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『世界で一番やさしい会議の教科書』榊巻亮さん|会議は「仕切らない人」が変える

リーダーシップ・組織

ビジネスパーソンが一生涯で会議に費やす時間は、約3万時間。1日10時間活動するとして、およそ8年分です。

8年。眠っている時間ではなく、起きて会議室に座っている時間だけで8年です。生涯労働時間は約7.5万時間と言われるので、会社人生の4割が会議で消えていく計算になります。

その3万時間が「課長が書類を朗読し、参加者は内職か居眠り、何が決まったかは不明」という時間だったら。これはもう仕事術の問題ではなく、人生の問題です。実際、本書には毎日の会議三昧に耐えられず転職してしまう若者まで登場します。

『世界で一番やさしい会議の教科書』は、この絶望的な数字から始まる一冊です。著者の榊巻亮さんは「変革屋」を名乗る現役コンサルタント。会議を変えるのに特別な才能も高度なフレームワークもいらない、必要なのは「ちょっとした始め方のコツ」だと言い切ります。

物語の主人公は、入社2年目の若手社員・鈴川葵。コンサルタントである父から技術を学び、翌日会社で実践していくストーリー仕立てで進みます。仕切る権限のない平社員が、どうやって会議を変えるのか。その手順が驚くほど具体的でした。

こんな人におすすめ

特に効くのは、こんな経験がある人です。

会議術の本の多くは、司会者や主催者に向けて書かれています。本書が珍しいのは、一参加者、それも若手の視点で書かれていること。「仕切る立場じゃないから関係ない」という言い訳が通用しない作りです。

この本の核心と強み

本書の核心は一文にまとまります。会議は「確認する」「書く」「準備する」という小さな行動だけで、誰でも変えられる。

それを象徴するのが「隠れファシリテーター」という概念です。司会者として前に立たなくても、一参加者の席に座ったまま、確認や書くことを通じて会議を密かに促進する役割。偉い人のプライドを傷つけずに会議をリードできる、日本の組織に合わせた現実的なアプローチです。

構成も巧みでした。葵が父から学び、翌日実践し、つまずいてはまた学ぶ。このサイクルの中で、技術の難易度が「確認する→書く→隠れない→設計する」と階段状に上がっていきます。読者は葵と一緒に成長していく構造です。

あとがきによると、著者の会社ケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズは、メシの種であるノウハウを顧客に公開し、自走してもらうやり方を貫いてきたそうです。本書の具体性は、その現場で磨かれたものでした。

一方で、限界も感じました。物語では先輩や他部署が比較的協力的で、実践の障壁がスムーズに外れていきます。極端に硬直した組織や権威主義的な上司が相手なら、もう一段の工夫が要るはずです。それでも「最初の一歩」の解像度では、類書を圧倒しています。

本書の全体像――4つの階段

物語は、技術の難易度順に4段階で進みます。

ステップ1: 確認する(第1章・第2章) ダメ会議の実態を知り、会議の終わりに「決まったこと」「やるべきこと」を確認する。

ステップ2: 書く(第3章) 議論をホワイトボードやA3用紙に書き出し、見える化する。

ステップ3: 隠れない(第4章) 課題解決の議論を、階層とプロセスを意識して前に立って整理する。

ステップ4: Prepする(第5章) 会議が始まる前に、会議を設計する。

では、順番に中身を見ていきます。

「確認していいですか」――席に座ったまま会議を変える

最初の技術は、拍子抜けするほど簡単です。会議の終わりに、こう言うだけ。

「私の理解が合っているか確認したいんですけど、今日決まったことと、やるべきことは〇〇で合っていますか?」

ポイントは「やるべきこと」を、誰が・いつまでに・何をするか、まで明確にすることです。会議で決まったはずのことは、時間が経つと忘れられ、参加者の間で認識がズレていきます。

