「忙しい」は、いつから自慢になったのか
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「最近どう?」と聞かれて「忙しくて」と答えると、少しだけ誇らしい気持ちになる。そんな経験はないでしょうか。
言っている内容は愚痴です。休めていない、余裕がない、と打ち明けているはずなのに、口にしたときの手触りはどこか自慢に近い。
これは気のせいではありません。アメリカの消費者研究では、忙しさを語る人が、聞き手から「地位の高い人」と見られやすいことが実験で確かめられています。
ただ、その評価には条件があり、代償もあります。「忙しい」が口癖になると、自分と周りで何が起きるのか。研究と書籍から見ていきます。
忙しさは「引く手あまた」の証拠として読まれる
コロンビア大学のシルビア・ベレッツァ氏らは、2017年に Journal of Consumer Research 誌で「時間の顕示的消費」という論文を発表しました。高級品で財力を見せるのと同じように、人は忙しさで地位を見せている、という主張です。
論文はまず、有名人の「謙遜を装った自慢」の投稿1,100件を分類しています。そのうち約12%が、働きづめで時間がないという不満でした。こうした愚痴は、自慢の定番の型になっているわけです。
実験のひとつでは、アメリカ人307人に、架空の友人のFacebook投稿を3つ読んでもらいました。半数が読んだのは「今週はずっと働きづめ」「昼食は10分で済ませた」「まだ職場にいる」という投稿です。残りの半数は「今週はあまり働いてない、自由時間たっぷり」「長めのランチ中」「仕事終わり!」を読みました。
結果は、忙しい投稿を読んだ人ほど、その友人の社会的地位を高く見積もるというものでした。
なぜそうなるのか。論文の分析では、忙しい人はまず「有能で野心がある」と推測され、そこから「市場で求められている希少な人材だ」と見なされる、という二段階の経路が示されています。ダイヤモンドが希少だから高価なように、予定が埋まっている人は、それだけ需要のある人に見えるのです。
面白いのは、この効果が国によって逆転したことです。「長時間働き、予定がいつも埋まっている35歳」と「働かず、ゆったり暮らす35歳」を比べてもらうと、アメリカ人は前者を、イタリア人は後者を高く評価しました。
イタリアの回答者の自由記述には、長時間働くのは「家族を養うために仕方なく」といった説明が並びました。論文は、努力すれば階層を上がれると信じる度合いが強いほど、忙しさが地位のサインとして働くと分析しています。
つまり、忙しさの価値は、周りの人がどんな物差しを持っているかで決まります。「忙しい」と言いたくなるのは、自分の職場がその物差しで人を測っていると、どこかで知っているからかもしれません。
予定が詰まっていると、考えずにすむ
周りからの評価だけなら、言わせておけばいい話です。厄介なのは、忙しさが自分自身にも効いてしまうことです。
ドリー・クラーク氏は『ロングゲーム』で、「忙しいと、深く考えずにすむ」と書いています。予定を詰めて動き続けていれば、「この働き方を続けられるのか」「これが望んでいた道なのか」という問いに向き合わずにすむ。クラーク氏は忙しさのこの働きを、辛い感情を鈍らせる麻酔にたとえています。
オリバー・バークマン氏の『限りある時間の使い方』も、近いところを指しています。人生はおよそ4000週間しかなく、すべてはこなせない。その事実は受け入れがたいので、私たちは効率化やタスク管理に打ち込み、有限性を直視することを先送りにしている、という見立てです。
2冊を並べると、忙しさには二つの顔があるとわかります。外に向けては有能さのサインになり、内に向けては考えたくない問いを遠ざける口実になる。
しかも両者は互いを強めます。忙しさが褒められる職場では、予定を詰めることに後ろめたさがありません。後ろめたさがなければ、立ち止まって考えるきっかけも生まれにくい。
クラーク氏も、忙しさが地位の証とされる風潮が短期的な思考を後押ししていると指摘しています。そのうえで、「忙しい人」を「自分のスケジュールさえ管理できない人」と捉え直し、忙しさの魅力を割り引くことを勧めています。
急いでいる人には、倒れている人が見えない
もう一つの代償は、周りの人に向かいます。
1973年、心理学者のジョン・ダーリー氏とダニエル・バトソン氏は、プリンストン神学校の学生を対象に実験をしました。学生は別の建物へ移動し、短い話をするよう頼まれます。半数に割り当てられたテーマは、聖書の「善きサマリア人」のたとえ話、つまり道で倒れた旅人を助ける話でした。
