なんとなく疲れている。集中が続かない。でも病院に行くと「異常なし」と言われる。
この宙ぶらりんな不調に、心当たりはありませんか。
本書はその正体を、気合や根性ではなく細胞のレベルに見つけにいきます。私たちの細胞には「バッテリー」があり、それが充電切れを起こしている――著者のモリー・マルーフ氏は、スタンフォード大学で教える医師でありバイオハッカー。
最先端の医学の言葉で語りながら、最後に意外な場所へ着地する一冊です。先に言ってしまえば、この本のゴールはサプリでもガジェットでもなく「愛」と「つながり」です。
突拍子もなく聞こえるかもしれませんが、その結論に至る道筋を順にたどると、不思議なほど腑に落ちます。
健康とは「逆境への適応能力」である
まず著者は、健康の定義そのものをひっくり返します。健康とは「病気でない状態」ではなく、ストレスや困難に直面したときにうまく適応して回復する力――つまりレジリエンスだ、と。
検査値が正常でも、ちょっとした負荷で崩れて戻れないなら、それは「健康」とは呼べない。この再定義が本書全体の土台になります。
そして不調の震源地として名指しするのが、細胞の中にあるミトコンドリアです。食べ物を電気エネルギー(ATP)に変える、いわば細胞のバッテリー。
このバッテリーが生み出せるエネルギーの総量を著者は「エネルギー容量」と呼び、慢性的な疲労や不安は、この容量が足りていないサインだと見立てます。
だから対策の方向はシンプルで、ミトコンドリアの「数」と「質」を上げてバッテリーを大きくすればいい。
自分の身体を大事にするとは、ミトコンドリアを大事にすることなのだ。 ――モリー・マルーフ『脳と身体を最適化せよ!』
ここで本書が差し出す希望が、私には効きました。寿命に占める遺伝の影響はわずか10〜20%。残りの80〜90%は、食事や運動といった自分で変えられる要因で決まる、というのです。
「生まれつきだから仕方ない」という諦めを、データで静かに解除してくれる。本書の語り口は終始この「あなたにも手綱がある」というトーンで貫かれていて、読むうちに体への向き合い方そのものが変わっていきます。
「測る」から始める――バイオハックという入口
では、どうやってバッテリーを育てるのか。その手法がバイオハックです。自分の身体を観察・測定し、科学の知見を当てはめて意図的に変化を起こす。著者はこれを特別なことではなく「人類が生き延びるためにずっとやってきたこと」と言い切ります。
身構える必要はありません。高価な機器も特別な才能も要らない。歩数、睡眠、食事の記録というローテクな方法で十分に始められます。本書は最適化を6ステップ(特定・明確化・数値化・検証・最適化・トラッキング)に整理していますが、要は「まず自分の数値を知る」ことが入口です。
私たちはたいてい「自動操縦」で生きている、という指摘がぐさりと刺さります。自分の体のことなのに、ほとんど計器を見ずに飛んでいるわけです。
動かない一日が、ジムの効果を帳消しにする
運動はミトコンドリアの数を増やす最も効率的な手段です。ところが本書は、多くの人が見落とす落とし穴を突きます。
ジムでの激しいトレーニングも、その後一日中座り続ければ、実質的に帳消しになる!
つまり、週に数回ジムへ行くこと以上に、日常でこまめに動く「NEAT(非運動性身体活動)」が効いてくる。数字を並べると差は歴然で、平均的な米国人の歩数が1日5000歩なのに対し、電化製品に頼らないアーミッシュの人々は1万6000歩も歩きます。
犬を飼う人は飼わない人より1日約2760歩多く動く、という愛らしいデータも出てきます。
姿勢も侮れません。頭がまっすぐなら首が支える重さは約5キロ。15度前傾で12キロ、60度では27キロにもなる。スマホをのぞき込むあの角度が、エネルギーを静かに削っているわけです。
さらに驚くのが心理の力で、ホテルの清掃員に「あなたの仕事は運動です」と伝えただけで、そのグループは実際に多くのエネルギーを燃焼し健康指標が改善した、というアリア・クラム氏の研究も紹介されます。
「これは運動だ」と思い込むこと自体が効くのです。ただし著者は過剰運動にも釘を刺します。回復を伴わない高強度運動は、心臓を守る効果すら失わせる。
負荷と回復はセット、という原則は本書を通して繰り返されます。
「代謝柔軟性」と、女性の身体という盲点
食事の章で軸になるのが代謝柔軟性――糖(グルコース)と脂肪(ケトン体)、2つの燃料を状況に応じてスムーズに切り替えられる体のことです。
これが効くと血糖値が安定し、エネルギーが途切れにくくなる。著者は持続グルコースモニター(CGM)で自分の血糖値スパイクを起こす食品を見つけることを勧め、食前に酢を薄めて飲む、食後に15分歩くといった手軽な対策も挙げます。
