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『NETFLIXの最強人事戦略』パティ・マッコード|会社は家族ではなく、スポーツチームだ

リーダーシップ・組織 ✍ パティ・マッコード
約8分で読めます

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『NETFLIXの最強人事戦略』
目次

有給休暇の制度を、まるごと廃止した会社があります。

経費規定も、旅費規定も、上司の承認プロセスも捨てた。社員に伝えたのはひとことだけでした。「妥当だと思うだけ休んで、会社のお金は適切に判断して使ってください」。

普通なら、これで現場は混乱します。休みは取り放題、経費は使い放題になりそうなものです。ところが起きたのは逆のことでした。社員はかえって慎重に振る舞い、チームは身軽になり、会社は世界を席巻する企業へと駆け上がっていった。

これは、Netflixの元最高人事責任者パティ・マッコードさんが書いた『NETFLIXの最強人事戦略』が語る実話です。著者は同社の草創期から14年間、人事のトップを務めた人物。

閲覧数1500万回超という伝説の社内資料「カルチャーデック」の作り手でもあります。本書が突きつけてくるのは、私たちが当たり前だと信じている人事制度のほとんどが、もう機能していないという冷徹な事実です。

図解

制度ではなく「大人」を前提にする

著者の主張は、たった一文に圧縮できます。「ビジネスリーダーの役割は、すばらしい仕事を期限内にやり遂げる、優れたチームをつくることである。それだけ」。

20世紀型の人事制度は、従業員を信頼せず、管理し、縛るために設計されていました。承認プロセスも経費規定も、根っこにあるのは「放っておくと社員はサボる、ごまかす」という不信です。

著者はこの前提そのものを否定します。代わりに置くのが、従業員を一人前の大人として扱い、徹底的な自由を与えると同時に、厳しい責任と規律を求めるという発想です。

ここで著者が嫌うのが「エンパワメント(権限委譲)」という言葉です。会社が従業員に力を「与える」という言い回し自体が傲慢だ、というのです。

「従業員が力をもっていることを忘れてはいけない。あなたの仕事は、彼らに力を与えることではない。彼らの力を認め、時代遅れの方針、手続き、制度を廃止して、力を解放することだ。」

注意したいのは、これがやりたい放題の容認ではないことです。ルールを捨てる代わりに、著者はもっと難しいものを求めます。会社の利益にかなう判断を、自分の頭でくだす責任です。これが本書を貫く「自由と責任の規律(Freedom and Responsibility)」の正体です。

規定で縛れば判断は要らない。だが規定を捨てれば、社員一人ひとりが経営者のように考えるしかなくなる。自由は楽ではなく、むしろ重いのです。

人を動かすのは福利厚生ではない

では、自由を与えた社員は何で動くのか。著者はまず、巷の常識をはっきり捨てます。無料の食事やビリヤード台のような福利厚生が人を動かす、という発想です。「仕事の満足度は、グルメサラダや寝袋やテーブルサッカーの台とは何の関係もない」。

著者によれば、人を本気にさせるのは別のものです。優秀な同僚たちと肩を並べ、会社が直面する手ごわい課題に立ち向かい、解決に貢献する。その手応えこそが最大の報酬だというのです。「人は仕事に娯楽を求めない、学びたいのだ」という一文が、本書の人間観をよく表しています。

ここで効いてくるのが「人材密度」という考え方です。組織に占めるハイパフォーマーの割合を指します。象徴的なのが2001年の出来事でした。ドットコムバブル崩壊で、Netflixは全従業員の約3分の1を解雇します。

常識で考えれば、残された側の士気は地に落ちるはずです。ところが現実は逆で、生き残った社員は以前より幸福に働くようになった。最高の結果を出せる人だけが残り、優秀な仲間と切磋琢磨できる環境が生まれたからだといいます。

人を増やすことが正解とは限らない。とびきり優秀な小さなチームのほうが、仕事熱心なだけの大きなチームよりよい仕事をする。この指摘は、増員でしか問題を解こうとしない組織への、静かな反論になっています。

事業の真実を、全員に開示する

自由に判断させ、優秀な仲間で固める。それでも社員が正しく動けるのは、判断の材料が手元にあるときだけです。だから著者は情報共有を徹底します。事業の仕組み、課題、競争環境を全従業員にオープンにする。損益計算書まで現場に開示するこの手法を「オープンブック・マネジメント」と呼びます。

前提が面白い。「部下が何もわかっていないように思えたら、それはたぶん、知るべき情報を知らされていないからだ」というのです。無能に見える部下は、実は情報を渡されていないだけかもしれない。耳の痛い指摘です。

Netflixには「新入社員大学」というイベントがありました。各部門のトップが新入社員に自部門の課題や動向を直接プレゼンし、質問に答える。「消火ホースから水を飲む」ほどの情報密度だったといいます。

この開示文化が、思わぬ革新を生んだ逸話があります。あるエンジニアが、映画を劇場、ホテル、DVDと段階的に配給する「ウィンドウイング」という業界慣習について、なぜそうするのかと素朴に質問しました。

誰もまともに答えられなかった。この問いがきっかけとなり、数年後、シリーズの全エピソードを一気に公開する手法が生まれます。当たり前を疑える組織は、情報がオープンだからこそ育つのです。

陰口を禁じ、面と向かって正直になる

本書のなかでも、明日から最も真似しやすいのが「徹底的な正直さ」です。ルールは一つ。問題があれば、陰で批判せず、当事者同士で直接、できれば面と向かって話す。部下が他人の文句を言ってきたら「本人とはもう話したの?」と問い返す。それだけで陰口の文化はかなり止まる、と著者は言います。

