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ブクドリ | BOOK DRIP

選んだつもりの人生に、初期設定が混ざっている

キャリア・働き方
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目次

臓器提供に99.98%の人が同意している国があります。オーストリアです。

隣のドイツは12%でした。コロンビア大学のエリック・ジョンソン氏とダニエル・ゴールドスタイン氏は2003年、科学誌『Science』でこの差を取り上げ、原因を制度の初期設定に求めました。オーストリアは拒否を登録しない限り提供者とみなす国で、ドイツは自分で登録しない限り提供者にならない国です。

ただ、この「同意率」の中身には注意が要ります。オーストリアの数字は、拒否を登録していない人の割合です。99.98%の大半は、同意の用紙を一度も見ていない人たちでした。

何もしなかった人が、統計の上では「同意を選んだ人」として数えられている。私たちの毎日の選択にも、同じ数え方が紛れ込んでいます。

何もしなかった人も「選んだ」側に数えられる

初期設定が効くのは、国の制度だけではありません。

経済学者のブリジット・マドリアン氏とデニス・シェイ氏は2001年、アメリカの大企業で起きた制度変更を分析しました。この会社は確定拠出年金(401k)を、希望者が申し込む方式から、全員を自動で加入させて嫌なら抜ける方式に切り替えました。掛け金への会社の上乗せなど、制度の中身は何も変えていません。

入社3〜15か月の社員で比べると、加入率は37%から86%に上がりました。2倍以上です。

目を引くのは、加入したあとの中身です。自動加入の初期設定は、掛け金が給与の3%、運用先は全額がマネー・マーケット・ファンドという元本重視の商品でした。自動加入で入った社員は、掛け金の80%をこのファンドに置いていました。自分で申し込んだ以前の社員は、このファンドに回す額が1割未満で、7割ほどを株式に振り向けていました。

自動加入の社員の多くは、掛け金の水準も運用先も自分では決めていません。それでも本人に聞けば、「年金には入っている」と答えるはずです。

暮らしにも同じ構造があります。たとえば、自動で更新されている保険、何年も見直していない住まい、去年と同じ担当で続けている仕事。どれも「やめる手続き」をしなかった結果として続いていて、続けると決めた日は、たいてい思い出せません。

初期設定は「おすすめ」と「基準点」として効いてくる

人が初期設定から動かない理由として、まず思いつくのは面倒さです。ジョンソン氏らは先の論文で、面倒さのほかに2つの経路を挙げています。

1つは、初期設定を制度をつくった側のおすすめとして受け取ることです。マドリアン氏らも、自動加入の社員の多くが初期設定を会社からの運用アドバイスとして受け取っていた可能性を指摘しています。

もう1つは、初期設定が今の状態、つまり損得をはかる基準点になることです。人は同じ大きさなら、得より損を重く感じます。初期設定から離れることは、何かを手放す損として見えやすくなります。

どの経路が強いのかは、メタ分析で調べられています。ジョン・ジャキモヴィッツ氏らの研究チームは2019年、初期設定の効果を検証した58の研究、延べ7万3,675人分の結果を統合しました。平均すると効果ははっきりありましたが、研究ごとのばらつきが大きく、効果が出なかった研究や逆効果になった研究もありました。効果が大きかったのは、初期設定が「おすすめ」や「今の状態」として受け取られる場面です。

面倒くさがりだから動かない、というだけの話では済みません。

キャリアに置き換えると、たとえば同期の多くが歩む昇進ルートは、会社が用意したおすすめとして目に映ります。今の年収や肩書きは基準点になり、転職で下がるかもしれない部分だけが大きく見えます。鈴木祐さんは『科学的な適職』で、キャリア選択を誤らせる脳のバグの1つに現状維持バイアスを挙げ、変化を恐れて明らかに改善が見込める選択肢まで避けてしまう傾向だと説明しています。

池上彰さんも『池上彰の行動経済学入門』で、臓器提供の方式を、初期設定で行動を変える「ナッジ」の代表例として紹介しています。ただし、実際に提供された人の数で比べると差はずっと小さくなります。ジョンソン氏らの推計でも、提供を初期設定にした国の提供数の増加は16.3%でした。用紙の上の「選択」と、実際の行動は、分けて見る必要があります。

選んだ理由は、あとから作られることがある

今の仕事を続けている理由を、すらすら説明できる人も多いと思います。ところが、理由を説明できることは、自分で選んだ証拠になりにくい。

スウェーデンのルンド大学のペッター・ヨハンソン氏らは2005年、『Science』にこんな実験を報告しました。参加者120人に女性の顔写真を2枚ずつ見せ、魅力的だと思う方を選んでもらいます。その直後、手品の手法でカードをすり替え、選ばなかった方の写真を渡して、なぜこちらを選んだのかを尋ねました。

