ロゴを刷新して、パッケージをおしゃれにした。なのに、売上が落ちた。
そんな話が、本書には何度も出てきます。原因は、たいてい同じ。顧客が商品を見つける「目印」を、企業の都合で奪ってしまったからです。
『ブランディングの誤解』の著者、西口一希さんは、P&Gやロクシタンで腕を磨いたマーケターです。本書は、世にあふれる「ブランディング=おしゃれなイメージづくり」という思い込みを、データと失敗談で崩していく一冊です。
こんな人におすすめ
- ブランディングに投資したのに、売上につながらず首をかしげている人
- ロゴやパッケージの刷新を、いま社内で検討している人
- 広告は話題になったのに、リピーターが増えなくて困っている人
- 予算の限られた中小企業で、何にお金を使うべきか迷っている人
「ブランディング」という言葉の曖昧さに、もやもやしてきた人にこそ効きます。
この本の核心――顧客はイメージではなく「便益」と「独自性」を買う
本書の主張は一貫しています。顧客が商品を買うのは、好感度や信頼度といったイメージのためではない。買っているのは2つだけです。
便益――その商品を「買う理由」。おいしい、汚れが落ちる、といった具体的な役立ち。 独自性――他社ではなく「これを買う理由」。代替できない、唯一の価値。
ここで著者が釘を刺すのは、独自性は「差別化」とは違う、という点です。「より軽い」「さらに速い」といった比較級では、顧客は価値を実感できない。比べて少し勝つのではなく、唯一無二である「独自化」でなければ、ブランドの乗り換えは起きません。
そして、ブランディングとは何か。著者の定義はシンプルです。
「目的が明確でなければ、ブランディングへの投資は、高い確率で無駄になります。」
ブランディングは、便益と独自性を顧客の頭に記憶させ、思い出してもらいやすくするための「手段」。それ以上でも以下でもない、というわけです。
なぜ「かっこいい広告」を真似ても売れないのか
第1章で本書がまず壊すのが、「原因と結果の履き違え」です。
私たちは、アップルのような巨大ブランドを見て「革新的な広告を打ったから成功した」と考えがちです。でも、と著者は言います。
アップルの伝説的CM「1984」は数々の賞を取りましたが、放映当時の売上や株価には貢献していなかった。むしろ続編の「レミングたち」は批判を浴び、ジョブズは会社を追われています。
アップルが世界一になった本当の理由は、iMacやiPhoneという強い機能便益を持つ商品を連続でヒットさせたから。広告は原因ではなく、成功した「結果」だったのです。
著者自身の失敗も率直です。P&G時代、売上低迷のヴィダルサスーンに、ショーモデルが海辺で遊ぶ情緒的なCMを作りました。広告は受賞しましたが、売上は動かない。
そこで「夜使えば朝の寝癖がつかない」という機能便益をコミカルに伝えるCMに変えたところ、売上が大きく伸びました。好感度ではなく便益が、人を動かしたわけです。
企業の「見せたい姿」と、顧客の「記憶」はズレている
第3章で本書が整理するのが、よく混同される2つの概念です。
ブランドアイデンティティは、企業が「こう見られたい」と思う願望。 ブランドエクイティは、顧客が実際に「こう記憶している」という認識。
この2つを混ぜると、企業のエゴを顧客に押し付ける無駄な投資が生まれます。だから測るべきは、企業の願望ではなく顧客の認識のほうです。
ここで著者が強く勧めるのが、アンケートで「単一回答」を使うこと。複数回答の平均値を見ると、「有名だから」のような、あったらいい程度の理由が混ざってしまう。本当に購入を左右する理由を見極めるには、「最も重視する点を一つだけ」聞く必要があります。
実際、スニーカー選びの重視点を調べると、1位は「履き心地が良い」で20.4%。デザインは9.4%で3位にすぎませんでした。
ブランディングの本当の目的は「記憶化」と「想起率」
第4章で、著者はブランディングの目的を3つに切り分けます。曖昧にやらず、どれを狙うのかを決めろ、と。
1. プロダクトの記憶化と想起性の確立 便益と独自性を、競合と区別して忘れられないように記憶してもらう。仕事の合間に「どのコーヒーにしよう」と思ったとき、真っ先に頭に浮かぶ状態をつくること。これが最も重要だと著者は言います。
2. 情緒的・心理的価値の提供 機能便益に加え、所有する優越感などの情緒的価値を足す。ただしイメージそのものが価値になるのはラグジュアリー特有で、一般の消費財が真似ても意味がありません。
3. インナーブランディング 従業員のモチベーションや採用、投資家向けのコーポレートブランディング。
まず狙うべきは1番。便益と独自性の記憶化です。
顧客を動かすために、本書は「カスタマーダイナミクス(9segs)」というフレームワークも示します。顧客を認知・購買経験・頻度・次回購入意向で9つに分け、「未購入客のトライアルを促したいのか」「既存客の離反を防ぎたいのか」を地図にする。狙いを定めてから投資する、という考え方です。
