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ブクドリ | BOOK DRIP

「苦手」の正体は、能力より「比べ方」にある

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目次

国語の成績が同じ2人がいたら、数学の成績がいいほうが「国語は苦手」と感じやすい。

奇妙に聞こえますが、これは各国の生徒のデータで繰り返し確かめられてきた関係です。

苦手意識は、自分の実力を正直に映した鏡だと思われがちです。でも研究をたどると、その鏡はかなり歪んでいます。歪ませているのは、私たちが無意識にしている「比べ方」です。

両方できる人は多いのに、両方得意だと思う人は少ない

ドイツの教育心理学者イェンス・メラー氏らは2009年、数学と国語(母語)の成績と、それぞれへの自己評価を測った研究69件、約12万5,000人分をまとめて分析しました。

数学と国語の成績の相関は0.67。数学ができる生徒は国語もできる傾向が、かなりはっきりあります。

ところが「数学は得意だ」「国語は得意だ」という自己評価どうしの相関は、0.10しかありませんでした。ほぼ無関係です。

2020年に約21万人分へ広げて分析し直しても、成績の相関0.56に対して自己評価の相関は0.07。結果の形は変わっていません。

実力の上では「どちらもそこそこできる」人がたくさんいるのに、本人の感覚では「片方は得意、片方は苦手」に分かれてしまうわけです。

チームドラゴン桜の『なぜか結果を出す人が勉強以前にやっていること』は、勉強を始める前に得意と苦手を整理するよう勧めています。そのとき得意、苦手は客観的なデータで決め、好き、嫌いという主観とは分けて扱う。人は思い込みと実際のデータがずれやすい、というのが理由です。

メラー氏らのデータは、そのずれがどこから来るのかを示しています。

「こっちのほうができる」が「あっちは苦手」にすり替わる

この現象を最初に理論にしたのは、心理学者のハーバート・マーシュ氏です。1986年に「内的・外的準拠枠モデル」を提案しました。

人は自分の実力を判断するとき、2種類の比較をしています。1つは周りの人との比較。もう1つは、自分の中での比較です。「数学より国語のほうができる」と感じると、国語への自信は上がり、数学への自信は下がる。メラー氏はこの自分の中の比較を「次元比較」と呼んでいます。

2009年の分析では、国語の成績が高いほど数学の自己評価が下がる方向の関係が出ていました(経路係数マイナス0.27)。数学の成績から国語の自己評価へも、同じくマイナス0.21です。自分の中の得意分野が、別の分野の自己評価を押し下げています。

2020年の分析によると、この押し下げは数学と国語のように性質の離れた分野どうしで最も強く、数学と理科のように近い分野どうしではほぼゼロでした。統一テストの点より学校の成績で、年少より年長の生徒で強く出ることも分かっています。

たとえば職場で、企画の仕事はよく褒められ、数字の資料づくりは普通の評価だという人がいるとします。数字の出来は部署の平均並みでも、本人の中では「企画はできる、数字はできない」という対比になりやすい。

「企画よりは得意でない」という相対的な順位が、いつのまにか「数字は苦手」という判定に変わるのです。メラー氏のレビューによると、同じ関係は小学生だけでなく、若い成人や高齢者を対象にした研究でも確認されています。

周りが優秀だと、同じ実力でも自信が下がる

もう1つの比較、周りとの比較も苦手意識を作ります。

マーシュ氏とハウ氏は2003年、OECDの国際学力調査PISA 2000に参加した26か国の15歳、10万3,558人のデータを分析しました。全員が同じ学力テストと、同じ自己評価の質問に答えています。

見たのは、本人の成績が同じなら、通う学校の平均レベルが自己評価にどう影響するかです。結果、学校の平均成績が高いほど本人の自己評価は低くなるという関係が、26か国すべてで出ました(係数の平均マイナス0.20)。

「大きな池の小さな魚」効果と呼ばれる現象です。同じ大きさの魚でも、小さな池では大きく、大きな池では小さく見えます。

たとえば、優秀な人が集まるチームに異動した直後、それまで普通にこなせていた仕事に急に自信がなくなることがあります。実力が落ちたとは限りません。比べる相手が変わっただけかもしれないのです。

苦手意識を変えるのは、励ましより小さな達成

では、比べ方で作られた苦手意識は、何で変わるのか。

答えは意外と地味です。

「自分はそれをやれる」という見込みを自己効力感と呼びます。この概念を提唱したアルバート・バンデューラ氏は1977年の論文で、見込みは4つの情報源から作られると整理しました。自分でやり遂げた経験、他人がやり遂げるのを見た経験、言葉による説得、そして緊張や動悸のような体の状態です。

