「毎日ちゃんとやっているのに、自分は何者にもなれていない」。
39歳のとき、著者はその焦りに呑まれていました。大蔵省、マッキンゼー、IT企業の経営という、はたから見れば華やかな経歴の持ち主です。それでも本人の内側には、何ひとつ成し遂げていないという空白が広がっていた。
その彼が、知識も人脈も資金もないところから、宇宙ゴミ(スペースデブリ)の除去という、国家機関すら30年以上手をつけられなかった世界一厄介な課題に飛び込んでいきます。
著者の岡田光信さんは、その挑戦からアストロスケールという宇宙ベンチャーを立ち上げた創業者兼CEO。本書『愚直に、考え抜く。』は、その無謀に見える挑戦を支えた思考と行動を、誰にでもなぞれる「型」として取り出した一冊です。
一冊を貫くメッセージは明快で、突き抜けるとは奇をてらうことではなく、誰もが持つ愚直さに方法を加えるだけだ、というもの。才能や運の本ではなく、再現可能な方法の本だというところに、私はまず惹かれました。

こんな人におすすめ
特に刺さるのは、こんな場面で立ち止まっている人だと思います。
- やりたいことが見つからず、夢中になれるものがないままモヤモヤしている
- 大きな目標はあるのに、資金も人脈もなくて最初の一歩が踏み出せない
- 「もう若くないから」と、年齢を言い訳に挑戦をためらっている
- 考えてはいるのに行動が止まる。何から手をつければいいかわからない
精神論ではなく、明日からノートの上で動かせる手がかりがほしい人に効きます。逆に、整然としたフレームワークだけを綺麗に学びたい人には、生々しすぎるかもしれません。本書の型は、つねに起業の現場で著者が流した汗とセットで語られるからです。
課題は「あるべき姿」を置いた瞬間に生まれる
この本がいちばん強く拒むのは、「課題は外から与えられる」という思い込みです。
たとえば日本の食料自給率は38%。普通、これは深刻な「課題」に見えます。でも著者に言わせれば、これはただの「現実」にすぎません。自給率を上げたいという理想を自分が置いて、初めてそこに課題が生まれる。著者はこれを、引き算と掛け算の二つの式に圧縮します。
(課題)=(あるべき姿)-(現実)
現実は一つしかないけれど、「あるべき姿」は人それぞれ自由に置ける。だから何を課題とするかは、本人の意志しだいでいくらでも変わる。現実そのものは課題ではなく、理想を掲げた人にだけ課題が立ち上がる――この視点の反転が、本書の出発点です。
もう一つが実現の式で、こちらは「実現=思考×行動」。頭がちぎれるほど考える思考と、足が棒になるほど動く行動の掛け算で、どこまで自分を実現できるかが決まる、という考え方です。
掛け算である意味は重く、どちらかがゼロなら答えもゼロになる。いくら考えても動かなければ何も起きず、考えずに動けば空回りする。夢を語るふわっとした自己啓発ではなく、「課題のつくり方」と「実現のさせ方」を技術として扱っているのが、この本の新しさだと感じました。
この土台の上に、自分を超え続けるための三つの力――理想を描く夢想力、道を割る孤考力、走り切る広動力が積み上がっていきます。
未来は予測しない、つくる――夢想力
夢想力は、自分だけのオリジナルな「あるべき姿」を自由に描く力です。ここで岡田さんが鋭いのは、理想を考えるときに調査や分析を持ち込むな、と言い切る点でした。
根拠に挙がるのがデジタルカメラの普及期です。各社は「消費者は店でプリントするか、家でプリントするか」を莫大な費用をかけて調べた。ところが消費者は、そもそもプリントせずネットで共有した。
誰も予測しなかった未来が来たわけです。だから著者は、未来は予測しても外れる、自分の意志でつくり出すものだと書きます。調査が役立つのは方程式の「現実」を測るときだけで、理想にデータを混ぜると、ありきたりな予測しか出てこなくなる、と。
そして理想を選ぶ軸を、著者は「損か得か」ではなく「快か不快か」に置きます。大人はつい昇進や利益で道を選ぶけれど、困難な道を最後まで走り切る燃料になるのは、原始的なワクワク感のほうだ、と。
岡田さん自身、IT経営に行き詰まったとき損得をいったん捨て、たどり着いたのが「宇宙が持続的に利用できる状態」という途方もない理想でした。手持ちのカードはほぼゼロ。
宇宙工学の経験もチームも資金も人脈もない。それでも、明確な「あるべき姿」さえあれば、それがリソースを集める起点になる、と本書は励まします。
理想を雑念に埋もれさせない仕上げとして紹介されるのが、セールスフォースのベニオフ氏が毎月、鏡に向かって目的を声に出していたという習慣です。岡田さんはこれにならい、二つの問いを勧めます。
「あなたなりのあるべき姿は何か」「あなたは人生でどんな課題にケリをつけるか」。これに5秒で答えられるか。声に出して脳に響かせることで、目的が一点の曇りもない状態に保たれる、というわけです。
大きすぎる夢を、解けるサイズに割る――孤考力