移動の直前、学生には三通りの声がかけられました。「もう遅れています。急いでください」「準備ができたので向かってください」「少し時間がありますが、向かっておいてください」。
建物へ向かう路地には、うずくまって咳き込む男性がいました。実験の仕掛け人です。
分析対象の40人のうち、何らかの手を差し伸べたのは、余裕のある条件で63%、中間の条件で45%、急かされた条件では10%でした。人助けの話をしに行く途中かどうかでは、統計的に意味のある差は出ませんでした。
少人数で半世紀前の実験なので、数字をそのまま一般化はできません。それでも、親切さを左右したのが信仰心の強さより「急いでいるかどうか」だったという結果は、社会心理学の古典として知られています。
UCLAのキャシー・ホームズ氏は『「人生が充実する」時間のつかい方』でこの実験を引き、時間が足りないという感覚は健康や自信に加えて、人への親切さも削ると書いています。
職場に置き換えると、急いでいる人に見えにくくなるのは、倒れた旅人ではありません。言い出しにくそうな後輩の顔や、会議で一瞬曇った同僚の表情です。
「忙しい」という口癖は、周りの側の行動も変えます。ここから先は私の解釈で、研究の裏付けはありません。いつも忙しいと言っている人には、相談や小さな違和感の報告が届きにくくなります。「今は声をかけないほうがいい」と周りが気をつかうからです。忙しさを語るほど、自分に入ってくる情報が減っていきます。
「忙しい」を具体的な言葉に置き換える
忙しい状況は、すぐには変えられません。変えられるのは、忙しさの伝え方と、自分への問い方です。
誤解:「忙しい」と言えば、状況は伝わる → 聞き手に伝わるのは「今は近づかないで」という信号だけです。何がどれくらい詰まっているのかは伝わりません。
アプローチ:何が、いつまで、どれくらいかを言う → たとえば「木曜の提案書の締め切りまでは手が離せません。金曜の午後なら30分取れます」。こう言えば、相手は待つか、別の人に頼むかを自分で決められます。
誤解:忙しいのは、仕事ができる証拠だ → ベレッツァ氏らの研究が示したのは、忙しさが有能さの「サイン」として読まれることです。有能さそのものを測ったわけではありません。サインの意味は、文化が変われば逆にもなります。
アプローチ:「忙しい」と言いたくなったら、その裏にある問いを1行書く → たとえば「本当は、この案件を続けるべきか迷っている」。麻酔が効いているとき、忙しさの下には先送りしている問いが隠れていることがあります。
もう一つ、今日の夕方からできることがあります。1日の終わりに、「忙しい」と何回言ったかを数えてみてください。どの場面で、誰に向けて忙しさを見せているのかが、数字で見えてきます。
おわりに
「忙しい」は便利な言葉です。有能そうに見え、考えたくないことから離れられ、面倒な頼まれごとも遠ざけてくれます。
ただ、その便利さの分だけ、周りの人の顔と、自分への問いが見えにくくなります。次に「忙しくて」と言いかけたら、その一言で本当は何を伝えたいのかを、少しだけ確かめてみてください。
この記事で参考にした本
『ロングゲーム』ドリー・クラーク → 地位の証とされる忙しさが、考えたくない問いを遠ざける麻酔にもなるという指摘
『限りある時間の使い方』オリバー・バークマン → 効率化への執着の裏に、人生の有限性から目を背けたい心理があるという見立て
『「人生が充実する」時間のつかい方』キャシー・ホームズ → 時間が足りないという感覚が、健康や自信だけでなく人への親切さまで削るという整理
合わせて読みたい
『ロングゲーム』ドリー・クラーク氏|「忙しい」は、有能さではなく無力さの証だった 本記事で引いた「忙しさは麻酔」という指摘の出どころです。麻酔から覚めたあと、長い時間軸で何に時間を使うかまで知りたい人に向いています。
『限りある時間の使い方』オリバー・バークマン氏|人生はたった4000週間しかない 効率を上げるほど忙しくなる理由を、人生の有限性から説明した本です。「全部はこなせない」と認めることから時間の使い方を考え直せます。
「忙しいのに成果が出ない」のは、忙しさが勝手に増えるから 忙しさと成果がずれる原因を、仕事と作業の混同から整理したコラムです。本記事が扱った「見せ方」の次に、忙しさの中身を点検したいときに読めます。