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『なぜ部下とうまくいかないのか 「自他変革」の発達心理学』加藤洋平|部下が変わらないのは、上司の「器」が原因かもしれない

リーダーシップ・組織 ✍ 加藤洋平
約9分で読めます

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『なぜ部下とうまくいかないのか 「自他変革」の発達心理学』
目次

「何度言っても指示待ちのまま」「自分のやり方を曲げず、まわりとぶつかる」。

部下に手を焼いた経験のある人なら、こうした悩みのひとつや二つはすぐ思い浮かぶはずだ。そしてたいていの場合、原因は相手に押しつけられる。やる気がない、頭が固い、要領が悪い、と。

加藤洋平さんの『なぜ部下とうまくいかないのか 「自他変革」の発達心理学』は、その診断にいったん待ったをかける。問題は性格でも能力でもなく、その人が世界を見ている「レンズ」の段階が、こちらの想定とズレているからではないか、と。

土台になっているのは、ハーバードのロバート・キーガンらが体系化した成人発達理論だ。人は子どもの頃に成長を終えるのではなく、成人後も死ぬまで意識の構造を変え続けられる。

この前提に立って、上司と部下が一緒に変わっていく道筋を描く。本書は理屈の解説書ではなく、悩めるミドルマネージャーの山口課長が、バーで出会った専門家からコーチングを受ける物語形式で進む。

理論を聞き、翌日に実際の部下で試し、次のセッションで結果を持ち寄る。読者も主人公の肩越しに、理論の効き目を一歩ずつ確かめていける作りになっている。

図解

「自他変革」というタイトルに核心が詰まっている

本書の主張は、タイトルの「自他変革」という言葉にほぼ集約されている。

部下を外から無理に変えようとするのではない。上司がまず部下の発達段階を理解し、その段階に合った関わり方をする。その作業を通じて、先に器が広がるのは上司自身のほうだ。自分が変わるから相手が変わり、結果として組織が変わる。順番が逆なのが、この本の面白いところだ。

著者がはっきり言い切るのは、他者の成長を支える側の発達段階こそが、支援の質を決めるということ。部下を伸ばしたいなら、まず上司が伸びていなければ話にならない。耳が痛いが、これが本書を貫く一本の背骨である。

成長には「アプリ追加」と「OS更新」の2種類がある

ここで著者は、成長を二つに切り分ける。

ひとつは水平的成長。知識やスキルを足し算で増やすことで、パソコンに新しいアプリをインストールする感覚に近い。資格を取る、本を読む、研修に出る。世間でいう生涯学習の大半はこちらだ。

もうひとつが垂直的成長。そのアプリを動かしている土台、つまり知性や意識の構造そのものが質的に変わることを指す。著者はこれをOSのアップデートにたとえる。器が大きくなり、レンズの解像度が上がる、と言ってもいい。

肝心なのは、OSが古いままだとアプリをいくら足しても活かしきれない、という指摘だ。MBAで最新のフレームワークを仕入れても、自分の考えに固執して人の意見を受けつけないなら、本当の意味では成長していない。

私たちが「優秀なのに扱いにくい人」と感じる相手は、たいていアプリは豊富でOSが古い。本書が照らすのは、後者のOSの話である。

成長の正体は「主体から客体へ」のズラし

では垂直的成長で具体的に何が起きるのか。キーガンの理論はこれを主体から客体への移行と表現する。

主体とは、無意識のうちに自分と一体化していて、そこに浸かっていることにすら気づけない前提や価値観のこと。客体とは、一歩引いて対象として眺められるもののことだ。これまで自分そのものだったものを、外から観察できるようになる。これが意識の成長の中身だという。

たとえば怒りに飲み込まれている状態が主体。「今、自分は怒っているな」と眺められる状態が客体だ。一体化していたものをひとつ切り離すたびに、見える範囲が一段広がる。

著者はこの過程を「含んで超える」原則で説明する。前の段階を全否定して捨てるのではなく、その良さを抱えたまま限界だけを乗り越えていく。だから低い段階が無価値ということにはならない。それは次の段階の土台として、ちゃんと活きる。

ここで著者が繰り返し釘を刺すのが、段階は高いほど偉いわけではない、ということだ。どの段階にも固有の強みと限界がある。意識の発達を著者は「曖昧さへの耐久性の増加」と言い換える。白黒つかない状況に、慌てずに耐えていられる器が広がること。それが成長の手応えなのだ。

