・マカフリー氏は2012年、この固着を外す手順を実験で確かめています。名付けて「ジェネリック・パーツ・テクニック」。

やり方は単純です。問題に出てくる物を部品に分け、部品ごとに2つ問います。まだ分けられるか。そして、自分のその呼び方は用途を含んでいないか。

論文を掲載した米国心理科学会の発表資料には、こんな課題が載っています。鉄の輪2つを8の字につなげ。道具はろうそくとマッチだけ。「芯」と呼んでいるうちは、火をつける物にしか見えません。「ひも」、さらに「綿の糸」と言い換えると、芯を抜いて輪を結べばいいと気づきます。

論文の抄録によると、この手順を練習した人は、練習しなかった人より平均67%多くの問題を解きました。ただし、実験室の課題での結果です。企画の仕事でどこまで効くかは確かめられていません。

それでも、仕事に置き換えてみる価値はあると私は考えます。たとえば「会議室」を「ドアが閉まり、机と椅子と壁のある部屋」と言い直すと、集中作業にも撮影にも使える部屋に見えてきます。

人間中心とは、作り手の名前を持たない人を見ること

ジャンソン氏らの実験には、もう1つ気になる課題があります。目の不自由な人が料理に使う計量カップです。参加した31人の学生は、誰もそうした道具に触れた経験がありませんでした。

見本を渡された組では、見本によく似た案が50%を占めました。見本なしの組では7%です。あふれを防ぐ仕組みのない案も、17%から54%に増えています。

ここからは私の読みです。使う人の暮らしを知らないと、頭の中の空白を見本が埋めてしまうのではないか。論文はこの点を検証していませんが、「人間中心」が効く理由の1つはここにあると考えています。

使う人は、作り手が付けた名前や前提を知りません。だから作り手が想定しなかった使い方をします。

読書猿さんは『問題解決大全』で、現場に入って人の暮らしを観察するエスノグラフィーを紹介しています。例として挙がるのが、ノキアがインドで行った観察です。携帯電話がラップで包まれて使われているのを見つけ、防塵の対策を強めたといいます。

同じ章には、花王の生活者研究センターの例もあります。アンチエイジングに強い好き嫌いを持っていそうな人をあえて選んで観察し、「加齢とはアイデンティティの更新過程である」という仮説を得たそうです。平均的な利用者に話を聞くだけでは、出てきにくい見方です。

ラップは、利用者が自分で足した工夫です。作り手の頭の中では、電話は「そのまま持ち歩く物」だったはずです。使う人の行動には、作り手が見落とした前提が、名前の付かない形で現れます。

見本を捨てずに、縛られない手順

ジャンソン氏らは論文の中で、設計者は知っていることを材料にしか新しい形を描けないとも書いています。見本や知識そのものが悪いわけではありません。問題は、見本に使い方の歯止めがないことです。

誤解:見本や事例は、見ないほうが発想が自由になる → 知識のない状態では、かえって最初に見た案に引っぱられます。見本は見たうえで、どこを借りないかを決めます。

正しいアプローチ:見本から「借りない要素」を書き出す → 事例を見る前に自分の案を3つ描き、見たあとで「この要素は使わない」と具体的に書きます。見る順番は私の提案ですが、要素を名指しする効果はクリシコウ氏らの実験が支えています。

5分でできること:企画書の名詞を3つ、用途抜きで言い直す → たとえば「ポイントカード」なら「財布に入る薄い紙」「来るたびに書き込める記録欄」。呼び方を変えると、同じ物に別の使い道が見えてきます。

時間が取れたら:使う人が自分で足した工夫を探す → 画面に貼られた付箋、手書きの注意書き、テープで補強された道具。そこには、作り手の想定から漏れた使い方が残っています。

おわりに

ストロー禁止の課題でストローを描いた学生たちは、禁止を読み飛ばしたわけではありません。読んだうえで、見本に引っぱられました。

次に「何か新しい案はないか」と聞かれたら、手元の見本と、よく使う名前を先に疑ってみてください。何に縛られているかが見えた分だけ、考えられる範囲が広がります。


この記事で参考にした本

『問題解決大全』読書猿さん → 現場に入り、作り手から見えない文脈を汲み出すエスノグラフィーと、ノキアがインドで見つけたラップ包みの携帯電話の例


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