なんとなくだるい。これといった理由もないのにイライラする。やる気が湧かない。
そういう不調を、私たちはつい「自分の性格」や「気合い不足」のせいにしてしまう。けれど漢方薬剤師の堀江昭佳さんは、そこに別の犯人を名指しする。原因は血流だ、と。しかも世間で語られる「血液ドロドロ」ではなく、そもそも血が足りていないことが問題なのだ、というのが本書の出発点になる。
『血流がすべて解決する』は、長年にわたり累計数万件の相談を受けてきた著者が、女性の心と体の悩みを「血流」という一点に絞り込んで読み解く一冊だ。読み終えると、健康法の本というより、不調との付き合い方そのものを書き換える本だったと気づく。

「サラサラ」より「血の量」という発想の転換
本書の核心は、たった一行に集約できる。多くの女性の不調は、血の質ではなく量の問題だ、と。
著者は現場で見てきた女性の9割以上が、血が足りない「血虚(けっきょ)」の状態にあると言う。ここで言う血は、いわゆる血液だけを指さない。漢方では栄養やホルモンまで含んだ概念として血をとらえる。
だから血が不足すると、肌や髪といった体だけでなく、感情や意欲まで揺らいでしまう。心の問題に見えていたものが、実は補給の問題だった——この視点の転換が本書の最大の見どころだ。
血の守備範囲を整理すると話が早い。血液は全身を巡って酸素・栄養・ホルモンを運び、老廃物を回収し、熱で体温を保ち、水分を維持し、免疫で体を守る。
役割が広いぶん、足りるか足りないかが全身に響く。著者は血液細胞が全身約60兆個の細胞のうち3分の1を占めると説明し、血の問題があちこちに顔を出すのは量からして当然だと畳みかける。
だから目指すべきは「血液サラサラ」ではなく「血流たっぷり」だと著者は言い換える。サラサラは血の粘りを取って流れをよくする発想で、生活習慣病を抱える人向け。
たっぷりは血の量そのものを満たす発想で、冷えや生理不順に悩む人向け。同じ「血流改善」という言葉でも、向かう方角がまるで逆だという指摘は鋭い。
健康情報をそのまま真に受けて水ばかり飲んでめまいが増えた、という人にこそ刺さるだろう。
本書の説得力を支えるのは、東洋医学と西洋医学を行き来する姿勢だ。「なぜやる気が出ないのか」に漢方の体質論で答えるだけでなく、幸せホルモンであるセロトニンの生成には鉄分が要る、という生理学の話を重ねてくる。
脳は体重の2%ほどなのに全身の血流の15%が集中し、止まれば数分で壊死が始まる——そんな数字を添えられると、血が届かないことの重大さが腑に落ちる。
不調はドミノ倒しで進む、だから順番がある
血流が悪くなる過程を、著者は3段階のドミノで描く。まず胃腸が弱って血を作れなくなる(気虚)。作れないから血が足りなくなる(血虚)。足りないから流れず、ストレスも加わって滞る(気滞・瘀血)。この順で崩れていく。
面白いのは、3つの体質で心の出方まで変わると説く点だ。血を作れない気虚は無気力に、足りない血虚は不安に、滞る気滞・瘀血はイライラに傾きやすい。
著者は女性の犯罪の6割超が血の滞りやすい生理前に起きているというデータまで持ち出し、感情と血流の結びつきを示す。感情を意志でねじ伏せようとして失敗してきた人には、ここで肩の力が抜けるはずだ。
崩れに順番があるなら、立て直しにも順番がある。それが本書の最重要ルール「つくる・増やす・流す」だ。血が足りない人がいきなり流す系の健康法に飛びつくと、少ない血を無理に巡らせてめまいや不調を招く。
土台のない家を建てるようなものだ、と。ありがちな健康法の失敗を、この一文がきれいに説明してくれる。
ステップ1 つくる——胃腸を休ませ、空腹をつくる
血を作る第一歩は、栄養を足すことではなく胃腸を元気にすることだ。鍵は空腹にある。
胃は食後およそ90分で空になり、そこから強く収縮して自らを大掃除する。著者によれば、おなかが鳴るのは「食べたい」ではなく「掃除中だから入れないで」の合図なのだという。
間食や遅い夕食で常に何かが入っていると、この掃除ができず胃腸が疲れる。そこで勧められるのが夕食を腹八分目にすること、可能なら一週間の夕食断食で胃腸を一気に立て直すことだ。