成人の意識は4つの段階を進んでいく

本書の中心は、成人以降の意識を主に4つの段階で捉える地図にある。それぞれが、職場でよく見る「あの部下」と気味が悪いほど重なる。本書が示す人口比も添えておく。

段階2 道具主義的段階は、極端に自分中心のレンズで世界を見る。他者を自分の目的を果たすための道具のように扱いがちで、相手の靴を履く、つまり他人の立場に立つことがまだできない。チームワークが苦手で、自己中心的な行動が目立つ。成人のおよそ1割がここにいるとされる。

段階3 他者依存段階は、周囲の期待に応え、既存の枠に従うことを最優先する。上司には従順だが、自分の意見を持たず指示待ちになりやすい。判断の基準を、自分の外、つまり組織や世間に預けている状態だ。驚くことに、成人の約7割が段階3から4のあいだに集中する。日本の大企業の多くは社員をこの段階にとどめる圧力が強い、と著者は見る。従順さが評価される組織では、ここが居心地のいい踊り場になりやすい。

段階4 自己主導段階は、自分独自の価値体系と判断基準を持ち、自律的に動ける。企業社会でもっとも頼りにされる段階で、情報を鵜呑みにせず、自分の頭で意味を組み立て直せる。イノベーションにはこの段階以上が要る、というのが著者の見立てだ。ただし成人の2割未満しかいない。限界もあって、自分の価値観を絶対視するあまり、異論を軽んじたり、批判を人格否定と受け取って強く反発したりする。

段階5 自己変容・相互発達段階は、自分の価値観すら客観視し、更新し続けられる段階だ。自分を形づくる価値体系や経歴も一種の構築物にすぎないと認識し、どんな立場にも強く同一化しない。対立する考えを統合する複眼を持ち、他者との関わりを互いの成長機会と捉える。ここに届く成人は1パーセント未満。本書が描く「変革型リーダー」の姿である。

注意したいのは、段階は固定された等級ではないことだ。誰にも「意識の重心」がある一方で、状況や役割、体調や感情によって段階が上下する「発達範囲」を持つ。家庭では段階2のように甘え、職場では段階3のように振る舞う。それはごく普通に起きる。だから人にラベルを貼って終わり、ではない。

段階ごとに「問いかけ」を変える

ここからが実践だ。相手を直接ねじ伏せて変えるのではなく、その段階にちょうど合った「問い」を投げ、本人の力で枠を押し広げてもらう。これが本書のコーチングの骨格である。

段階2の部下には、他者の視点を取らせる問いを使う。他人の靴を履けないのが弱点だから、「先輩は、どういう意図で君にこの仕事を頼んだと思う?」と尋ねる。自分中心の視点から一歩離れ、二人称の視点を手に入れる足がかりになる。

段階3の部下には、内なる声を発見させる問いを向ける。外の基準に従うのが習性だから、「お客さんは何を望んでいると思う?」「あなた自身はどう進めるのがベストだと思う?」と問う。組織の正解ではなく、自分の中に芽生えかけている声に気づかせるためだ。

段階4の部下には、自分の意見を客観視させる問いを差し出す。価値観に固執しがちだから、「その素晴らしい提案に、あえて弱点があるとしたらどこだろう?」と尋ねる。自分の意見と自分自身を切り離す、脱同一化のための一手だ。

共通するのは、答えを教えないこと。問いで止めて、相手に言葉を探させる。その繰り返しの中で、部下は自分の曖昧な思考を輪郭のある言葉に変え、自前の判断基準を編んでいく。

急かすと止まる「ピアジェ効果」という警告

ただし、ここに強い警告が差し込まれる。ピアジェ効果だ。

アメリカで早期英才教育を受けた子どもを長期追跡した研究では、無理に成長を急がされた子の多くが、20歳前後でぴたりと伸びを止めたという。植物に化学肥料を与えすぎて根を傷めるのと同じで、準備の整っていない段階で発達を強いると、かえって後で頭打ちになる。