このうち特に強く効くのが、自分でやり遂げた経験だとバンデューラ氏は書いています。学校での研究を2008年にレビューしたエレン・アッシャー氏とフランク・パハレス氏も、性別や分野によって差はあるものの、たいていは自分の達成経験が最も影響の大きい情報源だったとまとめています。

同じ論文には、苦手意識の成り立ちに関わる記述もあります。失敗の繰り返しは見込みを下げ、とくに最初のうちに失敗が続くと影響が大きい。最初の数回でつまずいた分野が「苦手」として固まりやすいのは、このためだと考えられます。

一方で、簡単な課題の成功は新しい情報にならない、とも書いています。つまずきながらも前より進んだと感じられる人のほうが、成功していても伸びが止まったと感じる人より見込みが上がる、とバンデューラ氏は論じています。

これに対して、「自分はできる」と思うこと自体の効果はそれほど大きくありません。ジェフリー・バレンタイン氏らが2004年に長期研究をまとめたメタ分析では、以前の成績をそろえたうえで、自己評価がのちの成績を予測する力は平均0.08でした。

ただ、自己評価と成績を同じ分野で測ると、効果ははっきり大きくなります。漠然とした自信より、「この分野ならやれる」という具体的な見込みのほうが成績につながる。その見込みを作るのが、その分野での達成です。

坪田信貴さんは『才能の正体』で、「やればできる」ではなく「やれば伸びる」という言葉を使うと書いています。「できる」は結果の話なので、結果が望めないと分かった瞬間に努力が止まってしまうからです。

さらに坪田さんは、100点のテストより0点のテストのほうが「いいテスト」だと言います。知らないことがはっきりして、そこから確実に伸びられるからです。結果より伸びを見るこの視点は、バンデューラ氏の「前より進んだ感覚」と重なります。

苦手意識の点検のしかた

研究から実践に移せることを、3つに絞ります。

誤解:苦手だと感じるのは、実際に劣っているから → 自分の得意分野と比べているなら次元比較、周りの優秀な人と比べているなら大きな池の効果かもしれません。

正しいアプローチ:外の物差しで測り直す → 試験の点、上司の評価、部署の平均のような客観的な数字に当ててみます。ドラゴン桜の本が得意、苦手をデータで決めるのと同じ考え方です。「平均並み」だと分かるだけで、苦手の意味は変わります。

誤解:まずは簡単なことで成功体験を積めばいい → 簡単すぎる成功は、見込みを変える情報になりません。

正しいアプローチ:少し難しい課題にして、前回からの伸びを記録する → たとえば数字の資料なら、「前回より修正の指摘が1つ減った」を書き留めます。比べる相手を他人から過去の自分に替えると、進んだことが見えやすくなります。

誤解:自信がついてから挑戦する → 漠然とした自信が成績を押し上げる力は、小さいものでした。

正しいアプローチ:分野を1つに絞り、小さく区切って1回やり切る → 坪田さんは、分厚い本を1日25ページに分けて「これならできる」と思えるようにする例を挙げています。やり切った回数が1つ増えるたびに、その分野の見込みが更新されます。

5分で始められることもあります。紙に苦手だと思っていることを1つ書き、横に「誰と比べて」「何と比べて」を書き足してみてください。

おわりに

苦手意識は、実力を測った数字というより、比べ方の結果です。比べる癖そのものは、なくなりません。

それでも、比べる相手は選び直せます。「あの人より下」「企画より下」から、「先月の自分より上」へ。物差しを替えたとき、苦手だと思っていたものの見え方は少し変わるはずです。


この記事で参考にした本

『才能の正体』坪田信貴さん → 「やれば伸びる」という言い方と、0点のテストを伸びる材料と見る考え方。達成を小さく区切って作る例も参考にしました

『なぜか結果を出す人が勉強以前にやっていること』チームドラゴン桜 → 得意、苦手を客観的なデータで、好き、嫌いを主観で分けて整理するマトリクス。思い込みとデータのずれという視点を借りました


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なぜ自信があるときほど間違えるのか 本記事は自分を低く見積もる側の話でしたが、こちらは自信が判断を誤らせる側の話です。自己評価が実力からずれる方向は一つではないことが見えてきます。