筋トレで一番大事なのは、重いバーベルを歯を食いしばって挙げきることだ。そう信じている人は少なくないはずだ。きついほど効く、効かないのは追い込みが足りないだけ。ジムの空気は今もその思想でできている。
ところが『科学的に正しい筋トレ 最強の教科書』を開くと、その大前提が音もなく崩れていく。100kgを10回挙げても、50kgを20回挙げても、筋肉を大きくする効果はほとんど変わらない。決め手は重さそのものではなかった、と本書は言い切る。
著者の庵野拓将さんは、理学療法士でトレーナー、そして医学博士でもある。だからこの本には、経験則も根性論も出てこない。スポーツ科学、栄養学、生体力学の最新エビデンスだけで、筋トレという営みを一から組み直している。ここでは編集部の視点で、その骨格をたどっていきたい。

まず「正しさ」の測り方から教わる
この本のいちばんの特徴は、いきなりメニューを教えないところにある。読者に最初に手渡されるのは、トレーニング法ではなくエビデンスの読み解き方だ。順序が逆転しているようで、これがこの本の誠実さを決定づけている。
科学的根拠には信頼度の階層がある。庵野さんはこれをエビデンス・ピラミッドと呼ぶ。最下層にあるのが専門家個人の意見、その上に観察研究やランダム化比較試験(RCT、被験者を無作為に振り分けてプラシーボ効果を排除する手法)が積み上がり、頂点に立つのがメタアナリシスだ。
メタアナリシスは、過去に報告された複数の研究をまとめて解析する手法を指す。効果ありの結果ばかりが世に出やすい「出版バイアス」を打ち消せるため、最も信頼度が高いとされる。本書がおもな根拠に据えるのは、このピラミッドの頂点にあるエビデンスである。
それでも庵野さんは油断させない。最新の研究結果も「あくまで現時点でのもの」にすぎず、いずれ書き換えられる可能性がある。だから知識を更新し続け、最後は自分の身体で検証しなさい、と。この慎重さが本全体の土台になっている。
筋肥大を決めるのは「総負荷量」だった
ここが本書の核心だ。
筋肉を大きくすること、つまり筋肥大の決め手は、運動の強度ではなく総負荷量にあった。総負荷量とは「強度(重量)×回数×セット数」で計算される、筋肉にかけた負荷の総量のことである。
100kgを10回でも、50kgを20回でも、総負荷量はどちらも1000kgで等しい。だから高重量で追い込まなくても、軽い重量で回数を稼いで総負荷量さえ積み上げれば、筋肉は同じように育つ。重さへの信仰が、ここで根拠を失う。
これは思いつきの主張ではない。マクマスター大学のミッチェルらは、トレーニング未経験者を1RM(全力で1回だけ挙げられる重量)の80%で行う高強度群と、30%で行う低強度群に分け、どちらも疲労困憊まで週3回、10週間続けさせた。
結果、両群の筋肉量に有意な差は出なかった。軽くても、追い込めば重いのに並んだのだ。
面白いのは、この一つの原理から周辺の常識まで次々に覆っていくところだ。たとえばセット間の休憩は短いほど成長ホルモンが出て効く、と長く信じられてきた。
だが成長ホルモンの増加は筋肥大に関与しないとわかっている。休憩が短いと疲労が抜けず、かえって総負荷量が落ちる。だから休憩はむしろ2分以上とるのが正解になる。
運動スピードも、上げ下げを合わせて8秒以内が効果的で、それより遅いスロートレーニングは動員される筋線維が減って効率が落ちる。頻度もそうだ。週3回と週6回を比べた研究で、週単位の総負荷量が同じなら効果は変わらなかった。
つまり回数に縛られる必要はなく、一週間分の総負荷量を先に決め、体調に合わせて割り振ればいい。
ただし注意点がある。筋肉を「強くする」筋力増強は、まったく別の話だ。こちらは神経の適応が要り、多くの運動単位を同時に動かせるようにしなければならない。筋力を上げたいなら1RMの80%以上の高強度一択。目的が筋肥大か筋力かで、使う方程式そのものが変わる。
フォームは感覚ではなく物理で決める
第2章は、無駄を力学で削る話だ。
まず意外なところから入る。トレーニング前の静的ストレッチは、やめたほうがいい。筋肉を伸ばすストレッチは筋出力を下げ、総負荷量を減らしてしまう。
ある研究では、ストレッチをしただけで運動回数が24%も減った。長期でも、ストレッチをしなかった群の筋断面積が12.7%増えたのに対し、した群は7.4%にとどまっている。
では準備運動は不要かというと、そうではない。10分ほどの軽い有酸素運動で筋温を上げ、これから行う種目を軽い重量でなぞる「特異的ウォームアップ」を組み合わせるのが正解だ。有酸素運動を挟むだけで1RMが8.4%上がったという報告もある。
種目のフォームは、関節と重心の距離が生む回転力、すなわちモーメントをいかに小さく抑えるかで決まる。スクワットで最も重要なのは、動作中つねにバーベルの重心を足部の中心、ミッドフットの真上に置くこと。
重心が足の中心から外れるほど余計なモーメントが生まれ、狙った筋肉以外に負担が逃げる。
ベンチプレスで背中にアーチをつくるのにも、ちゃんと理由がある。胸が持ち上がってバーベルを下ろす位置が前上方へ移り、挙げる距離が短くなる。物理でいえば仕事量が減るわけだ。フォームを「なんとなく」ではなく力学で説明してくれるのが、この章の気持ちよさだった。
