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『最高の脳で働く方法 Your Brain at Work』デイビッド・ロック氏|気合いではなく「脳の取扱説明書」で働く

健康・メンタル ✍ デイビッド・ロック氏
約6分で読めます

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『最高の脳で働く方法 Your Brain at Work』
目次

夕方になると、頭が回らなくなる。メールを片づけ、会議をこなし、いざ大事な企画を考えようとすると、もう何も浮かばない。

私もずっと、これは根性が足りないせいだと思っていました。だから「もっと頑張ろう」とコーヒーを足して机にかじりつく。でも、本書を読んで考えが変わりました。

問題は気合いではなく、脳の作り方を知らないことだったんです。

著者のデイビッド・ロック氏は、脳神経科学をマネジメントに応用してきたビジネスコンサルタント。本書は、エミリーとポールという架空のビジネスパーソンの一日を追いながら、脳の生物学的な限界を理解し、それに逆らわずに働く方法を解き明かしていきます。

脳には限界がある。だったら、その限界を尊重したほうが速い。これが全編を貫く立場です。

図解

意識的な思考は「ポケットの中の硬貨」

本書がいちばん伝えたいのは、理解する・判断する・思い出す・覚える・邪魔を抑えるといった意識的な思考が、ごく限られたリソースだということです。それを担うのは額のすぐ後ろにある前頭前皮質。脳全体のわずか4パーセントしかない上に、エネルギーを激しく消費し、使うほど枯渇していきます。

著者はこの容量の小ささを、鮮烈なたとえで突きつけます。一つの脳の処理能力をアメリカ経済全体の規模だとすれば、「今これを考えるために保持できる容量」は、ポケットに入った硬貨ほどしかない、と。

脳全体はとてつもなく高性能なのに、意識の容量だけは信じられないほど小さい。読んだ瞬間、自分の働き方の前提が崩れる感覚がありました。

だから本書の戦略は終始ブレません。この小さくて高価な容量を、いかに節約し、本当に重要なことだけに投資するか。それが「脳を最大限に使う」ということなのだと。

優れた意思決定を行う能力は限られたリソースである。

著者は前頭前皮質を「小さな舞台」にもたとえます。舞台に上げられる役者が、いま注意を向けている情報。客席の観客が、長期記憶に眠る過去の知識。舞台は驚くほど狭く、照明(エネルギー)もすぐ切れる。

かつて人は一度に7つ覚えられると言われましたが、コワン教授の研究では正確に記憶できるのは4つ程度、新しい情報を一つの塊として覚えられる数にいたっては、たった1つだといいます。

私たちの脳は、思っている以上にすぐ満杯になるのです。

限界を尊重する働き方の設計

容量が小さいと分かれば、打つ手は決まってきます。本書が示す原則はおおむねこうです。優先順位付けのような最も重い作業は、脳がフレッシュな朝一番に置く。

逆にメール処理のような消耗作業を朝にやってはいけない。情報は紙やホワイトボードに書き出して「頭の外」に追い出す。複雑な問題はコアな要素まで単純化する――この単純化の力こそ、成功しているエグゼクティブが必ず身につけているものだと著者は言います。

なかでも私が態度を改めたのは、マルチタスクの否定でした。脳が一度に集中できる意識的な作業は原則1つだけ。同時にこなしているつもりでも、実際は高速で切り替えているだけで、その切り替えがエネルギーを食う。

2つの知的作業を並行すると性能は半減し、メールやメッセージを常時やり取りしている人のIQは平均10ポイント下がる――大麻吸引のおよそ3倍に当たる低下だといいます。

数字を見てしまうと、「ながら作業」を続ける気が失せます。

ずばり、考える作業をしている間は、すべての情報通信機器の電源を切ること。

身も蓋もない指示ですが、ここまで読むと妙に納得してしまう。とはいえ、現実の職場で通知を完全に断つのは容易ではありません。だからこそ、せめて深く考える30分だけはスマホを別室に置く、というふうに「枠」を区切るのが現実的な落としどころだと感じました。

プレッシャーに飲まれない「演出家」

脳には、論理を司る前頭前皮質とは別に、感情を司る大脳辺縁系があります。これは外界の情報を瞬時に「接近(報酬)」か「回避(脅威)」かに振り分け、脅威を感じると前頭前皮質からエネルギーを奪い去る。