物語でも、先輩の片澤さんが「自分が営業部門に連絡する担当だ」と気づかないまま会議を終える場面が出てきます。最後にひと言確認していれば防げたミスでした。

確認が終わったら、内容を備忘録メールとして関係者に送ります。ここまでやって、会議は初めて「やりっぱなし」でなくなります。

「間違っていたらどうしよう」と思うかもしれません。父の答えはこうです。

「確認したことが間違っていても構わないんだよ。間違っていれば誰かが訂正してくれるだろ?それが大事だ。」

訂正されたなら、認識のズレがその場で直ったということ。確認は間違えても機能する。ここが面白いところです。

ちなみに、新しいことを始めれば「そんなこと後でやれ」という抵抗が必ず出ます。著者いわく、これは自然の摂理。笑顔で「すぐ終わりますから」と受け流して続ければ、効果を実感した瞬間に誰も文句を言わなくなります。

「目的」を聞くな、「終了条件」を聞け

2つ目の技術は、会議の始め方です。

「この会議の目的は?」と聞くと、「議論すること」「情報共有」といった答えが返ってきます。これでは何も具体化されていません。やること(手段)を言っているだけで、どこに着地したいのかが見えないからです。

そこで本書は、問いを変えます。

「どうなったら会議終了!と言えるんでしょうか?」

たとえば「対応方法と担当者が決まった状態」。ここまで具体的なら、参加者全員が同じゴールをイメージできます。脱線しかけても「終了条件に戻りましょう」と言える。終了条件に合致する状態を作ろうと全員が思えば、自然とベクトルがそろうわけです。

セットで使うのが、議題ごとの時間配分です。時間を区切ると窮屈になりそうですが、実際は逆でした。締め切りが細かく設定されることで「時間内に間に合わせよう」という意識が働き、生産性が上がります。

印象的だったのは、葵の中学時代のエピソードです。合唱部の部長だった葵は、技術は高くないのに感動的な歌を歌う学校へ突撃取材に行きます。秘密は、練習の前に歌詞に沿って絵を描き、全員の「目指す合唱」を一致させていたこと。終了条件の共有とは、要するにこれなんです。

書かずに議論するのは、目隠しで将棋を指すのと同じ

3つ目が、本書で「スクライブ」と呼ばれる書くファシリテーションです。

「何も書かずに議論するのは、目隠しして将棋するのと同じだ。」

人間が一度に記憶できるのは7つのキーワード程度と言われます。書かない会議では、参加者は過去の発言を覚えておくことに脳のパワーを奪われ、肝心の「考える」に頭が回りません。発言を書き出すだけで、全員が同じ盤面を見て議論できるようになります。

書き方のルールはシンプルです。発言を「意見」「論点(問)」「決定事項(結)」に分けて書く。これだけで、いま何を議論しているのかが見え、話のすれ違いが激減します。

意外なのは「要約するな」という指示でした。下手に要約すると時間がかかるうえ、「そんな意味で言ったんじゃない」と反発されます。だから発言はそのまま、記号や略字ではしょって書く。図や絵も不要で、ゴシック調の文字を黒と赤の2色で書くだけで十分議論は噛み合います。

いきなりホワイトボードの前に立つのが恥ずかしければ、手元のA3用紙に大きく書いて、隣の人に見せながら議論すればいい。このスモールステップの用意が、本書のやさしさです。

そしてもう一つ、深い指摘がありました。書き手の技量に関係なく「書きづらい議論」が存在する。書けないのは書き手のせいではなく、議論がぐちゃぐちゃだから。だから本質は、書きやすいように議論を整流化することにあります。議事録で苦労した経験のある人ほど、ここは刺さるはずです。

議論が噛み合わないのは、立っている「階層」が違うから

物語の山場で、葵の会社NNP社に事件が起きます。専門誌の顧客満足度調査で、毎年10位前後だった評価が一気に50位以下へ転落。常務が激怒し、コールセンターは解体の危機に追い込まれます。

この課題解決会議で登場するのが「課題解決の五階層」です。

課題解決の議論には、事象→問題→原因→施策→効果という5つの階層があります。会議が紛糾するのは、参加者がバラバラの階層に立って話しているから。原因が特定されていないのに施策を語り出す人がいると、議論は確実に混乱します。

