真面目に良い商品を作って、丁寧に売っている。なのに、儲からない。
そういう会社があります。一方で、たいして良くもない商品を、強引な売り方でしっかり儲けている会社もある。この理不尽の正体を、神田昌典さんは一行で言い切ります。「真面目に働くことと、儲かることに、相関関係はない」。
『あなたの会社が90日で儲かる!』は1999年初版。ショッキングピンクの表紙で日本のビジネス書業界を揺らし、後のマーケティングの土台を作った一冊です。中身は「エモーショナル・マーケティング」、つまり客に「あなたの商品を売ってくれ」と言わせる仕組みの作り方でした。
こんな人におすすめ
特に効くのは、こんな場面で行き詰まっている人です。
- 商品には自信があるのに、チラシを配っても問い合わせが来ない
- ライバルが値下げしてきて、つられて自分も値段を下げ、消耗している
- 営業マンが一生懸命しゃべって説明しているのに、契約が取れない
- 「うちは無名だから売れないんだ」と半分あきらめている
精神論ではなく、明日から自社の広告を1枚作り替えられる手順がほしい人に向いています。逆に、商品に自信がない人や、価値のないものを高く売り抜けたい人には向きません。著者自身が「手法が強力すぎるから、自信がないなら使うな」と冒頭で警告しているくらいです。
この本の核心と強み
本書の核心は、たった一行に集約されます。
人間は、理屈では買わない。感情で買う。そして、その後に、理屈で正当化する。
だから商品スペックを並べて理屈で説得しても、人の心は動かない。先に「欲しい」という感情を起こさせ、理屈はその後で添える。これがエモーショナル・マーケティングの出発点です。
強みは、机上の空論ではないところです。著者は外資系家電メーカーで、日本撤退まで180日という崖っぷちを経験しています。週刊誌ネタを使った緊急アンケート形式のDMを500通送り、量販店の反応を引き出して、たった一人で撤退中止までこぎつけた。独立後も、預金残高が3カ月で30万円だったところから、180日後には2430万円になった。すべて自分で泥まみれになって試した手法だけを書いているので、リアリティと即効性がまるで違います。
ただし、強力ゆえの危うさも著者は隠しません。苦痛や不安、緊急性という感情の引き金を引く手法なので、悪用すれば「価値のないものを高く売りつける詐欺」になりうる。だから商品への自信が前提だと、何度も釘を刺しています。
本書が壊す「営業の常識」と、その先
本書は5つの章で、まず常識を破壊し、次に新しいパラダイムを差し込み、最後に事例で確信させる構成です。
第1章では「一生懸命やれば売れる」「安くすれば売れる」「ニーズをつかめば売れる」という3つの常識を否定します。第2章では、MBAや大手コンサル、広告代理店を名指しで批判する。彼らは事業を分析・管理するプロですが、ゼロから見込客を集める泥臭いスキルは持っていない、というのが著者の主張です。実際、著者がコンサル会社時代に格調高いDMを3000社に送ったら、反応はたった1件だったそうです。
第3章でようやく「感情で買う」という新しい考え方が入り、第4章でそれを「客が自動的に集まる仕組み」へと組み立てる。第5章は、業種を超えた90日の成功事例集です。
ここからは、本書を貫く5つの考え方を順に見ていきます。
真面目に働くと儲かる、は嘘だった
第1章の主張は刺さります。なぜ良い商品を真面目に売る「正直者」が失敗し、品質の悪い商品を売る「悪徳業者」が儲かるのか。
答えは単純です。悪徳業者は、商品が悪いと自覚しているから、どうすれば客を惹きつけられるかを必死に研究している。正直者は「良い商品ならいつか売れるはず」と商品力に甘えて、売り方の研究を怠る。だから差がつく。
著者が知人から聞いた話があります。デザインが良く安心感のある広告を出している不動産会社が、実は一番悪質な「おとり物件」業者だった。つまり悪徳業者ほど、客の感情を動かす技術に投資している。
もう一つの常識、安売りも否定されます。
安売りは、バカにやらせておけ
値段を下げるのは誰にでもできる。だから必ず自分より安いライバルが現れ、消耗戦になる。本書が示すのは、価格を下げるのではなく「お客が感じる価値」を上げる道です。ネクタイを「25%OFF」で売るより、「3本買うと、もう1本無料」と言う。実質の割引率は同じでも、客が感じるお得感はまるで違って、レジに並ぶ率が上がる。値札の数字ではなく、感じる価値を動かすわけです。
その背景には、商品ライフサイクルの話もあります。商品が成熟期に入ると、反応率が劇的に落ちる。ある掃除機販売の会社は、以前は200件のテレアポで1件取れたアポが、800件で1件にまで落ちていました。これを著者は「石器時代の数字にしがみつくな」と表現します。
人は感情で買い、後で理屈で正当化する
第3章が本書の心臓部です。人の購買行動を直接引き起こすのは、論理ではなく感情。具体的には「認知的不協和」と「緊急性」です。
認知的不協和とは、見慣れないものやアンバランスなものを見たとき、「なんだこれは」と心理的な違和感を覚え、つい注目してしまう仕組みのこと。広告でショッキングピンクの紙を使ったり、過激な見出しを立てたりするのは、この違和感で足を止めさせるためです。