NPSをやめて、NPIを見る
第5章は、本書でいちばん挑戦的な部分です。多くの企業がKPIに置くNPS(他者への推奨意向)を、著者は名指しで疑います。
マクロミルらとの共同調査で、6カテゴリー54ブランドを分析した結果が突きつけられます。1年後の市場シェアとの相関係数は、NPIが0.713で最高、NPSは0.276で最下位でした。「人に勧めたいか」より、「次も自分が買いたいか」のほうが、はるかに事業成長を予測できたのです。
NPI(次回購入意向)こそが、市場シェア拡大の有効な先行指標である
既存顧客に絞ったu-NPIも有効です。これは離反のしにくさ、つまり継続的な収益性を示します。推奨ではなく、次の購入意向。指標を変えるだけで、見える景色が変わります。
リブランディングの罠――目印を奪うと客は離れる
第6章以降で本書が警告するのが、安易なリブランディングです。
ローソンは2020年、プライベートブランドをおしゃれな油彩タッチに刷新しました。すると「商品が分かりにくい」という批判が殺到し、約700品目を再改修するはめに。
ファンケルも、主力クレンジングのボトルを青から白に変えたら、顧客が店頭で見つけられず、約1年で青に戻しました。P&Gが韓国で買収ブランドを突然「パンパース」に変えたときも、売上は激減しています。
どれも、顧客が商品を選ぶための「識別子(目印)」を奪ってしまった失敗です。
逆の道もあります。味の素冷凍食品の冷凍ギョーザは、名前もデザインも変えず、レシピ変更を50回超繰り返す「永久改良」で価値を高め続けました。リブランディングが成立するのは、ロート製薬が中身を変えずに「メラノCC」へ名称変更し当たったように、便益と独自性をより伝えるという明確な目的があるときだけです。
中小企業は「黒字ニッチ」から始める
最後に、予算の限られた企業への処方箋です。著者の答えは、不特定多数を狙うな、でした。
日本の企業の99.7%超は中小企業です。マスを狙えば価格競争に巻き込まれ、利益は削られる。だから、自社の便益に強く価値を感じてくれる少数の顧客に絞り、そこへ資源を集中する。これが「黒字ニッチ」です。
クラフトビールのヤッホーブルーイングは、テレビCMをやめてネット通販に専念し、熱狂的なファンに向き合いました。「100人に1人でも熱量の高いファンがいれば、シェア1%を取れる」。1本3000円の長期熟成ビール100本が、数時間で完売したそうです。
函館のラッキーピエロも、全国展開を追わず地元客の満足を最優先にして、圧倒的なブランドになりました。
著者自身、ロクシタンの社長時代に同じ発想で動いています。データを見ると、年間購入者の約20%弱が利益の100%を生み、残り8割は利益に貢献していなかった。そこで方針を絞り込み、2年で利益を3倍にしています。
明日から何を変えるか
本書の主張を、今日の仕事に落とすなら3つです。
1. 自社商品の「便益」と「独自性」を顧客目線で紙に書く 「なぜ買うのか」「なぜ他社でなくうちなのか」を言語化する。ここが弱ければ、ロゴをどう変えても売れません。
2. アンケートは「単一回答」で最重視理由を聞く 複数回答の平均ではなく、「最も重視する点を一つだけ」。あったらいい程度の理由に投資しないためです。
3. ロゴや色を変える前に「目印を奪わないか」を確認する リブランディングを検討するときは、既存顧客がその商品を見つけられなくなるリスクを先に潰します。
おわりに
NPIや9segsは、ある程度のサンプル数が取れる定量調査を前提にしています。極端にニッチなBtoBや小規模企業には、同じ粒度の分析が難しい場面もある。そこは本書の限界です。
それでも、本書が突きつける問いはシンプルで、重い。あなたの会社がいまブランディングに使っているお金は、「かっこよくする」ためですか。それとも「便益と独自性を記憶してもらう」ためですか。
目的が言えないなら、その投資はおそらく無駄になります。まず、自社が顧客に何を提供しているのかを、一行で書いてみる。そこからです。
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西口一希『顧客起点の経営』 本書と同じ著者が、9segsを経営全体に広げた一冊。ブランディングの議論を、事業成長の壁を突破するフレームワークまで広げて読みたい人に最適です。
『戦略ごっこ』芹澤連さん マーケターが信じる常識の嘘を、エビデンスで暴く本。本書のNPS批判や「原因と結果の履き違え」と、同じ目線で響き合います。
セス・ゴーディン『THIS IS MARKETING』 「成長しそうな最小の市場」を見つける原則を説く一冊。本書の「黒字ニッチ」を、別の角度から深めたい人におすすめです。


