金曜日の午後2時半。ある市役所の管理職が自分のフロアを見渡すと、部下はすでに一人も残っていません。
咎める気配はありません。「みんなにも家庭の時間があるからね」と、それだけ返ってきます。
小国デンマークは、国際経営開発研究所(IMD)がまとめる国際競争力ランキングで、2年続けて世界首位に立ちました。同じ年の日本の順位は30位台の後半にとどまります。
早く退勤する国が、なぜ結果を出せるのか。デンマーク在住13年以上の文化研究家が、現地の経営層やビジネスパーソン20名超に取材してまとめたのが本書です。

「4時に帰る国」が競争力世界一になる理由
短い労働時間でも成果を出せる正体は、オフの充実と仕事の成果が回り続ける循環です。本書が最初に置くメッセージは、働き方は人生の優先順位から逆算して決まる、というものです。
「働き方を決めるのは『仕事の仕方』ではなく、『人生の優先順位』なのだ。」
この国の人たちにとって、何よりも優先されるのはプライベートの時間です。仕事はその暮らしを支える手段であって、どちらかを犠牲にする発想そのものを著者は退けます。
オフの時間で満ちたエネルギーが仕事への意欲になり、その成果がまたオフの充実に返っていきます。
人口600万人に満たないこの国は、国際競争力だけでなく、ビジネス効率性やデジタル分野、行政のオンライン化でも軒並み上位を占めます。午後3時を過ぎるとオフィスの空気は帰宅モードに変わり、4時には退社、金曜日はもっと早いです。
週の標準労働時間は37時間で、夏には3週間前後の連続休暇を取ります。それでいて、数字ではっきり結果を残しています。
背景にあるのは、環境の変化に即座に反応する俊敏さと、働く人の意欲の高さ、そして徹底したデジタル化だといいます。首都は環境施策を「楽しい街づくり」に読み替えて自転車都市に生まれ変わり、行政手続きはオンラインだけで完結するようになりました。
現金をほとんど使わない暮らしから、財布を持ち歩かない暮らしへと進みつつあります。古いやり方への未練を残さず、必要なら大胆に手放す姿勢がある、と著者は分析します。
タイムパフォーマンスの本当の意味
本書のタイパは時短術ではなく、自分にとって譲れない時間を守りながら、周囲の時間も奪わない考え方です。日本で使われがちな時短テクニックの意味とは異なります。合言葉は「ムリしない、ムリさせない」です。
職場での時間の取り戻し方は、本書のなかでも具体的で実用性が高いです。主なものは次のとおりです。
- 60分の会議は50分に、30分の会議は25分に設定し、あえて中途半端な長さにして時間への意識を高める
- 議題と終了時刻をあらかじめ決めて延長を許さない
- 発言の予定がない人は招集しない
- 二重チェックのような重複作業を削り、担当者本人の裁量に委ねる
- 全員への一斉送信を控え、メールへの返信はまとめて行う
通知のたびに対応していては、常に作業を中断しているのと変わらず、生産性はむしろ落ちる、という指摘は日本の職場にもそのまま当てはまります。
個人の工夫にも触れられています。ある研究者は十分な睡眠時間を確保したうえで、頭の冴える朝のうちにスマホを手の届かない場所に置き、集中と小休止を交互に繰り返す方式で作業を進めます。
軽めの仕事は午後に回すといいます。3人の子を育てながら組織を率いるある女性は、朝のごくわずかな時間を屋外で体を動かすことにあて、家族の予定は共有のカレンダーで管理しています。
まとめて長く働くほうが性に合うと気づいたある社員は、会社と交渉のうえ、週の後半3日を丸ごと休みにする働き方を実現しました。
こうした発想の土台になっているのが、著者が呼ぶ次の考え方です。
上方修正の平等:自分が無理をしない代わりに、相手にも無理を求めないこと。
周りが我慢しているのだから自分も我慢すべきだという、我慢を広げていく発想とは方向がまるで逆になります。
持ち帰ってやる「追う残業」という選択
就業時間内に終わらなければ、いったん帰って自宅で自分のペースで残りを進めます。では、就業時間の枠内ですべてを片付けているのかといえば、そうとも限りません。
やり残しがあっても、いったん切り上げて帰る人は多いです。家族と食卓を囲み、子どもを寝かしつけたあとの夜や、翌朝の早い時間帯に、自宅でまとまった時間を確保して残りを進めるといいます。
著者はこれを次のように呼びます。
追う残業:会社から強制された残業ではなく、次の日の仕事を軽くするために本人が選び取る残業。
だから当人たちに追い詰められている感覚はなく、むしろ自分のペースで前に進んでいる感覚があります。
この習慣は、上司のほうが先に退勤するという文化とセットで成り立っています。あるトップは、自分が居残っていると部下が気を使って帰りづらくなることに気づき、部下へ先に退勤するよう促したといいます。