噛み合っていないと感じたら、「まずは事象や原因を深掘りしませんか」と下の階層に引き戻す。葵はこのやり方で、満足度低下の要因を特定していきます。

第4章には、前に立って議論を整理するための技術も詰まっています。意見をまず十分に「発散」させ、出尽くしてから優先順位をつけて「収束」させる。本書がバージェンスモデルと呼ぶ、議論の基本プロセスです。

曖昧な語尾も放置しません。質問なのか、意見なのか、提案なのか。最後まで「言い切ってもらう」ことで、議論のすれ違いを未然に防ぎます。黙っている人にも話を振る。どんな状態であれ、黙っている人に話してもらわないと、会議に納得感は生まれないからです。

ファシリテーターの中立性についての見解も現実的でした。企業内で完全中立は非現実的。意見は言っていい。ただし「意見を言う自分」と「客観的に会議を促進する自分」を使い分ける。きれいごとで終わらせないバランス感覚があります。

会議の勝負は、始まる前についている

最後の技術がPrep(プレップ)、事前準備です。事前準備の質が会議の質を決める。それなのに、進め方を考えるような本質的な準備はほとんど実施されていない、と著者は指摘します。

準備といっても、資料作成や会議室の確保だけではありません。揃えるべきは「4つのP」です。

Purpose(目的・終了条件) この会議は、どうなったら終了と言えるのか。

Process(進め方) 終了条件から逆算して、どんな順番で議論するか。

People(参加者) 終了条件を満たすために、誰が必要か。

Property(装備) 会議室、ホワイトボード、プロジェクターなどの道具。

面白いのは参加者の選び方です。「念のため呼んでおこう」は禁物。不要な参加者は内職や無関心で、場にマイナスの影響を与えます。判断基準は「この人がいないと何が困るか?」。困らないなら呼ばない、です。

準備の効果は数字でも示されます。準備なしで10人×4時間の会議をすれば、消費する労働時間は合計40時間。1人が2時間準備して会議を2時間に短縮できれば、合計22時間で済みます。

ただし1人で30時間かけて準備するのは「お膳立て会議」で、結局40時間かかってしまう。準備は大事、でもかけすぎも失敗。この塩梅まで書いてあるのが実践的です。

もう一つ、Prepで勧められるのが「参加者が抱く疑問・不満」の事前シミュレーションです。この議題を出したら、誰が何にひっかかるか。それを想像してから進め方を組むことで、独りよがりな会議設計を防げます。

明日からの3ステップ

本書のアクションは、時間軸つきで整理されています。

1. 明日: 確認する 参加する会議の終了5分前に「今日決まったことと、やるべきことを確認させてください」と発言する。内容を備忘録メールで関係者に送る。

2. 来週: 時間を仕切り、書く 会議の冒頭で「今日は〇〇が決まったら終了でいいですか」と終了条件と時間配分を確認する。A3用紙に「意見・問・結」を書き分けて、隣の人と共有する。

3. 来月以降: 会議を設計する 自分が主催する会議で、4つのPを埋めたPrepシートを作る。特に「参加者が抱く疑問・不満」を先回りで想像する。

全部を一度にやる必要はありません。葵も「確認」から始めて、最後は入社2年目では前代未聞の抜擢で、全社プロジェクトを任されるまでになりました。

おわりに

読み終えて残ったのは、技術よりも、葵のこの言葉でした。

「一歩踏み出すのは一瞬勇気がいるかもしれない。でも、踏み出さないってことは、一生我慢するってことだと思うの」

会議への不満は、誰でも言えます。でも3万時間を取り戻す行動は、「確認していいですか」のひと言から始まります。司会でも管理職でもない、いち参加者のままで始められます。

会議は誰か一人が仕切るものではなく、全員が隠れファシリテーター精神を持つことが重要だ、と著者は言います。まずは明日の会議の終了5分前。あなたが最初の一人になってみませんか。


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『1分で話せ』伊藤羊一 会議で発言する側の技術を鍛えるならこちら。本書の「言い切ってもらう」文化を自分の発言から実践したい人に向いていて、結論から話す型は終了条件の設計とも相性抜群です。

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