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『フィードバック入門』中原淳|「褒めて伸ばす」の限界を超える、耳の痛い話の伝え方

リーダーシップ・組織 ✍ 中原淳
約7分で読めます

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『フィードバック入門』
目次

部下に「それ、違うよ」と言えなくなったのは、いつからだろうか。ハラスメントと騒がれるのが怖い。関係がこじれるのも面倒だ。だから見て見ぬふりをする。気づけば、できる部下にばかり仕事が集まり、できない部下は放置されたまま固定化していく。

中原淳さんの『フィードバック入門』は、この「言えない上司」の問題に、人材開発の学術研究と現場の生々しい失敗談の両方から切り込む一冊だ。副題は「耳の痛いことを伝えて部下と職場を立て直す技術」。誰もが避けて通ってきた場所に、正面から踏み込んでいく。

編集部としてまず強調したいのは、本書のフィードバックが「褒めて伸ばす」の単なる対義語ではない、という点だ。褒めるか叱るか、コーチングかティーチングか——長く職場を縛ってきたこの二択そのものを、本書は無効化しにかかる。

図解

フィードバックは「情報通知」と「立て直し」の合わせ技

著者の定義はシンプルだ。フィードバックとは「耳の痛いことを部下にしっかりと伝え、彼らの成長を立て直すこと」。これが二つの働きかけに分解される。

一つは情報通知。耳が痛かろうと、現状の事実を主観抜きで正確に伝える。方向としては一方通行の、ティーチングに近い行為だ。もう一つが立て直し。部下が自分を振り返り、次の行動計画を自分で立てるのを、問いかけで支える。こちらはコーチングに近い。

肝は、この二つを状況に応じて混ぜて使うところにある。日本の職場では長く「教えるのか、気づかせるのか」が対立軸として語られてきた。本書はその二者択一を捨て、両方を一つの面談のなかで行き来する技術としてフィードバックを再定義する。ここが、類書と一線を画す出発点になっている。

主張が宙に浮かないのも本書の強みだろう。人材開発の科学知に依拠しつつ、商社・外資・シンクタンクの現役マネジャー三名の面談が仮名で詳細に描かれる。普段は密室に隠れる「上司が部下を詰める現場」が、そのまま開かれている。ここまで手の内を見せる実務書は珍しい。

部下が育たないのは、あなたのせいではない

第1章の診断は明快だ。部下が育たない責任を、上司個人の指導力に押しつけるな、と著者は言う。

かつての日本企業には、意図して教えなくても人が育つ整合的環境があった。長期雇用・年功序列・タイトな職場関係の三点セットである。失敗を長い目で見守れ、上司が将来のロールモデルになり、長時間労働とアフター5で互いを深く知っていた。

人が勝手に育ったのは上司が優秀だったからではなく、環境の産物にすぎなかった——ここまで言い切る。

ところがこの三本柱が崩れ、同時に組織のフラット化が進んだ。一人の管理職が10人、時に100人超を抱える。しかも自分もプレイヤーとして数字を追う「マネージングプレイヤー」化が進む。

ある調査では、マネジメントに専念する「完全マネジャー」は517人中わずか14人だったという。育成に手が回らないのは、意志の弱さではなく構造の問題なのだ。

そこへ2000年代後半のコーチング偏重が重なった。「教えてはいけない、気づかせよ」が行きすぎ、知識も経験もない新人にまで「君はどう思う?」と問う上司が増える。

引き出す中身が本人の中にないのだから、部下は思考停止するだけだ。こうして「言うべきことを言えない病」が広がった、と著者は診断する。この構造分析は、罪悪感で動けなくなった管理職への免罪符であると同時に、「だからこそ技術を身につけよ」と背中を押す助走にもなっている。

準備で決まる。SBIという事実の鏡

理論編では、人の成長を二軸で捉える。一つは経験軸。人は楽勝の「コンフォートゾーン」でも、不安で潰れる「パニックゾーン」でもなく、少し背伸びが要るストレッチゾーンで最も伸びる。

適切な難易度の仕事を渡すこと自体が、成長のスイッチだというわけだ。もう一つはピープル軸で、知識やスキルを教える「業務支援」、盲点を指摘する「内省支援」、励まし承認する「精神支援」という、職場の他者からの三つの支えを指す。

この三つがバランスよく供給される場が「成長職場」であり、フィードバックは、その学習サイクルを回す触媒に位置づけられる。理屈だけでなく、上司が何を配れば人が育つのかを分解して見せてくれるのがありがたい。

そして本書で最も実践的な道具がSBI情報だ。Situation(どんな状況で)、Behavior(どんな行動があり)、Impact(どんな影響が出たか)。この三点で、事実だけを記録する。

たとえば「君、最近やる気あるのか?」は上司の決めつけであって、部下は何を直せばいいのか分からない。SBIならこうなる——「この半年の営業で、1日の電話アポが平均10件に届かず、実績が前年比4割減になっている」。