人の意識の段階は一夜では動かない。ひとつ進むのに5年から10年、ときにそれ以上かかるとも言われる。だから高い目標を焦って押しつけるのは逆効果だ。

相手の現在地を見極め、いまの段階にふさわしい課題と支援を渡し、本人が変わるのを待つ。即効性を求める現代の管理職にとって、これはかなりこたえる教えだろう。

上司の器が、部下の成長の天井になる

本書でいちばん耳が痛いのが、この一点だ。

成人発達理論の大家オットー・ラスキー博士が、エグゼクティブへの1年間のコーチング効果を調べた。結果は身も蓋もない。コーチの意識段階が相手より低い場合、垂直的成長には一切寄与できなかった。相手を引き上げられたのは、より高い段階にいるコーチだけだった。

知識やスキルなら、段階が下の人にも手順として教えられる。だが認識の枠組みそのものを組み替える垂直的成長は、支援する側がより高い場所に立っていなければ引き上げようがない。

「うちの部下は育たない」とこぼす前に、上司自身が成長を続けているかが先に問われる。リーダーの器が、そのまま部下の成長の天井になる。マネジメントの責任を、これほど静かに突きつける一文もない。

段階5への扉は「自己の脱構築」にある

最後の段階5へ進む鍵を、著者は自己の脱構築サイクルと呼ぶ。

一度つくり上げた自分独自の価値観を、あえて自分で壊し、また組み直す。死と再生に似たこのサイクルを回し続けることだ。そのために要るのは、たったひとつ。「異質なものに触れる」ことだという。

著者がここで引くのが、イチローと羽生善治の例だ。イチローは好成績の年でも毎年バッティングフォームを変え、完成した自分を自ら崩して作り直した。羽生は定跡を疑い、新しい指し手を試し続けて自分を更新した。彼らの凄味の正体は、才能の量ではなく、自己を壊し続ける姿勢のほうにある。

段階5のリーダーにとって、他者は自分の成長に欠かせない存在になる。他者の成長を支えることは、他者に自分の成長を支えてもらうことと等しい。指導する側とされる側という上下関係が溶け、相互発達へと変わる。ピーター・センゲの「学習する組織」とも響き合う地平だ。

明日から試せる3つの実践

抽象的な理論を、行動に落とすとこうなる。

ひとつ、部下の言葉を観察してレンズを推測する。その発言が、自分の欲求(段階2)、周囲の目や権威(段階3)、独自の価値観(段階4)のどこに軸足を置いているかを見る。趣味や雑談など、仕事以外の話のほうが本音のレンズが透けて見えることも多い。

ふたつ、段階に合わせた問いを1日1回投げる。段階2には「先輩はどういう意図でこの仕事を頼んだと思う?」、段階3には「あなた自身はどう進めるのが効率的だと思う?」、段階4には「自分の主張の弱みはどこだろう?」。答えを言わず、問いで会話を止める。

みっつ、1日の終わりに自分の思い込みを書き出す。今日どんな価値観に縛られていたか、感情的になった瞬間にどう反応したか。これをノートに言語化する。部下を客体化する前に、まず自分を客体化する練習だ。本書のコーチングが「自他変革」である以上、最初の対象は他人ではなく自分になる。

成長は手放しに楽しいものではない

この本を一言でまとめるなら、他者を変える技術書ではなく、自分の器を広げることで結果的に相手と組織を動かす羅針盤、ということになる。

最後に、著者は安易な成長礼賛にも釘を刺す。発達段階が高くなるほど、突きつけられる課題は過酷になる。だから「発達は無条件に良いことだ」と短絡してはいけない、と。価値観を壊す垂直的成長には、必ず痛みが伴う。

だからこそ、部下が新しい責任の前で立ちすくんでいるとき、必要なのは安っぽい激励ではなく、その痛みに寄り添える上司の存在だ。明日、部下に何か言いたくなったら、口を開く前に一拍おいてこう自問してみてほしい。

この人は今、どのレンズで世界を見ているのだろう、と。その問いを持てた時点で、上司の器はもう少しだけ広がっている。


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『「いい質問」が人を動かす』谷原誠 段階別の「問いかけ」を実際の会話でどう設計するかを補強してくれます。「なぜできないの?」が部下を壊すという指摘は、本書のコーチング観と地続きです。

『最高のコーチは、教えない。』吉井理人 答えを教えず、考えさせて主体性を引き出すという本書の核心を、プロ野球の現場から語った本。指示待ちの段階3を超えさせたい人に響きます。


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