理想が決まっても、たいていは「大きすぎて、どこから手をつけていいか分からない」で止まります。行動が止まるのは、意志が弱いからではなく、課題の粒が大きすぎるから。これを突破するのが、ひとりで徹底的に考え抜く孤考力です。
やることはシンプルで、課題を解けるサイズまで割っていく。岡田さんは「宇宙ゴミを除去する」という巨大な目標を、技術・ビジネスモデル・法規制・人材・資金という五つの親課題に分け、それぞれを行動できるレベルの子課題へさらに細分化しました。
こうして「これとこれが解ければ理想が実現する」という道筋=成立解をつくる。最初は粗くていい、動きながら解像度を上げればいい、というのが救いです。
ここで本書がいちばん逆説的なのが、子課題の解決策を一つに絞らず全部書き出す、という構えでした。
すべての選択肢にあたる。ここに効率の本質がある。
一見すると遠回りです。でも思い込みで最初の1案に飛びつくと、あとで致命的な手戻りが起きる。全部並べて検証するほうが結局いちばん速い。これが本書の効率観の中心です。
あわせて、どうしても解けない壁(Show-stopper)に当たったら、それまで費やした時間やお金(サンクコスト)に縛られず潔くプランBへ移る「撤退のジャッジメント」、予定を倒置法にして「これこそが本当にやるべきことか」と問い直す思い込みの「ウソ発見器」、繰り返し学習は2回目が半分・3回目が4分の1で済むから合計でも最初の2倍未満で習得できるという「2倍未満の法則」など、未知に飛び込む恐怖を論理で溶かす道具が並びます。
型が机上で終わらず、著者がそれを宇宙ビジネスでどう使い倒したかという事例とセットなので、妙に腑に落ちます。
寝る前のメール一通が、世界を動かす――広動力
考え抜いた解決策も、実行しなければただの計画です。最後の力が、圧倒的な行動量で動き仲間を増やす広動力。岡田さんは日々の営業や面接の一つひとつを「局地戦」と呼び、そのすべてに勝つつもりで臨めと説きます。
なかでも身体に刺さるのが「寝る前に種をまく」という発想でした。「また明日」を7回繰り返すと1週間、「また来週」を52回繰り返すと1年遅れる。
逆に寝る前の5〜10分でメールを一通投げておけば、自分が眠るあいだに世界の時間差が働き、朝には物事が一歩進んでいる。先送りの怖さと先回りの効果を、これほど体感で突きつける一節は珍しい。
さらに、ネットの二次情報で満足せず現場に会いに行く「一次情報」の徹底も印象的です。有人でのデブリ捕獲費用を知るため米国の大手企業に見積もりを頼み、目が飛び出る金額を見て「無人のほうが圧倒的に安い」とその場で判断した――一次情報は一見コストでも、判断のブレを防ぐぶん結果的に最速だ、というわけです。
仲間を増やす場面で著者が掲げる原則も、ビジネス書の常識とは逆を行きます。決して人を説得しようとしない。考える主人公はあくまで相手で、その文脈に寄り添い、ホワイトボードで悩みを場合分けして「補助線を引く」。
この誠実な姿勢が投資家やエンジニアの共感を集め、設立2年目に日本の宇宙ベンチャーとして初の大型となる770万ドル(8億円強)の資金調達へとつながりました。
おわりに
読み終えて残るのは、宇宙ビジネスの華やかさではありませんでした。課題は外にあるのではなく、自分が「あるべき姿」を置いた瞬間に生まれる。動けないのは粒が大きすぎるだけ。すべての選択肢にあたることが一番速い。この三つの感覚です。
そしていちばん肩の力が抜けたのが、「遅咲きは狂い咲きである」という一節でした。あるべき姿が定まるのは、むしろ歳を取ってからでいい。40歳からの挑戦は遅すぎるのではなく、経験を積んだ今だからこそ覚悟が乗る、と岡田さんは言います。
才能も人脈も資金も、最初はなくていい。あるのは意志だけ。そこに、考え抜く型と愚直に動く習慣を足していく。
何者でもない焦りを抱えているなら、まず鏡の前で二つの問いに答えてみてください。あなたなりのあるべき姿は何か。あなたは人生でどんな課題にケリをつけるか。5秒で言えなくても、考え始めた時点で、現実はもう動き出しています。
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『未来に先回りする思考法』佐藤航陽 本書の「未来は予測しない、つくる」という宣言を、なぜ予測が当たらないのかという角度から裏打ちしてくれる一冊です。点ではなく流れで未来を捉える視点を足すと、夢想力の精度が一段上がります。
『継続する技術』戸田大介 本書のクライマックス、圧倒的な量で動き続ける広動力を、習慣として続けるための科学を補ってくれます。「また明日」を繰り返さないための具体策がほしい人に。
『目標は戦略ではない。』 「あるべき姿」を高く置いただけでは進まない、という本書の課題意識と重なります。理想を、孤考力で割る前段の戦略にどう橋渡しするかを考えたい人に向いています。