冒頭に出てきた管理職が金曜の午後2時半に誰もいないフロアを見ても動じないのも、同じ理屈からです。私生活を守るという覚悟を固めているからこそ、限られた勤務時間を余さず使い切る覚悟も生まれます。
終業の時刻を先に決めてしまうからこそ、そこに向けた集中と工夫が働きます。持ち帰ってやる残業は、その覚悟を日々の行動へ落とし込むための調整弁にあたります。
信頼にもとづく「マクロ」な任せ方
信頼を前提に責任と裁量を渡し、結果だけを見るのが、本書が推す「マクロ」な任せ方です。部下の進め方を逐一確認する「マイクロ」なやり方の対極にあたります。ある組織のリーダーの発言が、この姿勢をよく言い表しています。
「そもそも、私にはみんなの仕事をいちいち確認してる暇なんてない。だから、部下を信じて任せる必要がある」
相手を疑う気持ちがマイクロな管理を生み、その分だけ確認や承認にかかる手間が積み重なっていきます。権限を渡せば、上司は自分がやるべき仕事に集中でき、部下のほうも指示を待つ時間なく動けます。
双方の時間を同時に守れる点にこそ、マクロな任せ方の本質がある、というのが著者の位置づけです。任せ方も具体的で、目的だけをはっきり伝え、進め方は本人の裁量に委ねます。
経験の浅い社員に対しても、上司は答えを渡す役ではなく、後ろから支える役に回ります。
失敗を受け止める度量も、任せる組織には欠かせません。うまくいかなくても個人を責めず、チーム全体で次の一手を話し合います。準備が整うのを待たずに動き出し、進みながら計画そのものを組み替えていくこの姿勢を、著者は独特の比喩で語っています。
あらかじめすべてを決め切らず、状況に応じて予定を変えることを前提にしているからこそ、計画が崩れても動じにくいのだといいます。
こうしたやり方を支えているのが、幼少期からの教育で培われる独特の「社会性」です。日本語で社会性というと空気を読む、周囲に合わせるという意味合いが強いですが、本書が言う社会性の中身は別物です。
次の4つからなります。
- 感情を脇に置いて解決策を率直に語る力
- 批判を自分の人格への攻撃と混同しない距離感
- 譲れない部分以外は柔軟に譲る姿勢
- 肩書きにかかわらず誰の意見にも耳を傾ける公平さ
組織の代表が現場の清掃担当と対等に言葉を交わす光景も、めずらしくないといいます。
輸入するのは仕組みではなく、考え方だけでいい
制度ごと真似するのではなく、考え方だけを借りる日本流のアレンジが現実的です。もっとも著者は、この国のやり方を日本にそのまま持ち込めるとは考えていません。4時退社を支えているのは、高い税負担、大学までの教育費無償化、そして転職を前提にした流動的な労働市場という、手厚い社会保障の土台です。
物価も賃金の水準もまったく異なります。制度や雇用の慣行が違う社会へ仕組みごと移し替えるのは、現実的な方法ではありません。
働くことの意味づけそのものも違います。生活費を得る手段であるだけでなく、自分をどう育て、何者であるかを形づくる営みとして仕事を捉えます。だから転職はごく普通の選択肢になります。
ある調査では年間の離職率が3割近くにのぼり、生涯の平均転職回数は今後さらに増える見込みだといいます。職歴に転職の跡があることは、新しい環境に飛び込める柔軟性の証として好意的に受け止められます。
消費税は25%、給与のおよそ半分が税として引かれますが、それでも進んで納めていると語る人が多いのは、納めた分が社会にきちんと還元されているという実感があるからでしょう。
だからこそ著者が勧めるのは、仕組みそのものではなく考え方だけを借りる日本流のアレンジです。外国から来た料理を自分たちの舌に合わせて作り変えるように、発想だけを取り入れて個人やチームの単位で試せばいい、という提案です。
退勤する時刻を朝のうちに決め、そのあとの予定を先に埋めておきます。会議は本来の長さより短く予約し直します。頼みごとをするときは目的だけを一言で伝え、やり方は相手に委ねます。
どれも今日から一人で始められる範囲の工夫です。
4時に退勤するという行為そのものは、成果を出すためのきっかけにすぎません。退勤の時刻を先に決めた人が、そこに間に合わせようと会議を削り、確認の手間を減らし、周囲を信じて任せていきます。
その積み重ねが、やがて国全体の競争力という大きな結果に結びついています。明日、仕事を切り上げる時刻を一つだけ先に決めてみたいものです。決めた時刻を守ろうとした瞬間から、削れる仕事が見え始めるはずです。
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