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ブクドリ | BOOK DRIP

買う気なかったのに買ってしまったとき、画面では何が起きていたのか

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約6分で読めます 健康・メンタル
目次

残り時間が0になったセールが、ページを開き直すとまだ続いていた。

これは作り話ではありません。2019年に1万1,000の通販サイトを調べた研究が、実際に記録した挙動です。60分のカウントダウンが切れても、同じ割引がそのまま有効でした。

買う気がなかったのに、気づけば注文していた。そういうとき、私たちはたいてい自分の意志の弱さを責めます。ただ、画面の側を調べると、別の説明が見えてきます。

「つい買った」の舞台は、店員から画面に移った

相良奈美香さんは『行動経済学が最強の学問である』で、人の判断を歪める要因を「認知のクセ」「状況」「感情」の3つに整理しています。この記事で扱うのは2つ目の「状況」です。

店頭なら、状況を作るのは店員や売り場でした。ネット通販では、その状況をサイトが丸ごと設計できます。

しかも画面は試せます。米連邦取引委員会(FTC)は2022年の報告書『Bringing Dark Patterns to Light』で、取引がネットに移るにつれ、企業は個人データを集め、いくつもの仕掛けを試して最も効くものを選べるようになったと指摘しました。ユーザーを誘導して意図しない行動を取らせる画面設計は「ダークパターン」と呼ばれます。

『超一流が実践する思考法を世界中から集めて一冊にまとめてみた。』は、ダークパターンを、ロバート・B・チャルディーニ氏の説得の原理と同じ章に並べています。対面の営業が使ってきた心理の原理が、画面の部品として組み込まれているわけです。

どれくらい組み込まれているのか。ミシガン大学のキャロル・モーザー氏らは2019年、米国の売上上位200の通販サイトを調べました。衝動買いを促しうる機能64種類のうち、1サイトあたり平均19.4種類が見つかっています。4種類未満のサイトは1つもありませんでした。

1万1,000サイトを調べると、「残り時間」の一部は作り物だった

冒頭の研究は、プリンストン大学のアルネシュ・マトゥール氏らが2019年に発表したものです。約1万1,000の通販サイトの商品ページ約5万3,000件を自動で巡回し、ダークパターンを1,818件見つけました。

注目したいのは、表示が本当かどうかを確かめた部分です。

カウントダウンタイマーは361サイトで393件ありました。そのうち140サイトの157件は、時間切れのあとに数え直すか、切れても同じ割引が続いていました。およそ4割です。

「残り◯点」の在庫表示は581サイトで632件ありました。偽りと確認できたのは17件で、在庫数が時刻どおりに減っていくもの、ページを開くたびに乱数で作られるものでした。「◯人が閲覧中」といった通知でも、20サイトで偽りが見つかり、その多くは乱数で人数を作っていました。

さらに、こうした表示を作れる外部サービスが22も見つかりました。偽の緊迫感は、組み込むだけの部品として流通していたわけです。

ただし、在庫表示の大半が嘘だったわけではありません。研究者たちも、文字として表れるものしか調べていないので、見つかった数は下限だと書いています。

読者にとっての問題は、本物と偽物を画面から見分けられないことです。たとえば「残り2点」が本当の在庫か、スケジュールどおりに減る数字かは、買う側からは確かめようがありません。

「残りわずか」は、急がせるだけでなく商品を良く見せる

では、本物の「残りわずか」なら、焦って買っても合理的なのでしょうか。

手に入りにくいものほど価値を感じる、という考え方は1960年代から心理学にあります。これを量で確かめたのが、ボンド大学のベリンダ・バートン氏らが2022年に発表したメタ分析です。過去50年の131研究、416の効果量をまとめています。

希少性の表示は購買意向を高めていました。効果量は0.31で、心理学の目安では小〜中程度です。

意外なのは、ほかの評価も一緒に動いていたことです。希少性の表示は、人気がありそうだという評価を効果量0.71、品質の評価を0.47押し上げていました。どちらも購買意向より大きな値です。つまり「残りわずか」は、急がせるだけでなく、商品そのものを良く見せます。

ここで、条件を付けておく必要があります。416の効果量のうち384は仮想の場面での回答で、実際の購買行動を測ったものは24、店頭やサイトでの実地調査は6しかありません。現実の買い物でどこまで効くかは、まだ研究が足りていません。

それでも、実務への示唆ははっきりしています。「残りわずか」を見た直後の「良さそう」という印象には、表示の効果が混ざっています。表示が本物でも偽物でも、この点は変わりません。

通販にはクーリング・オフがない。待つ時間は自分で作る

見分けられないなら、判断のほうを遅らせるしかありません。

ここで、日本の制度の前提を確認しておきます。国民生活センターによれば、通信販売には法律上のクーリング・オフ制度がありません。返品できるかどうかは、サイトが定める返品特約で決まります。特約が書かれていない場合に限り、商品を受け取った日を含む8日以内なら、送料を自分で負担して返品できます。

つまり、ネットで「つい買った」ものを法律が冷やしてくれるとは限りません。冷やす時間は、買う前に自分で作る必要があります。

モーザー氏らは同じ論文で、衝動買いを減らしたい151人にも調査しています。うまくいった方法として多く挙がったのは、必要かを考え直すこと、使える金額を決めること、そして先延ばしでした。「一晩寝かせる」「カートに入れていったん端末から離れる」といった答えです。8割の人が、決済の前に1〜2分待たされるアプリがあれば使いたいと答えました。

この調査はSNSの買い物グループなどで集めた人の自己申告で、回答者の86%が女性です。効果を実験で確かめたものではありません。ただ、上位200サイトの84%には、ほしい物リストや比較機能など、じっくり考えるための機能が1つ以上ありました。ブレーキ役の機能は、たいてい画面の中にすでにあります。

焦らせる表示を見たら、判断を翌日に回す

ここまでの話を、3つの行動にまとめます。

誤解:買いすぎるのは意志が弱いから → 米国の上位200サイトは、衝動買いを促しうる機能を平均19種類載せていました。意志で毎回抵抗するより、判断のタイミングを変えるほうが現実的です。

正しいアプローチ1:欲しくなったら、カートか「あとで買う」に入れて閉じる → たとえば翌朝もう一度開いて、まだ欲しければ買う。タイマーが切れて買えなくなったら、その値引きがなくても欲しかったかを考える材料になります。

正しいアプローチ2:焦らせる表示があったら「この表示がなくても買うか」と自分に聞く → 希少性の表示は、品質の印象まで押し上げます。表示を頭の中で消してから、商品を見直してください。

正しいアプローチ3:決済の手間を1つ増やし、返品条件を先に読む → たとえば保存済みのカード情報を外すだけでも、決済の前に一呼吸入ります。通販にクーリング・オフはないので、返品特約は買う前に確認します。

5分でできるのは、今カートに入っている商品を開き直すことです。入れたときの気持ちが、まだ残っているかを確かめてみてください。

おわりに

「残り時間」も「残り◯点」も、画面の上では本物と同じ顔をしています。見分けられないものと毎回戦う必要はありません。

判断を翌日に回すだけで、いつ買うかを決めるのは画面ではなく自分になります。


この記事で参考にした本

『行動経済学が最強の学問である』相良奈美香 → 判断を歪める要因を「認知のクセ」「状況」「感情」に整理する枠組み。通販の画面を「設計された状況」として見る土台にしました。

『超一流が実践する思考法を世界中から集めて一冊にまとめてみた。』ガブリエル・ワインバーグ&ローレン・マッキャン → ダークパターンを、説得の原理と並ぶ思考の型として紹介している一冊です。


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