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『ビジネスの未来』山口周|低成長は衰退ではなく、ゴールに着いたサインだった

戦略・経営・事業 ✍ 山口周
約11分で読めます

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『ビジネスの未来』
目次

これだけ便利な世の中なのに、なぜか毎日が少し息苦しい。仕事にも、前ほどやりがいを感じない。

その正体を、長いあいだ「自分の心の弱さ」のせいにしてきた人は多いと思います。けれど本書を読むと、見立てが変わります。息苦しさの原因は私たちの内側ではなく、無意識に信じ込んでいる「成長し続けなければならない」という古い物語のほうにあるのではないか、と。

『ビジネスの未来――エコノミーにヒューマニティを取り戻す』は、山口周さんがコロナ禍のさなかに書き上げた一冊です。低成長を嘆くこの社会を、まったく逆の角度から照らし直し、「終わった」のではなく「着いた」のだと言い切ります。

図解

こんな人におすすめ

会議で「何のためにこの売上を伸ばすんだろう」とふと思ったのに、口に出せなかった経験がある人。その違和感は、本書が正面から拾い上げてくれます。

新規事業のアイデア出しで、儲かりそうな案は浮かぶのに「これに意味はあるのか」と手が止まる人。市場の枠の外に残された課題の話が、まっすぐ刺さるはずです。

ニュースで「失われた数十年」と聞くたび、なんとなく気が沈む人。その沈み込みを、本書はやさしく、しかし論理的に解除してくれます。

ビジネスはもう、その使命を終えた

本書の出発点は、かなり大胆な宣言です。「ビジネスはその歴史的使命を終えつつある」。

山口さんは、ビジネス本来の使命を「経済とテクノロジーの力で、社会から物質的貧困をなくすこと」と定義します。そして先進国では、その宿願がほぼ達成された、と言うのです。

データもそれを裏づけます。NHK放送文化研究所の調査では、日本人の生活満足度は1973年から2018年にかけて物質面で58.5%から80.6%へ大きく上がり、世界価値観調査でも「とても幸福」と答える人は1980年代の15%から2010年には32%へと倍増しました。

蛇口をひねれば飲める水が出て、スイッチひとつで部屋が暖まる。数百年前の王侯貴族すら持てなかった暮らしを、いまの私たちは当たり前に享受しています。

ここで著者は、私たちの思い込みを一つひっくり返します。

ふつう、低成長は「経済が衰退している悲しむべき状態」だと受け取られます。でも本書は逆だと言う。低成長は、物質的貧困の解消という人類の宿願が達成され、文明化が完了した結果としての「成熟の明るい高原」への到達なのだ、と。

著者はこの成熟社会を「高原社会」と呼びます。停滞の暗い谷ではなく、明るく風通しのいい高原。そこへ私たちは軟着陸しつつある。数万年の人類史というスケールで眺めれば、20世紀後半の高度成長こそが例外的な異常事態であって、いまは正常な状態へ戻っているだけだ、というのが著者の見立てです。

山を登りきった登山者に「なぜもっと登らない」と問うのが酷であるように、ゴールに着いた社会に「もっと成長しろ」と迫るのは筋違いだ、というわけです。

ではなぜ、これだけ満たされているのに「成長しろ」という声が止まないのか。著者の答えは辛辣です。「成長・成長」と叫ぶ人たちは、それを一種の宗教として信じているにすぎない、と。目的を問い直すことなく、ただ前年比プラスを正義とする信仰が、社会を空回りさせている、という指摘です。

GDPという指標への切り込みも鋭い。GDPは「これまでどれだけ達成したか」という状態(積分値)ではなく、「前年からどれだけ増えたか」という変化率(微分値)を測る道具にすぎません。

だから、私たちの目標がどこまで叶ったのかを、そもそも正しく評価できない。もともと世界恐慌の打撃を測るためにサイモン・クズネッツが設計した計測器が、いつの間にか追いかける目的そのものへすり替わってしまった――この指摘は、経営の現場で「成長率」を金科玉条にしてきた人ほど一度立ち止まって考える価値があります。

イノベーションも、もう成長を取り戻せない

「でもAIやITのイノベーションが、また成長を生むのでは」。そう反論したくなりますよね。私も最初はそう思いました。

本書はこれを幻想だと切り捨てます。インターネットもスマートフォンも世界中に普及したのに、先進7カ国のGDP成長率は1960年代の5%台から2010年代の1%台へと、半世紀にわたり下がり続けてきた。技術が飛躍的に進歩した時代に、なお成長率が落ち続けたという事実は重い。

GAFAMのような巨大IT企業も、まったく新しい需要を生んだというより、広告など既存市場の「富の移転」を起こしているにすぎない、と著者は見ます。

実際、日本の広告市場規模は2007年の約7兆円から2018年には約6.5兆円へと、むしろ縮んでいる。パイそのものが膨らんだのではなく、同じパイの取り合いが激しくなっただけ、という冷静な読みです。