食べるものにも踏み込む。血を増やすなら肉食。鉄分にはヘム鉄と非ヘム鉄があり、肉のヘム鉄は吸収率が高く、野菜の非ヘム鉄とは数倍の差がつく。しかもほうれん草の鉄分量は数十年で大きく落ち込んでおり、野菜で鉄を補う前提自体が崩れているという。
主食はパンよりお米。お米は胃腸に負担をかけずエネルギー(気)の源になるからだ。健康のために野菜中心、という常識をいったん疑わせてくる構成がうまい。
ステップ2 増やす——23時までに眠る
胃腸が整って血を作れる体になったら、次は増やす段。ここで主役になるのが睡眠だ。
そもそも女性は血を失い続ける体だと著者は言う。生理で失う血は積み重なれば膨大な量になり、増やす力をどう確保するかが死活問題になる。本書のメッセージは拍子抜けするほど明快だ——23時までに眠る。
漢方では深夜0時前後に体の陰陽が入れ替わり、その後の時間帯に血が作られると考える。だから睡眠は「長さ」より「時間帯」が効く、というのが核心の主張になる。
夜の眠りは朝に仕込まれる。朝7時までに朝日を浴びれば体内時計がリセットされ、夜に睡眠ホルモンのメラトニンが出る準備が整う。遮光カーテンで朝の光まで遮ると、かえって不眠を招きやすいという指摘は盲点だった。
眠れない夜への態度にも人間味がある。無理に眠ろうと自分を責めなくていい、横になって目を閉じているだけでも副交感神経が働いて血流は良くなる、と。
40度の湯に10〜20分つかり、その後に体温が下がる流れで自然な眠気を引き出す入浴法も実践的だ。
ステップ3 流す——女性のカギは静脈にある
作り、増やしたら、最後に流す。ここで著者は男女差に目を向ける。心筋梗塞など動脈の病を警戒すべき男性に対し、女性で要となるのは静脈だ。
重力で足に下りた血を心臓へ戻す力が女性は弱く、体重次第では血液のかなりの量が常時足にたまっていることがある。むくみや冷えの正体はここだ。足が冷えると、冷えた血が全身を巡って体を冷やす「冷却システム」になってしまう。
だから足を温め、たまった静脈血を心臓に戻すことが冷え対策の本筋になる、という論理は一本筋が通っている。
戻すための主役は第2の心臓ふくらはぎ。具体策は「かかと上げ下げ運動」だ。爪先立ちでゆっくりかかとを上下させ、ふくらはぎをポンプとして使う。歯磨きやデスクワークのついでにできる手軽さがいい。
呼吸も効く。腹式と胸式を同時に行う「完全呼吸」で、吸う対吐くを1対2にして深く吐く。横隔膜が動いて静脈血を押し上げ、同時に副交感神経が優位になって心まで落ち着く。
むくみの本当の原因はリンパよりも静脈だ、という指摘も常識を裏返してくる。
血流が整うと、心まで自由になる
本書がただの健康法で終わらないのは、ここからだ。著者は、やる気のなさや不安やイライラを「性格」ではなく血流が生む「体のノイズ」だと言い切る。
血が不足すれば脳に酸素も栄養も届かず、セロトニンも作れない。負の感情が体の側から作られてしまう。だとすれば、血流を整えることは心をノイズから解放することと同義になる。
事例も具体的だ。うつで休職中の相談者に、著者はダイエットより生理不順の改善を優先させ、血を増やすよう助言した。やがて生理が整い、笑顔が戻り、職場復帰まで果たしたという。
手術でも治まらなかった重い生理痛が、温めと血流改善で楽になった例もある。著者は「生理痛はないのが正常」とまで踏み込む。痛みは子宮が冷えて血流が滞っているという警告だ、と。
最後にたどり着くのが「心の力×体の力=実現力」という式だ。強い気持ちだけでは足りず、それを支える血流という土台があって初めて人は動き続けられる。
うまくいかなかったのは能力のせいではなく、血流のせいで本来の力を出せなかっただけ——この一文は、自分を責めてきた読者への赦しのように響く。
なお、血が根本から入れ替わるには約4か月かかると著者は念を押す。赤血球の寿命がそれだけあるからだ。すぐ結果が出なくても焦らないこと、それが続けるための前提になる。まずは今夜、寝る前にかかとを30回上げ下げするところから。土台は、いつもそこにある。
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