ここで本書らしいのは、「万人に効く食事法」をきっぱり否定する姿勢です。専門家が「身体に良い」と言っても、あなたの身体に良いとは限らない。普遍的なルールはただ一つ、超加工食品・精製糖・精製植物油を避け、栄養密度の高いホールフードを食べること。
それ以外は自分で測って確かめる。果物は健康でも果汁は食物繊維が抜けて果糖が肝臓に直行する、カロリーゼロの人工甘味料が腸内細菌を乱しうる、といった「人に話したくなる事実」も次々に出てきます。
そして本書がほかの健康本と決定的に違うのが、女性のバイオロジーに正面から踏み込む点です。女性には月経周期というホルモンの波がある。だから男性基準のケトジェニックや激しい断食が、女性にはかえって逆効果になることがある。
卵胞期はストレス耐性が高く新しい挑戦や激しい運動に向き、月経前はマグネシウムやオメガ3を補って軽めに休む――周期に合わせて行動を変えるという発想は、「がんばれば報われる」式の健康常識に静かに反旗を翻します。
男性向けの方法で体調を崩した経験のある人にとって、この章は救いになるはずです。
ストレスは敵ではない――足りないのは「回復」
ストレスを完全に避けようとしている人ほど、立ち止まってほしいのがこの章です。ストレスそのものは悪ではない。サウナ、水風呂、断食、高強度運動といった適度な負荷は、それに適応しようとする生命力を引き出し、結果的に体を強くする。
これがホルミシスです。問題はストレスが多すぎることではなく、ストレスからの回復の時間が足りないこと。著者はそう整理します。
一方で見えにくい慢性ストレスもあります。孤独感や騒音、自然の欠如によって脳が「安全ではない」と感じ続ける状態(著者はこれを全般性不安の理論として紹介します)。
普通の会話が55デシベル前後なのに、リーフブロワーは100デシベルを超える――現代の環境そのものが、知らぬ間に負荷をかけている。回復側の手段も具体的で、迷走神経を刺激してHRV(心拍変動)を高める冷水シャワー、うがい、歌う、4-7-8呼吸法、そして皿洗いの最中にも実践できるマインドフルネス。
負荷を恐れるより、回復の引き出しを増やせ、というメッセージです。
ハイテクから始まった本が、たどり着く場所
そして本書は、思いがけない場所に着地します。最先端のサプリやガジェットの話から始まった本が、最後にたどり着く「最強のバイオハック」――それは、つながりと愛でした。
社会的断絶は、喫煙や飲酒、肥満、座りっぱなしの生活以上に重大な疾病要因だ。 ――モリー・マルーフ『脳と身体を最適化せよ!』
孤独は感情の問題にとどまらず、ミトコンドリアの機能まで下げる物理的なリスク。逆に、人との触れ合いで分泌される「抱擁ホルモン」オキシトシンは、天然の抗酸化物質のように働く。
スマホを見続けるほど、この回路は痩せていく。著者は最終的に「自分を愛せるようになる」という一点に取り組めば人生のあらゆることが楽になる、とまで言い切ります。
ハイテクの話から始まった本が、最後は自己受容と人とのつながりへ帰っていく。この着地に、私は静かに納得しました。本のタイトルから想像する「ガジェットで体を最適化する本」とは、まるで違う読後感が待っています。
もちろん、留保もあります。高度な臨床検査やサプリ戦略には費用やアクセスのハードルがあり、誰もが同じように実践できるわけではありません。CGMや各種ウェアラブルを前提とした提案には、健康志向の強い米国の文脈も色濃く出ています。
それでも本書の中心にあるのは「動く・測る・早めに食べる・大切な人と顔を合わせる」という、お金をかけずに今日から始められることでした。検査で異常なしと言われ続けてきた人、男性向けの健康法で体を壊した女性、そして「ちゃんとしているのに、なぜか元気が出ない」と感じている人ほど、読み終えたあとに自分の一日の過ごし方を見直したくなるはずです。
スマホを置いて誰かと過ごす15分――それも立派なバイオハックだと、本書を読むと思えてきます。あなたなら、何から始めますか。
合わせて読みたい
『Go Wild 野生の体を取り戻せ!』ジョン・J・レイティ 「現代の生活が遺伝子と不整合を起こしている」という本書の前提を、運動と食と自然の視点からさらに深掘りできます。なぜ20万年前の体のまま現代を生きるのが負荷になるのかが腑に落ちます。
『HEAD STRONG』デイヴ・アスプリー 本書の推薦文を寄せた「バイオハックの父」アスプリー氏の代表作。ミトコンドリアと脳のパフォーマンスを食事から最適化する具体策が、本書と響き合います。
『世界最強のファスティング』ジェイソン・ファン 著者自身が断食を取り入れるきっかけになった医師の本。本書で触れた代謝柔軟性とファスティングの仕組みを、もっと深く理解したい人に。
