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ブクドリ | BOOK DRIP

「たとえ話」が伝わる人と伝わらない人の差

約5分で読めます コミュニケーション・文章術
目次

「たとえ話がうまい人」と聞いて、誰かの顔が浮かびますか。

会議でもプレゼンでも、複雑なことを一発で伝えてしまう人がいます。「要するに、これって引っ越しの荷造りと同じで──」。そのひと言で、場の空気がスッと動く。

一方で、たとえ話を使ったのに、かえって「余計わからなくなった」と言われる人もいます。同じ「たとえ」という道具を使っているのに、なぜこれほど差が開くのか。

この差の正体は、話術の巧みさではありません。認知の構造を理解しているかどうかです。

たとえ話が脳を動かすメカニズム

たとえ話は、実は「脳の省エネ装置」として機能しています。

認知科学の研究では、人間が新しい情報を理解するとき、脳は既に持っている知識のネットワーク──「スキーマ」と呼ばれる枠組み──に接続しようとすることがわかっています。まったく新しい概念をゼロから構築するのは、脳にとって非常にコストが高い。だから既存の知識に「似たもの」を見つけて、そこに乗せる。

たとえ話は、この接続作業を意図的にショートカットしています。

たとえば、「クラウドサービス」をITに詳しくない経営者に説明する場面を想像してください。「分散型仮想化技術によるリソースの動的割り当て」と言われても、脳が接続先を見つけられません。ところが「水道のようなものです。蛇口をひねれば水が出る。タンクを自分で持つ必要はありません」と言われると、一瞬で理解できる。

これは「水道」という既存のスキーマに、新しい概念を載せたからです。

UCLAのキース・ホリオーク氏らの比喩理解に関するレビュー研究でも、比喩の理解プロセスには「類推(アナロジー)」「カテゴリー化」「概念マッピング」の3つの経路があることが示されています。要するに、脳は比喩を受け取ると、元の知識と新しい情報の間に橋を架ける作業を自動的に始める。この橋が架かった瞬間が「わかった」の正体です。

私もこの構造を知るまで、たとえ話は「うまい表現を思いつくかどうか」だと思っていました。でも実際は、聞き手の脳にどんな橋を架けるかという設計の問題です。

伝わらない比喩には共通のパターンがある

ここが核心です。

たとえ話が失敗するとき、ほぼ確実に3つのパターンのどれかに当てはまります。

パターン1:聞き手のスキーマに存在しない素材を使う

認知科学者の今井むつみさんは、コミュニケーションの失敗の根本原因として「スキーマの不一致」を指摘しています。送り手と受け手の知識の枠組みが違えば、同じ言葉でも違うものが見える。

たとえ話でも同じです。野球に詳しくない相手に「ダブルプレーみたいなものです」と言っても、映像が浮かばない。「親子丼を作る手順と同じです」なら、ほとんどの人に伝わる。

たとえの素材選びは、自分の得意分野ではなく、相手の既知の世界から引っ張ってくる必要があります。

パターン2:構造ではなく表面だけが似ている

これが一番多い失敗です。

「新しいプロジェクトは、まるでジェットコースターのようなものです」。確かに「スリルがある」という表面的な類似はあります。でも、この比喩から聞き手が得られる情報はほぼゼロです。速いのか、怖いのか、上がったり下がったりするのか。何を伝えたいのかが不明確。

良いたとえは、表面ではなく「構造」が一致しています。「新しいプロジェクトは登山です。頂上は見えているけど、ルートが3つある。どのルートを選ぶかで、必要な装備がまったく変わります」。こちらは「選択の構造」が一致しているから、次のアクションまで見えてくる。

パターン3:たとえが本体より複雑になっている

これは意外と盲点です。説明を助けるはずのたとえが、説明すべきもの以上に複雑な場合。

「このシステムの構造は、人体の免疫系に似ています。樹状細胞がT細胞に抗原提示して──」。相手が医療従事者でなければ、たとえのほうが難しくなっている。たとえ話は、常に本体より「認知コストが低い」必要があります。

実は「精度」より「方向」が大事

ここで、多くの人が持っている誤解を解いておきます。

誤解:たとえ話は、正確であるほど良い

実はこれ、逆です。

たとえ話に100%の精度を求めると、例外の説明が増えて、かえって混乱します。「クラウドは水道のようなものです。ただし、水道と違って蛇口の種類が選べて、水量に応じて料金が変わって、水質のカスタマイズもできて──」。これでは、せっかくの橋が崩れます。

たとえ話の役割は、正確な理解を提供することではありません。「理解の方向」を合わせることです。

せきしろさんは著書『たとえる技術』の中で、たとえの本質は「見えるものも見えないものも、目の前の世界全てを変えること」だと書いています。つまり、相手の頭の中に新しい景色を見せること。細部の精度より、全体の方向を一致させることが先です。

実務で使うなら、こう変えてみてください。

誤解:できるだけ正確にたとえる → まず70%の方向を合わせる。「ざっくり言うと〇〇のようなものです」で始めて、ズレている部分は後から修正する。

誤解:ひとつの完璧なたとえを見つける → 角度の違う2つのたとえを重ねる。「水道のようなものです。もう少し正確に言うと、電気料金のほうが近いかもしれません」。2つの方向から照らすと、理解の解像度が一気に上がります。

誤解:相手が理解できていないのは、たとえが悪いから → たとえが問題ではなく、その前の「抽象と具体の行き来」が欠けている場合があります。たとえ話の前に「要するに何の話か」を一文で伝えておくと、比喩の精度が多少低くても伝わる。今井むつみさんの言葉を借りれば、「具体と抽象を行き来する」ことが理解の前提条件です。

おわりに

たとえ話が伝わる人と伝わらない人の差は、表現力ではなく、相手の頭の中にどんな「棚」があるかを想像できるかどうかに尽きます。

自分の引き出しから探すのではなく、相手の引き出しに何が入っているかを考える。たったそれだけのことで、同じ比喩でも届き方がまったく変わります。


この記事で参考にした本

『たとえる技術』せきしろ → 比喩を「日常で使える実用スキル」として体系化した一冊。表現の引き出しが飛躍的に増えます

『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?』今井むつみ → 認知科学の知見から「伝わらない」の構造的原因を解き明かした本。スキーマの概念が腑に落ちます

『ものごとが好転する「伝え方」のすべて』 → 相手の立場に立つ伝え方の原則を網羅的に解説。「具体的に言い換える」技術が豊富です


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