つまり強い不安や怒りを感じた瞬間、人はうまく考えられなくなる。会議で厳しい質問にフリーズし、後から悔やむ、あの現象の正体です。

ここで鍵になるのが「演出家」という比喩。舞台の外から自分の思考や感情を客観視する力、つまりメタ認知やマインドフルネスです。「今、自分は脅威を感じている」と一歩引ければ、衝動に振り回される前に選択肢を持てる。

具体策は2つ。ひとつは「ラベリング」、湧いた感情に短い言葉で名前をつけること。「私は今、不安を感じている」と。意外ですが、感情を少ない言葉で言い表すだけで大脳辺縁系の興奮が和らぎます。

逆に押し殺すのは記憶力を下げ、周囲も不快にさせる逆効果。もうひとつは「再評価」、出来事ではなくその解釈を変える方法です。厳しいフィードバックを「攻撃」ではなく「成長への期待」と捉え直す。

解釈が変われば情動も変わる。ちなみに覚醒と成果の関係は逆U字を描き、ストレスが低すぎても高すぎてもダメで、中程度の「スイートスポット」で人は最高の力を出します。

SCARFモデル――なぜフィードバックは効かないのか

後半は、自分の脳から「他者の脳」へと話が移ります。土台にあるのは、脳が人とのつながりを生存に関わる一次的欲求として扱うという事実。仲間外れの社会的な痛みが、身体的な痛みと同じ脳の部位を活性化させる、という研究まで紹介されます。

これを体系化したのが、本書最大の貢献である「SCARFモデル」。脳が対人関係で報酬にも脅威にもなる5領域の頭文字です。Status(地位)は重要性の感覚で、人前のダメ出しは命の危険のように地位を脅かす。

Certainty(確実性)は未来の予測可能性で、不透明な方針は脅威になる。Autonomy(自律性)はコントロール感――同じ量のコカインでも自分の意思と無関係に投与されたラットのほうが早く死んだ、という実験が、マイクロマネジメントの罪深さを突きつけます。

Relatedness(つながり)では、脳はデフォルトで知らない相手を「敵」に分類する。Fairness(公平性)では、不公平な人が罰せられるのを見ると報酬中枢が活性化するほど、脳は公平に敏感です。

ここから悩ましい現実が見えてきます。良かれと思ったダメ出しは、相手の地位と自律性を同時に脅かす。だから脳は防衛モードに入り、まっとうなアドバイスほど拒絶される。

人事考課が年間6日分のパフォーマンスを下げる、という数字もこの文脈で語られます。「ちゃんと指摘しているのに部下が変わらない」のは、言い方ではなく脳の構造の問題だったわけです。

人を変えるのは「指摘」ではなく「インサイト」

では、どうすれば人は変わるのか。著者の答えは、解決策を教えるのではなく、相手自身が「ひらめき(インサイト)」を得るよう導くこと。そもそもインサイトは脳がリラックスしたときに生まれます。

行き詰まって考え続けるのは逆効果で、散歩やシャワーで一度離れ、脳をアイドリングさせるほうが、かすかな高次のつながりに気づきやすい。

これを他者に対して設計する枠組みが「ARIAモデル」です。Awareness(問題を単純化する)、Reflection(高次のつながりを探る)、Insight(ひらめき)、Action(行動)の4ステップ。

実務に落とすと、原因を掘り下げる「問題志向」をやめ、望む結果に注目する「解決志向」に切り替える。「何が問題だったのか」ではなく「解決のために今までいくつ方法を試した?」「ベストな道筋は?」と問いを投げ、相手の地位と自律性を守りながら、本人の中でひらめきが起きるのを待つ。

原因追及は感情の堂々巡りを生むが、解決志向は脳の報酬系を刺激するのです。

限界を認めると、戦い方が変わる

本書を読んでいちばん救われたのは、夕方に頭が回らないのは怠けではなく、脳の限界だと分かったことでした。

限界があると認めると、戦い方が変わります。気合いで容量を増やそうとするのをやめ、限られた容量をどこに使うかを設計するようになる。朝の30分でまず優先順位をつける、考える時間だけデバイスを切る、イラッとしたら感情に名前をつける、部下には答えでなく問いを投げる。

どれも小さな行動ですが、脳の仕組みに沿っているぶん、ちゃんと効きます。

物語仕立てゆえに理屈の密度はやや薄まり、即効テクニックだけが欲しい人にはまどろっこしいかもしれません。それでも、頑張れないと自分を責める前に脳の取扱説明書を開きたい人――集中力の浪費に悩むデスクワーカーにも、フィードバックが効かないマネージャーにも、その一冊になるはずです。

そこから、働き方は静かに変わっていきます。


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