それどころか、市場の枠内のイノベーションは、省力化によって雇用を減らし、失業と格差を広げる側面さえ持つ。技術の進歩が、必ずしも人を幸せにしていない。ここは効率化を疑いなく善とみなしてきた現代へのカウンターとして、立ち止まる価値のある論点だと感じます。

需要が飽和した社会で、無理に成長を延命させようとするマーケティングにも限界がきている、とも言います。新しい問題を人為的にこしらえ、要らない消費を煽る。けれど消費とは突き詰めれば「廃棄してスクラップにすること」でもあり、それを無限に続けるのは地球環境に対してサステナブルではない。

象徴的なエピソードが、1970年の大阪万博で三洋電機が出展した「人間洗濯機」です。超音波シャワーで体を洗う装置を当時の価格で800万円で売り出した。

文明化が終わりつつある時代に、なお「もっと便利に」しか構想できなかった――著者はこれを”貧しい豊かさ”の象徴として描きます。便利さの先に何を置くのか、その想像力こそが問われているのです。

市場が見捨てる問題は、衝動でしか解けない

物質的な不足が消えても、問題そのものがなくなったわけではありません。むしろ、市場原理では絶対に解けない問題が手つかずで残されています。

著者はこれを「経済合理性限界曲線」という言葉で説明します。問題解決にかかる費用と、そこから得られる利益が釣り合う限界のライン。この曲線の外側――「困っている人が少なく市場が小さい問題」や「解決コストが高すぎる問題」は、利益が出ないがゆえに市場に放置されてしまうのです。

具体例として挙がるのが、患者数が5万人未満の希少疾患の治療薬。あるいは子どもの貧困です。日本の子どもの相対的貧困率は1985年の10.9%から2015年には13.9%へ悪化し、経済的理由で食料を買えず困った経験を持つ人も13.6%いる。

これほど豊かに見える社会の足元に、市場が手を出そうとしない課題が確かに残っているわけです。

では、この曲線の外側を何が解くのか。著者の答えが「衝動」です。損得勘定を持ち込めば「やってられないよ」となる問題は、経済合理性を超えた、人間性に根ざした衝動でしか動かせない、と。

ここで挙がる事例が印象的です。タタ・グループ会長ラタン・タタは、大雨のデリー郊外でバイクに4人家族が肩を寄せ合って乗る姿を見て「この人たちにも買える安全な車が必要だ」という衝動から、約28万円の超低価格車タタ・ナノを開発させました。

日清食品の安藤百福さんは、真冬に屋台のラーメンへ長い列を作る人々を見て「家で気軽に食べさせたい」という衝動からインスタントラーメンを生み出した。

世界を変えたイノベーションは「こうすれば儲かる」という計画ではなく、「目の前のこの人を助けたい」という衝動から始まっている。これが本書の核心の一つです。儲けは結果としてあとからついてくる――順番が逆になった瞬間に、ビジネスはやせ細るのかもしれません。

「役に立つ」から「意味がある」へ

もうこれ以上、便利さを追求しても新しい富は生まれない。では、何を価値とすればいいのか。

著者は「文明的価値」から「文化的価値」への転換を説きます。文明的価値とは便利さ、安全さ、快適さ。文化的価値とは、生きる意味、やりがい、美しさ。前者はもう飽和し、後者にこそ伸びしろがある、という見立てです。

例として出てくるのが、イタリア・シエナの大聖堂や、800年前に作られた美しい茶碗です。資源を浪費し続けることなく、何百年も人に悦びを与え続ける。

最新家電を数年で買い替えていく消費とは、価値の質がまるで違う。「役に立つ」ものは代替がきくが、「意味がある」ものは唯一無二であり、簡単には捨てられない――この対比は、自社の商品やサービスを見直すレンズとしても効きます。

この方向性を著者は「Business as Art」と呼びます。アーティストが内なる衝動から作品を生むように、私たちも衝動や共感を起点に経済活動をする。

一人ひとりが「社会という作品を集合的に彫刻するアーティスト」として生きる、というイメージです。やや理想論に響くところもありますが、目指す先を言語化した旗印として読むと腑に落ちます。

我慢する働き方の終わり

働き方についての本書のメッセージは、二つの聞き慣れない言葉に集約されます。「インストルメンタル」と「コンサマトリー」です。

インストルメンタルは「手段的」。未来の利得のために、いまの活動を手段として使う態度です。辛い仕事を我慢し、その対価として給料を得る。私たちが当たり前にしてきた働き方が、これにあたります。

コンサマトリーは「自己充足的」。活動それ自体が報酬となる状態です。いまこの瞬間の愉悦によって、行為のコストがその場で回収される。心理学でいうフロー、ゾーンに入った状態とほぼ同じだと著者は言います。

生きるために嫌な仕事を続ける必要が薄れた高原社会では、この転換が起きる、というのが著者の主張です。「未来のために今を手段化せよ」という規範に人々が空虚感を覚えるのは、むしろ当然のことなのだ、と。