数字と事実を鏡のように相手の前に映す。だから部下は「上司の思い込み」として片づけられなくなる。面談の成否は会話の巧拙ではなく、その場に臨む前の観察と準備でほぼ決まる、というのが本書を貫く立場だ。裏を返せば、準備を怠った面談はどんな話術でも救えない、という厳しさでもある。

伝える技術と、反発を「待つ」負けて勝つ

面談本番の技術も具体的だ。前提として著者は、言った(Said)・聞いた(Listened)・腹落ちした(Understood)はイコールではない、と釘を刺す。「伝えたから伝わったはず」という思い込みを崩すところから始まる。

事実を通知するときは断定を避け、「私にはこう見えるが、どう思う?」というIt seems話法を使う。相手に言い分の余地を残すことで、追い詰めずに事実を受け止めさせる。

もう一つ、意外な鉄則がある。耳の痛いことを言った直後に、無駄に褒めるな。気まずさから「でも君の行動力は買っているよ」と足すと、部下は褒め言葉だけを記憶に残し、肝心の指摘を薄めてしまうからだ。

フォローしたい衝動をあえて抑える——ここは多くの上司の直感に反するだろう。

反発への構えも周到だ。事実を突きつければ部下は言い訳で自己防衛する。ここで論破に走れば対話は壊れる。著者が説くのは負けて勝つ。まず相手に最後まで喋らせ、「そういう状況だったんだね」と受け止める。

ここまでは負けだ。だが言い訳が増えるほど、話には論理のほころびが生まれる。そこを冷静に突き、仕事人としてなすべきことへ焦点を戻す。聞くことは、屈服ではなく、この矛盾が出てくるのを待つ戦略的な行為なのだという。

反論を封じるのではなく吐き出させる、というこの逆転は、感情的なやり取りを避けたい上司にとって実務的な救いになる。

第4章では、これをタイプ別の返し刀に落とし込む。逆ギレする部下には「そんなに怒るのなら、改善策への強い思いがあるんだよね?」と改善案そのものを尋ね返す。

黙り込む“お地蔵さん”タイプには、こちらも一時間でも黙って待つ覚悟で沈黙で応じる。上から目線で批判してくる部下には「もし君が私の立場なら、どう変える?」と仮定法で問い返す。

相手の反応をあらかじめ読み、返しを用意しておく——面談を出たとこ勝負にしない、という徹底ぶりだ。

ここで一つ留保を置きたい。フィードバックは万能薬ではない。著者自身、クルーガーとデニシの1996年のメタ分析を引き、フィードバック介入の約3分の1がむしろ成果を下げたと明かしている。

やり方を誤れば逆効果になる諸刃の剣——この自己批判的な誠実さこそが、本書を単なる精神論から遠ざけている。

未来は本人に語らせ、変わらなければ人事と連動させる

事実が腹落ちしたら、立て直しの段階だ。原則は、上司が答えを押しつけないこと。使うのは三つの問い——What?(何が起きたかを本人に再現させる)、So what?(なぜ起きたか、行動の下にある真因を掘る)、Now what?(これからどうするかを本人に決めさせる)。

最後のNow whatは、上司と部下の「契約」になる。さらに著者は依存症治療を応用した再発予防策として、「どんな状況で再発しやすいか」「そのとき自分はどう対処するか」を、部下自身に先回りして言わせておく。

人はそう簡単には変わらない、という前提に立つからこそのひと手間だ。

本書が信頼に足るのは、きれいごとで終わらない点にある。どれだけ丁寧に向き合っても、自らの意志で「変わらない」を選び続ける大人は一定数いる、と著者は認める。

その場合は3〜5回を目安に期限を切り、それでも変わらなければ配置転換・降格・退出という外科的手術を、人事施策とセットで実行する。病巣を放置すれば、真面目に成果を出す他の部下まで疲弊するからだ。

人材開発の本でありながら血の通った人事判断にまで踏み込むこの姿勢は、現場の管理職にとって最もリアルな一節かもしれない。

最終章は、上司自身に矛先を向ける。フィードバック力は場数でしか磨けない、というのが著者の立場だ。自分の面談を録画して口癖や間の悪さを点検する模擬フィードバックや、部下全員から匿名で上司評価を集める「アシミレーション」といった、地道な鍛え方が並ぶ。

要は、伝える技術を語るだけの本ではなく、書き手自身がその技術を浴び続けよ、と求めてくる本なのだ。

なかでも著者が最重要に置くのが、フィードバック探索行動である。職位が上がるほど、人は誰からも注意されなくなる。放置すれば「人は無能になるまで出世する」というピーターの法則にはまる。

だからこそ、自ら社内外の厳しい相手に「今の自分の問題は何か」を聞きにいく。耳の痛い話を与えられる側ではなく、求めにいく人になれ——その一言に、本書の思想が凝縮されている。

裏を返せば、部下に耳の痛いことを言えない上司は、自分もそれを引き受けていない、という相互性の指摘でもある。まずは次に面談したい部下を一人思い浮かべ、その人のSBIを紙に書き出すところから始めればいい。

技術は、場数のなかでしか育たない。


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