「あの件、どうなった?」と聞かれた瞬間、経緯の説明から始めていませんか。
結論は「まだです」の4文字。なのに、それが言えない。怒られたくないから、つい言い訳を先に並べてしまう。私も長い間そうでした。
『コンサル一年目が学ぶこと』は、この小さなつまずきの正体から教えてくれる本です。著者の大石哲之さんは元コンサルタント。各界で活躍する元コンサルたちに取材し、新人時代に叩き込まれてから15年、20年たった今も使われ続けるスキルだけを30個に絞り込みました。
紹介されるのは特殊なテクニックではありません。話す、考える、書く、そして働く姿勢。言ってみれば、どんな業界でも動く「仕事のOS」です。本記事では骨格を出し惜しみせずなぞりますが、各スキルに添えられた取材エピソードの厚みは、ぜひ本書で味わってください。

選定基準は「15年たっても使われているか」
まず押さえておきたいのは、この本の編集方針そのものです。30のスキルを選んだ基準は、流行っているかどうかではなく「15年たっても現場で使われているか」という一点。
賞味期限の短いノウハウを徹底して外しているので、新人向けの体裁をとりながら、中堅が基本を再点検する本としても、部下に型を教える側の教材としても成立します。
タイトルを見て「自分には早い/もう遅い」と判断するのは、少しもったいない本だと感じました。
ひとつ留保も書いておきます。本書は2014年の出版で、「徹夜してでもやり遂げた」という類のエピソードも登場します。そこは時代背景を差し引いて読む必要がある。ただ、骨格となる考え方の普遍性は、今もまったく揺らいでいません。
本書の土台にあるのは、ビジネスの定義をめぐるシンプルな主張です。突き詰めれば、ビジネスとは相手の期待を常に超え続けることにほかならない。だから最初にやるべきは、がむしゃらに頑張ることではなく、相手の期待値を正確につかむことになります。
本書は仕事を受けるときに確認すべき4点として、その仕事の背景と目的、成果物のイメージ、求められるクオリティ、優先順位と緊急度を挙げています。
求められていない「おまけの作業」に時間を割いても評価されない。頑張っているのに報われない人は、たいていこの入口でズレている、という指摘です。
「結論から話す」と「数字」――新人の二大武器
第1章は話す技術。鉄則は誰もが聞いたことのある「結論から話す」です。型としては、結論・理由・具体例・結論の順で話すPREP法が基本になります。
ありふれた標語に見えますが、本書を読むと想像以上に効く理由がわかる。先に事実や結論が出れば、聞き手はすぐに「なぜ」「ではどうするか」という生産的な会話に進めます。
言い訳が先に出ると、その入口にすらたどり着けない。
セットで語られるのが「Talk Straight」、駆け引きや言い訳をせず端的に率直に答える姿勢です。
「言い訳はいい。質問にはイエス・ノーで率直に答える」
個人的に膝を打ったのは、即答しなくていいという指摘でした。質問されたら「少し考える時間をください」と断って頭を整理してから話すほうが、むしろ落ち着いて頭が良く見える。焦って口を開く必要はないと知れただけで、ずいぶん気が楽になります。
そしてこの本でいちばん唸ったのが、経験も実績もない一年目が、年上のクライアントとどう渡り合うのか、という問いへの答えです。本書が「唯一の武器」と言い切るのは、熱意ではなく数字でした。
誰が、どこに何回訪問し、売上がいくらだったか。足で集めた数字は誰にも動かせない事実であり、相手が目上でも納得させられる。もうひとつの武器がロジックで、本書は「世界共通言語は英語ではなく、論理と数字だ」とまで踏み込みます。
文脈や阿吽の呼吸に頼るハイコンテクストな会話は、価値観の違う相手には通じない。前提知識がなくても伝わるローコンテクストな道具こそ、論理と数字だというわけです。
「情に訴えるには十年早い」という一文には、ぐさっと来ました。最終的に人を動かすのは感情です。それでも新人がまず通すべきは筋で、論理の通っていない話は聞いてすらもらえない。これは順番の問題であって、感情を軽んじているわけではない、という整理がフェアだと思いました。
いきなり作業に入らない――考え方を考える
第2章は思考術。入口の教えは「いきなり作業に入らず、まずは考え方を考える」ことです。どんな手順なら答えにたどり着けるか。そのアプローチを先に設計し、上司と合意してから手を動かす。後戻りを防ぐための、地味だが決定的な一手です。
設計図を描く道具がロジックツリーで、本書はその意義を、一生使える・全体を俯瞰できる・いらない部分を捨てられる・意思決定が速くなる、の4点に整理しています。
著者いわく、コンサルの基本的な問題解決手法は30年以上ほとんど変わっていない。だからこそ早く身につける価値があるわけです。訓練法も具体的で、ある事業開発コンサルタントは毎朝の通勤電車の12分間、中吊り広告を題材にロジックツリーを立てる訓練を2年続け、問いを立てた瞬間に分解の方向が見えるようになったといいます。
スキルは才能ではなく反復だ、というメッセージが効いています。