伝えるのをためらう管理職に、著者はこの言葉を渡します。

「敬意と誠意をもって正直な話をするのは残酷なことではない。」

優しさのつもりの沈黙は、相手から改善の機会を奪っているだけかもしれない。耳の痛いことを伝えるのは、むしろ誠実さの一形態だというわけです。

道具立ても具体的です。「スタート・ストップ・コンティニュー」というフレームワークでは、同僚に「始めてほしいこと」「やめてほしいこと」「続けてほしいこと」を一つずつ伝えます。曖昧な感想ではなく、行動レベルで指定するのがミソです。

ただし著者は、ここに重い条件を付けます。正直さの文化は、経営陣が率先して、公開の場で自分への批判を受け入れたときにだけ根づく、という条件です。

あるデータ担当の幹部は同僚から「コミュニケーションが下手だ」と率直に言われ、最初は反発しましたが、やがてその価値を認めました。上が批判を歓迎して初めて、下も口を開けるのです。

なお著者は匿名アンケートを否定します。「匿名のときに正直になるのが一番だ」という誤ったメッセージを送ってしまうから。データも示唆的です。率直なフィードバックを促す風通しのよい企業は、そうでない企業に比べ10年間の株主総利益率が2.7倍高かった。

一方で、業績を損なう問題について黙っていた経験のある従業員は70%に上るといいます。

データは答えではなく、出発点である

Netflixはデータ重視の会社として知られますが、著者はデータ万能主義に強く釘を刺します。「データそのものが答えであり究極の真実であるといわんばかりに、データを神か何かのようにあがめる傾向が見受けられる」。

データには意見がありません。あくまで問題解決の出発点であり、最後は定性的な判断と、根拠に基づく主観的な決断が欠かせない。だからNetflixは、事実に基づく「私心のない議論」を、階層を超えて白熱させることを奨励しました。判断基準はいつも「事業や顧客のためになるか」の一点です。

象徴的な場面があります。ある幹部が、CEOのリード・ヘイスティングスさんと製品仕様で対立しました。彼はA/Bテストを実施して自分の主張を証明する。結果、リードさんは全社ミーティングで自分の誤りを素直に認めました。事実の前では、CEOも一社員も対等なのです。

会社は家族ではない、スポーツチームだ

そして本書で最も挑発的な主張がここです。「会社は家族ではなく、スポーツチームだ」。

優れたスポーツチームは、常に最高の選手をスカウトし、勝つためにラインナップを組み替えます。会社も同じだ、と著者は言い切る。終身雇用も温情主義も否定する。しかも採用の基準は現在ではありません。「6か月先の未来」に必要なスキルを持つ人材を、今のうちに採るのです。

ここで使う思考ツールが秀逸です。6か月後に最高の業績を上げているチームの姿を、頭のなかで一本のドキュメンタリー映画のように思い描く。その理想像と現在のチームを比べ、スキルのギャップを洗い出す。未来から逆算して、今の採用を決めるわけです。

報酬の考え方も独特です。給与は人事考課の結果ではなく、その人材が将来もたらす市場価値に基づいて主観的に決める。トップパフォーマーには業界最高水準を払い、給与と評価を完全に切り離す。

ただし著者はここで正直です。これは資金力のあるテック企業だからできた面があり、中小企業には段階的な実験を勧めると断っています。

最も冷徹なのが解雇の章です。著者は多くの企業が使う業績改善計画(PIP)を破棄します。PIPは結局「能力がない」ことを証明し、解雇を正当化するための残酷な手続きに堕している、と見るからです。代わりに使うのは、たった一つの問いだけです。

「この従業員が情熱と才能をもっている仕事は、うちの会社が優れた人材を必要とする仕事なのか?」

この問いに合わなくなったら、どれほど過去に貢献した人でも、手厚い退職金とともに円満に送り出す。能力の否定ではなく、未来への適合の判断だというわけです。「人事の仕事の50%は従業員を解雇することだ」とまで言い切ります。

冷たく聞こえます。しかし著者は、解雇と採用は表裏一体だと付け加えます。いい人を安心して放出できる組織だけが、次の逸材を迎えるスペースをつくれる。だからこそ著者が目指したのは「そこで働いていたことが誇りになるような会社」でした。

明日から試せる3つのこと

本書の提案のうち、今日着手できるものを選びました。

一つ目は、自社のビジネスモデルを同僚に5分で説明してみること。自分の仕事が会社の損益にどう直結するのかを、自分の言葉で語れるか試します。語れないなら、知るべき情報がまだ共有されていないサインです。

二つ目は、次の1on1で陰口を一つやめ、本人に直接伝えること。「スタート・ストップ・コンティニュー」を使い、始めてほしいこと、やめてほしいこと、続けてほしいことを一つずつ渡します。敬意と誠意を前提に置けば、それは攻撃ではなく贈り物になります。

三つ目は、不要な承認手続きを一つ選び、廃止を提案すること。「このルールは本当に必要か。何の目的を達成しているのか」を問います。目的を果たしていないなら、試験的に外し、メンバーの判断に委ねてみる。小さな一歩から始めるのが著者の勧めです。

読み終えて、ひとつ考え込みました。私たちが「管理」と呼んでいるものの多くは、本当は相手を信頼していないことの言い換えなのかもしれない、と。著者が最後まで一貫しているのは、人をごまかさないという態度です。

厳しい事実も解雇の決断も、真実を告げて尊厳をもって扱う。それは冷たさではなく、大人への敬意でした。明日の1on1で、当たり障りのないフィードバックを一つだけ正直なものに変えてみる。

そこから「自由と責任の文化」は始まるのかもしれません。


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