タンパク質の「ゴールデンタイム」は24時間
栄養の章で、多くの読者は自分の誤解に気づくはずだ。少なくとも編集部はそうだった。
「筋トレ直後がタンパク質のゴールデンタイム」という話を聞いたことがあると思う。直後の数十分を逃すと効果が薄れる、という例のあれだ。これが正確ではなかった。
筋トレで高まった筋タンパク質の合成感度は、直後から少なくとも24時間、上昇したまま続く。だから勝負は直後の一瞬ではなく、まる一日だ。トレーニングをした日の夕食、翌日の朝食と昼食まで含めて、1日3食で良質なタンパク質を分散して摂ることが効果を最大化する。
直後にプロテインを飲んでも翌日の食事を抜けば、努力は半減してしまう。
筋トレによって高められた筋タンパク質の合成感度は、少なくとも24時間は持続する。
1食あたりの最適量は、年齢・体重・種目で変わる。たとえば体重70kgの20代がスクワットのような多関節種目をやった場合、目安は1食あたり約27g。高齢になると合成抵抗性で筋肉がつくられにくくなるため、若い人より多めが必要になる。
就寝前のタンパク質は「裏技」として効く。眠っているあいだは栄養が入らず、筋肉は合成より分解へ傾く。そこで吸収がゆっくりで血中アミノ酸濃度を長く保つカゼインプロテインや牛乳を寝る前に摂ると、睡眠中も合成を高く保てる。
食品選びにも直感を裏切る指摘がある。卵は黄身まで丸ごと、牛乳は無脂肪ではなく全乳を選ぶ。トレーニング後に全乳を飲んだ群は、無脂肪乳の群より2.8倍も高い合成率を示した。
脂質ごと摂ったほうが効くのだ。サプリについても冷静で、BCAAだけでも合成は22%上がるが、必須アミノ酸をすべて含むホエイなら50%。HMBは未経験者には効くが経験者には有意差なし、グルタミンやアルギニンはエビデンス最低のCランク。
何が効いて何が効かないかを、格付きで並べてくれる。
タンパク質の摂りすぎは腎臓に悪い、という心配も検証される。健康な人なら高タンパク食でも腎臓に害は出ない。ただし赤身肉の摂りすぎは別で、白身肉や魚に置き換えると腎臓病の悪化リスクが最大62.4%下がるという調査もある。鶏肉、魚、卵、大豆、乳製品をバランスよく、が結論だ。
続かないのは「意志が弱い」からではない
最後の章が、この本を単なる筋トレ本以上のものにしている。
ジムで筋トレを始めた人のうち、1年続けられるのはわずか4%未満。96%が脱落する。庵野さんはこれを、意志の弱さのせいにしない。
続かないのは、数百万年の進化の結果だという。食糧難を生き延びるため、人類は「無駄なエネルギーを使わず休む」よう本能を組み込まれてきた。将来の健康より目の前の「休みたい」を優先する現在バイアスは、生理的にまっとうな反応なのだ。
だから根性で本能をねじ伏せようとするのは、そもそも筋が悪い。
ではどうするか。意志力を有限の燃料とみなし、なるべく使わずに済む仕組みをつくる。その中心がイフ・ゼン実行プランだ。「もし(If)〜したら、そのときは(Then)〜する」と行動ルールを前もって決めておく方法である。
「帰宅したら、ソファに座らずすぐウェアに着替える」と決めておくだけで、意志力を減らさずに身体が自動でジムへ向かう。
この効果は実験でも確かめられている。ニューヨーク大学のゴルウィツァーらは、子どもたちに「もし遊びに誘われたら『仕事しているから遊べないよ』と言おう」というルールだけを決めさせた。すると子どもたちは誘惑に抵抗し、作業を続けられた。
脳の使い方も逆転する。やる気が出たから動くのではなく、動くからやる気が出る。立ち上がって歩き出すとドーパミンが分泌されて行動が覚醒し、小さな目標を達成するとさらに行動が強化される。気が乗らない日は、まずウェアに着替えるという一歩だけ起こせばいい。
続ける価値があることも、数字で裏づけられている。週2回以上の筋トレは、がんによる死亡率を約31%、あらゆる病気による死亡率を約23%下げる。
睡眠時間を変えずに深い睡眠を増やして睡眠の質を高め、不安やうつ症状もやわらげる。しかも自宅の自重トレでも、ジムと同等の結果が得られる。仕組みさえ整えば、見返りはとてつもなく大きい。
明日から変えられる3つのこと
本書の知見を具体的な行動に落とすと、こうなる。
1. 高重量への固執を捨て、軽い重量で回数を増やす ものさしを「重さ×回数×セット数」の総負荷量に切り替える。怪我のリスクは下がり、効果は変わらない。
2. 筋トレ翌日の朝食と昼食でも、肉・魚・卵・大豆を摂る 合成感度は24時間続く。直後のプロテインで満足せず、1日3食に分散させる。
3. 「帰宅したらウェアに着替える」を紙に書いて貼る イフ・ゼン実行プランで、意志力を使わずに行動を自動化する。
読み終えて残るのは、個々のメニューよりも一つの態度だ。古い常識を疑い、エビデンスで確かめ、最後は自分の身体で検証する。庵野さんは、膨大な情報のなかから真実を見極めて自分に合った方法を考えることが大切だと書いている。
これは筋トレに限った話ではないだろう。まずはウェアに着替えるところから。やる気は、そのあとについてくる。
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