提案の質を決めるのが「雲・雨・傘」の論理です。黒い雲が出ている(事実)、雨が降りそうだ(解釈)、だから傘を持つ(アクション)。この3層を区別して示すのが提案の基本形になります。
「事実(=雲)だけでは報告とはいえない。『だから何なのか』という解釈もセットでもっていく。」
データだけ見せて「だから何か」がない報告。理由のないアクションの押しつけ。説得力のない提案は、たいていこの3つが混ざるか欠けるかしている、という診断は応用が効きます。
もうひとつの柱が仮説思考です。情報を網羅的に集めてから結論を出すのではなく、先に「こうではないか」というストーリーを描き、それを検証するために調べる。
調べる範囲が絞られるので、リサーチも意思決定も劇的に速くなる。著者は、孫正義さんが巨額の買収提案を短時間で判断できるのは、あらかじめ候補や条件のリストを頭の中に持っているからではないか、と推測しています。
網羅は安心だが遅い。仮説は不安だが速い。プロは後者を選ぶ、という割り切りです。
デスクワークは「最終成果物から逆算する」
第3章はデスクワーク技術で、核はアウトプットドリブン、最終成果物からの逆算です。具体的な手法が「空(から)パック」。作業前に中身が空のスライドを作り、タイトルだけを先に書き出してしまう。
骨組みが見えれば、埋めるために必要なタスクとデータが洗い出せて、無駄な作業が消えます。資料作りで迷子になる人に、これは即効性があります。
細部の作法も実戦的でした。議事録は発言の時系列ではなく、決まったこと・決まらなかったこと・確認が必要なこと・次回までのTODOを書く。成果物は「決定事項」だと割り切る。
資料はワンスライド・ワンメッセージで、1枚に根拠データとひとつの主張だけを載せる。コンサルタントが1日に40〜50枚のパワポを作れるスピードは、この割り切りから生まれていました。
ファイル保存はマウスの数秒ではなくショートカットの一瞬で。徹底してスピードに寄せる姿勢が一貫しています。
「3日の100点」より「3時間の60点」
本書でいちばん解放感があるのは、完璧主義の否定かもしれません。「時間をかけないといいものはできない」は嘘で、スピードを追求するとむしろ質も上がる、と本書は言い切ります。
根拠として紹介されるのが、いわゆる「90対90の法則」です。0点から90点まで仕上げる時間と、90点を99点に磨く時間は同じ。さらに99点を100点にするにも、同じだけかかる。
最後の磨き込みは恐ろしく割に合わない、という話で、これを知ると100点狙いの非効率さが腑に落ちます。だから多少汚くても素早くラフを出し、フィードバックで軌道修正する。
3日の100点より、3時間の60点。
印象的だったのは失敗例です。ある元コンサルは一年目、ライバル調査を2日間続けて何も見つからず、そこで初めて報告して叱られた。問題は調査力ではなく、「何も出ない」という事実を2日間抱え込み、軌道修正の機会を潰したことでした。
完璧主義は、しばしば報連相の遅れと表裏一体なのだと気づかされます。セットで効くのが重点思考、いわゆる80対20の発想で、結果を左右する2割に深く張り、残りは思い切って捨てる。
網羅をやめることが、スピードと質を両立させる、という結論です。
学生は消費者、社会人は生産者
最終章はマインドで、本書はここを仕事のOSの根幹に置いています。学生は授業料を払う消費者、社会人は対価を受け取る生産者。「会社が何もしてくれない」という消費者目線のままでは、プロの価値は生まれない。
問うべきは、自分が何をしてもらえるかではなく、相手にどんな価値を提供できるか。そして価値があるかどうかを決めるのは、自分ではなく相手だと本書は繰り返します。
象徴的なのが会議の話です。著者は新人時代、発言しなかったとき「喋らないなら会議に出るな」と叱責された。会議は儀式ではなく実務を前に進める場で、出席するだけで人件費というコストが発生している。
とはいえ新人の意見には限界もあるので、本書はフォロワーシップ、つまり優れた意見への賛同をいち早く表明することも立派な貢献だと添えます。
そしてコミットメントです。自力でやり遂げることがプロ意識なのではない。約束は相手に対して発生しているのだから、間に合わないと判断したらプライドを捨てて助けを呼ぶ。
方法は問わず、約束を果たすことを最優先する。最後に本書は、言語化できるノウハウはすでにコモディティだとまで言い添えます。30のスキルは、師匠の息づかいまで真似て学ぶ暗黙知の世界へ向かう、入口の地図にすぎないというわけです。
出し惜しみのない潔さが、この本の信頼感を支えています。
おわりに
30のスキルを並べてみると、共通項はひとつでした。相手から見て、価値があるかどうか。結論から話すのも、数字で語るのも、60点で早く出すのも、すべて相手の時間と判断を最優先するための技術です。
テクニック集に見えて、実は一貫した職業倫理の本でした。だからこそ、新人にも、もう一度基本を点検したいベテランにも刺さります。
明日、上司に「あの件どうなった?」と聞かれたら。経緯ではなく、結論から。たった4文字の「まだです」から、このOSのインストールは始まります。
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