実際、ギャラップ社の調査で「仕事に前向きに取り組んでいる」と答える従業員は世界平均で15%、日本ではわずか6%です。裏を返せば、9割以上の人が、かけがえのない人生を意味の感じられない仕事に費やしている。著者はこの現状を静かに、しかし容赦なく突きつけます。

では、自分が夢中になれる活動はどう見つけるのか。面白いことに、頭で考えてもわからない、というのが答えです。スタンフォード大学のジョン・クランボルツが数百人を調べたところ、成功した人のキャリアのきっかけの実に80%は「偶然」でした。

一見「時間の無駄」に見える寄り道や試行錯誤こそが、自分らしい人生へつながる。本書には「人生を見つけるためには、人生を浪費しなければならない」という逆説的な言葉が出てきます。

計画通りに最短距離を進もうとするほど、出会いそこねるものがある、というわけです。

消費は、未来への投票になる

最後の柱は、消費のあり方です。著者は「バリューチェーン」から「バリューサイクル」への移行を説きます。

バリューチェーンでは、生産と消費が分断されています。お金を払えば、そこで関係は切れる。一方バリューサイクルは、消費者が生産者へ「応援」という精神的・経済的なエネルギーを贈り、それが次の生産の資源になる、終わりのない循環です。

ここで本書が引く事例が美しい。高度経済成長期、手作りの茶筒に大量生産の逆風が吹いたとき、京都のお茶屋たちは茶筒の老舗・開化堂の当主に「余計なことは考えず、ひたすら良いものを作っておれ。

ワシのところが買うから」と言って買い続けました。その応援によって、開化堂という店も、その背後にある文化遺産も守られたのです。

著者はこう言います。「消費」や「購買」は、私たちが思うようなネガティブなものではなく、むしろ「贈与」や「応援」に近いものになっていく、と。

私たちが何にお金を払うかで、どの事業者が次世代に残るかが決まる。だから日々の買い物は、未来への一種の「選挙」にほかなりません。安いから買うのか、残ってほしいから買うのか――その一票の積み重ねが、私たちが暮らす社会の風景を形づくっていきます。

変えるのは、小さなリーダーシップ

ここまで読むと「でも社会を変えるのは政府や大企業でしょう」と思うかもしれません。本書は、そこも反転させます。

社会が大きく舵を切るきっかけは、意外にも「小さなリーダーシップ」であることが多い、と。バスで白人優先席を譲るよう命じられたローザ・パークスが「理不尽な命令に従いたくなかった」と静かに断った一件が、アメリカ公民権運動の引き金になりました。一人の小さな拒否が、歴史を動かしたのです。

そして著者の最も厳しい指摘がこれです。

世の中を悪くしているのは、見るからにそれとわかるような「わかりやすい悪人」ではなく、「無批判で無関心な善人」だからです。

見て見ぬふりをする大多数の無関心こそが、社会の停滞を招いている。だから「システムや誰かのせい」にするのをやめ、「いまここにいる私」の行動がシステムを作っているのだと自覚せよ、と促します。

社会の基盤としては、全国民に無条件で一定額を給付するユニバーサル・ベーシック・インカムや、GDP一本ではなく主観的幸福感や環境負荷など複数の指標で社会を測る「ソーシャル・バランス・スコアカード」、北欧型の社会民主主義への転換も提案されています。

ただ著者自身、その政治的な実現プロセスは一人ひとりの小さなリーダーシップに委ねており、即効薬ではないと認めています。壮大な制度論で締めくくらず、最後の責任を読者の手に戻すところに、この本の誠実さがあります。

実践アクション

本書の提案から、明日できることを3つ。

1. 今週、退屈した瞬間と夢中になった瞬間をメモする 自分が何にコンサマトリーな喜びを感じるかは、頭で考えてもわかりません。日々の中で何に退屈し、何に没入したかを観察する。「辛いことを我慢すれば報われる」という癖を、まず自分の感情のほうから手放します。

2. 次の買い物で、安さ以外の理由で選ぶ生産者を1つつくる 消費を「未来への投票」と捉え直します。安い・便利だけでなく、共感し後世に残ってほしい生産者から意図的に買う。一回でいいので、応援としての消費を実際にやってみます。

3. 理不尽なルールに、1つだけ問いを投げる 社会の不条理を誰かのせいにせず、身近なところから小さく動きます。職場のおかしな慣習に「これ何のためでしたっけ」と一度だけ問う。無関心な善人から抜け出す、最初の一歩です。

おわりに

この本を閉じたとき、いちばん変わるのは、ニュースで「低成長」と聞いたときの気分かもしれません。沈むのではなく、「ああ、ゴールに着いたんだな」と思えるようになる。

低成長を悲しむのをやめ、自分の喜怒哀楽に少し敏感になってみる。次の買い物を、安さではなく「残したいもの」で選んでみる。それくらいの小さな一歩から、経済に人間性を取り戻すことは始まるのだと思います。

あなたが今日選ぶ一つの消費は、どんな未来への投票になるでしょうか。


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