すり替えに気づいたのは、354回のうち46回。わずか13%です。気づかなかった参加者は、自分が選んでいない顔について、選んだ理由を語りました。研究チームはこの現象を「選択盲(チョイス・ブラインドネス)」と名づけています。

一回きりの結果でもありません。2014年にはシンガポール国立大学などのチームが追試し、やはり大半の参加者がすり替えに気づかなかったと報告しました。この追試では、すり替えられた写真の方へ好みが寄る変化も見られましたが、残ったのは数分程度で、数日から数週間後には消えていました。

芹澤連さんは『“未”顧客理解』でこの実験を引き、人は行動したあとで理由を組み立てるので、顧客に「なぜ買ったのか」を聞いても本当の理由はつかみにくいと書いています。同じことは、自分自身に理由を聞く場合にも起こります。

もちろん、顔写真の実験から「人生の選択の理由はすべて作り話だ」とまでは言えません。言えるのは、理由をうまく言えることと、実際にその理由で選んだことは別だ、というところまでです。

大きな決断ほど、現状維持に寄りすぎているかもしれない

では、初期設定に引っぱられて人は損をしているのか。この問いに実験で迫ったのが、シカゴ大学の経済学者スティーヴン・レヴィット氏です。2021年に経済学の学術誌『Review of Economic Studies』に掲載されました。

レヴィット氏はウェブサイトで決断に迷っている人を募り、コインを投げてもらいました。表なら変える、裏なら今のまま。分析に使えたのは約2万2,500回分で、重要な問いのうち最も多かったのは「仕事を辞めるべきか」の2,186回です。

2か月後の追跡では、表が出た人は裏が出た人より、実際に変えた割合が26ポイント高くなりました。仕事を辞める、恋人と別れるといった重要な決断では、コインに「変えろ」と言われた人のほうが6か月後の幸福度が高かったと報告されています。レヴィット氏は、人生を変える選択を前にすると、人は慎重になりすぎているのかもしれないと述べています。

限界もはっきりしています。参加者は自分から応募した人たちで、社会の縮図ではありません。幸福度は自己申告で、追跡調査に答えた人に偏りがある可能性を論文自身が認めています。対象は本気で迷っていた人なので、迷っていない人に「とにかく変えたほうがいい」と当てはめることもできません。

それでも、五分五分で迷っているなら、現状維持の側に余分な重りが載っている可能性は考えておいてよさそうです。

初期設定を「選び直した」状態にする

初期設定に従うこと自体は、悪いことではありません。変えるべきは、気づかないまま続いている状態です。

誤解:続けているのだから、自分で選んでいる → まず「何もしなければ、1年後もこのまま続くもの」を書き出します。仕事の内容、担当、住まい、保険、毎月の支払い、続けている勉強。5分あれば10個は出るはずです。そのうち、最後に「続ける」と決めた日を思い出せないものが、あなたの初期設定です。

誤解:迷ったら「変えるか、変えないか」で考えればいい → 二択にすると、現状維持が基準点になって有利に見えます。現状維持は候補の1つとして残したまま、別の案を少なくとも2つ足してください。たとえば「転職するか」なら、「今の会社で異動を願い出る」「副業で試す」も並べます。

『科学的な適職』は、オハイオ州立大学の研究として、「やるか、やらないか」の二択で決めた場合の失敗率が52%、複数の案を比べた場合は32%だったという結果を紹介しています。組織の意思決定を調べた研究なので個人にそのまま当てはまるとは限りませんが、比べる相手を増やす理由にはなります。

誤解:理由を説明できれば、自分で決めたことになる → 理由の代わりに日付を残します。見直した結果「続ける」と決めたなら、それも手帳に日付入りで書いておきます。理由はあとから作れても、見直した日付はあとから作れません。初期設定のまま続けることと、比べた上で続けることは、外から見れば同じでも中身が違います。

おわりに

自動加入の年金のように、初期設定に助けられている場面はたくさんあります。

困るのは、何もしなかった結果を、自分で選んだ結果だと思い込むことです。今年、あなたがはっきり「続ける」と決めたものは、いくつあるでしょうか。


この記事で参考にした本

『科学的な適職』鈴木祐 → キャリア選択を誤らせる現状維持バイアスと、二択で決めることの危うさ

『池上彰の行動経済学入門』池上彰 → 初期設定を変えるだけで行動が変わる「ナッジ」の考え方と、臓器提供の事例

『“未”顧客理解 なぜ、「買ってくれる人=顧客」しか見ないのか?』芹澤連 → 人は行動したあとで理由を組み立てるという選択盲の実験と、その実務上の意味


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