そして人の行動原因は、突きつめると2つしかないと著者は言います。「快楽を求める」か「苦痛から逃れる」か。しかも後者のほうが強い。
これを証明する事例があります。ある旅行会社が、航空券の広告を「ビジネスクラス最高30%OFF!!」という割引アピールから、「まだ、ムダ金を航空券に使いますか?」という表現に変えた。前者は「得をする」快楽、後者は「損したくない」苦痛への訴えです。結果、問い合わせの電話が3件から30件へ、10倍に跳ね上がりました。中身は同じ航空券。変えたのは感情の引き金だけです。
営業の現場でも同じ理屈が働きます。著者いわく「できる営業マンは、しゃべらない」。人は売り込まれると本能的にバリアを張る。だからできる営業マンは自分から説明せず、客の悩みや要望を聞き出して、客自身に「これが欲しい」と自己説得させる。喋るほど売れなくなる、という逆説です。
いますぐ客を追うな、そのうち客を育てろ
第4章で、感情の話が「仕組み」に変わります。本書独自のフレームワークが「いますぐ客」と「そのうち客」です。
「いますぐ客」は、今すぐ買う気がある層。一見おいしいですが、ライバルが群がっていて競争が激しい。一方「そのうち客」は、すぐには買わないけれど、情報を与え続けると購買意欲が育っていく層です。競合が手を出さないぶん、ここはブルーオーシャンになります。
だから著者は、一本釣りでなく投網で集めろと言います。無料の小冊子やサンプルで「そのうち客」も含めてごっそり集め、1件あたりの集客コストを下げる。そのうえで情報を提供し続ける。情報量の増加は、購買意欲の高まりと比例するからです。
ここで広告の目的そのものが変わります。広告で商品を売ろうとしてはいけない。広告の目的は「その商品に興味のある人を集めること」に徹する。だから「無料ガイドブック進呈」のようなオファーで見込客を募集する形にすると、反応率は跳ね上がります。費用対効果を測れない「イメージ広告」をやめ、何件の反応があったか数えられる「レスポンス広告」に変える、という転換でもあります。
味噌・醤油のカネヨ販売の事例が象徴的です。醤油のサンプル請求を集めたあと、お試しセットの量をあえて減らし、「そんなには、いらない」という客の声を取り入れた情熱的なDMを送った。すると当初4%だった購入率が、3カ月後には10倍の50%にまで上がりました。
お願い営業をやめ、専門家になる
最後の転換は、売り手の立場です。
いきなり商品を売り込むと、客と営業マンは「売り込む側と売り込まれる側」の敵対関係になります。これをひっくり返すのが、無料の情報ツールです。客に「資料をください」と先に手を挙げてもらうことで、関係が「アドバイスを求める客と、専門家」へと変わる。
専門家として位置づけられると、値引き交渉も起きにくくなり、その後のセールスがスムーズになります。へこへこする営業マンが、選ばれるアドバイザーになる。立場が逆転するわけです。
そのために本書が勧めるのが「成約までの階段」の設計です。無料サンプル請求から始め、低価格のお試しセット、そして本商品へと、心理的ハードルの低い順に客が自分で登れる動線を作る。無理にクロージングするのではなく、客が次のステップに進みたくなる仕組みを用意する。
売れない商品の切り口を探すための道具も紹介されます。ニーズ・ウォンツ分析法です。商品を「ニーズ(必要性)」と「ウォンツ(欲求)」の2軸で見る。たとえば定期検診はニーズは高いがウォンツが低いので「綺麗になれる」と欲求を足す。高級時計はウォンツは高いがニーズが低いので「資産価値がある」と必要性を足す。欠けている軸を広告の切り口で補えば、客が行動するセグメントへ動かせます。
この仕組みを実際に回した自転車メーカーのツノダは、「ツノダ3代目のお願い」と題した情熱的なDMで、3カ月で新規販売店を前年比およそ8倍に増やし、しかも営業経費を17%下げました。集客が増えて経費が減る。本書が目指す形が、そのまま数字に出ています。
明日からの一歩
読み終えてすぐ机の上でできることは、3つに絞れます。
1. 苦痛を3つ書き出す 自社商品を買うことで、客がどんな「苦痛から逃れられるか」を3つ書く。スペックではなく感情で。快楽より苦痛のほうが、人を強く動かします。
2. 広告を1本だけ作り替える 今ある「商品を売る広告」を、「無料レポートをあげる広告」に1本だけ変えてみる。そして必ず締め切りを入れる。緊急性のない広告は反応が鈍ります。
3. 階段を紙に描く 無料オファー → お試し → 本商品の3段の動線を、紙に描いてみる。集めた見込客を放置しないことが、いますぐ客に育てる条件です。
おわりに
この本を読むと、たぶん少しムカつきます。「真面目に働いても儲からない」「安売りはバカにやらせておけ」と、こちらの努力を一度突き放してくるからです。
でも、ムカつくのは心当たりがあるからかもしれません。もっと頑張る、もっと安くする。その方向に走っていた人ほど、立ち止まる価値があります。
著者が最後まで強調するのは、これは小手先のテクニック集ではなく「思考の道具」だということ。客の感情という原則に立ち返って、自分の頭で売り方を設計し直す。その入口として、明日まず自社の広告を1枚、客の感情に向き合えているか確かめてみてください。
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