健康診断で「要再検査」の通知が来ると、心臓がドキッとしますよね。
でも本書を読むと、その「異常」の多くが偽物かもしれないと知って、私は健診の見方が変わりました。健康な人でも、検査項目が30もあれば全部が正常に収まるのは約2割。残りの8割は「どこか異常」と判定されてしまう。この一文だけで、毎年の健診に振り回されてきた自分が少し滑稽に思えてきます。
『最強の健康法 病気にならない最先端科学編』は、姉妹作の「ベスト・パフォーマンス編」と同じく、著者のムーギー・キム氏が50名超の名医に取材し、別の名医がトリプルチェックして作られた一冊です。こちらは病気と老いを遠ざける「医療リテラシー」に焦点を当てています。
この本が立っている場所――「答え」より「前提を疑う力」
健康本というと、たいてい「これを食べろ」「これをやめろ」という処方箋の束です。ところが本書は、そこへ行く前に立ち止まる。「そもそも、その健診の数値は信じていいのか」という問いから始めます。
著者がまず突きつけるのは、労働安全衛生法で健診が義務づけられているのは日本だけ、という事実です。検査項目には科学的根拠の乏しいものも含まれる。だからこそ、医者の言葉を盲信せず、自分で正しい知識を持つことが出発点になる――この姿勢が、本書全体を貫く背骨になっています。
構成は人の一生に沿って進みます。健診の読み方から、糖尿病・高血圧・心臓病・がんといった病気の予防、加齢に伴う薄毛・不妊・骨粗しょう症・認知症、そして人生の最期まで。
生まれてから死ぬまでの健康課題を一冊で扱う、いわば「現代版の養生百科」です。網羅的なのに説教くさくないのは、すべてが「自分で判断するための材料」として差し出されているからだと思います。
なぜ国民の8割が「不健康」と診断されるのか
私がいちばん目から鱗だったのは、健診の「異常」が生まれる仕組みでした。
判定基準は、健康な人の95%をカバーする範囲を「正常」としています。つまり、もともと健康な人でも5%は「異常」と出るように作られている。これが検査項目の数だけ積み重なる。
項目が30もあれば、全部が正常で収まる人は約21%まで落ち、結果として国民のおよそ8割が「異常」と診断される――そういうカラクリです。健康なのに誤って異常とされることを「偽陽性(フォールスポジティブ)」と呼びます。
「異常を発見して早期治療に入れるという効果がある一方、まったくの健康体が検査によって間違って異常とされて、無駄な精密検査や危険な治療が行われることもあるのです」(本書より)
偽陽性に振り回されて不要な薬や精密検査を受ければ、かえって体を痛めることすらある。よく知られたメタボの「腹囲85センチ」も、実は健康な人の平均値にすぎないと著者は指摘します。
国際基準(BMI30以上)で測れば日本人の肥満は3%未満なのに、日本はBMI25以上を肥満とするため、25%もの人が肥満判定されてしまう。基準そのものが過剰に厳しいわけです。
そこから導かれる著者の処方はシンプルです。基準値との絶対比較より、自分自身の数値の「経年変化」を見よ。去年と比べて急な悪化がなければ、慌てる必要はない。
たったこれだけのことが、健診シーズンの胃の痛みを確実に軽くしてくれます。とはいえ、これは「健診は無意味だから無視せよ」という話ではありません。
早期発見の価値は本物で、要は数字に過剰反応せず、自分の変化として読む冷静さを持て、ということだと私は受け取りました。
病気の予防は「ちょこっと歩き」で足りる
生活習慣病の予防についても、本書の立場は拍子抜けするほど地味です。特別なことはしなくていい。
糖尿病予防の鍵は、血糖値の急上昇を抑えてすい臓を働かせすぎないこと。糖質を控え、肉・魚・野菜を先に食べる「食べる順番」が効きます。市販の野菜ジュースは糖類が添加されていることが多く、かえって血糖値を上げるので逆効果になりうる、という注意も実用的でした。
著者は「階段を見たら、糖尿病を予防するチャンスと思え」とまで言います。
心臓病で見落とされがちなのが「働きすぎ」と「睡眠不足」です。1日11時間以上働く人は、7〜8時間労働の人より急性心筋梗塞の発症率が2.4倍になる、という数字には背筋が伸びました。
週に5日は5時間以上の睡眠を確保して心臓を休ませることが、結局は命を守る。健康法というより働き方の話に踏み込んでくるのが、この本の射程の広さです。
サプリや特別な食材を探す前に、まず階段を上り、早く寝る。拍子抜けするほど当たり前のことが結局いちばん効く――その身も蓋もなさが、かえって信頼できると感じました。
がんと「ヤバ医者」――この本がいちばん踏み込んだ章
本書が他の健康本と一線を画すのは、医学界の内側からは書きにくい領域に踏み込んでいる点です。その代表が、がん治療の選び方です。
がんと診断されると、人はつい「最新の治療」「ここだけの特別な療法」に飛びつきたくなります。著者はこれを強く戒め、「標準治療」こそが松竹梅の竹ではなく松、つまりベストだと言い切ります。
手術・抗がん剤・放射線を軸とする標準治療は、何十年もの研究と膨大な患者での検証を経て効果と副作用が確かめられたもの。むしろ高額な自由診療ほど科学的根拠は薄いことが多い、という指摘は耳が痛い人もいるはずです。
皮肉なことに、高学歴・高所得の人ほど怪しい代替医療に流れやすいというデータまで添えられていて、知性と健康リテラシーは別物だと突きつけられます。
さらに本書は、避けるべき「ヤバ医者」の見分け方にまで踏み込みます。「この自由診療なら絶対に治る」と断言する、治療のデメリットを説明しない、高額な自社サプリばかり勧める、患者の話を聞かず一方的に治療を押し付ける。
取材には、ステージ4のがんが「ほぼ100%消える」と謎の白黒写真で主張する医者や、2日で20万円のカウンセリングを売りつける専門家まで登場します。
メディアでの露出と専門家としての信頼は別物だ――この当たり前を、実例の生々しさが骨身に刻んでくれました。
若さの正体は「運動・食事・社交」――社交が柱なのが面白い
アンチエイジングと聞くと美容を想像しますが、本書の定義は健康長寿、つまり老後のクオリティ・オブ・ライフの維持です。そのための柱として挙げられるのが、運動・食事・社交の3つ。
運動は週3回×30分の有酸素運動で成長ホルモンを促し、夜の熟睡と細胞修復につなげる。食事は「腹七分目」が鍵で、軽い飢餓状態に身を置くと長寿遺伝子のスイッチが入る(カロリー・リストリクション)、というのが要点です。
意外だったのは「社交」が同列で語られること。本書はこれを男性ホルモン・テストステロンの働きで説明します。やる気の源であり男女ともに活力を生むこのホルモンは、家に引きこもると下がり、社会参加すると上がる。
狩りに出ていた本能が、現代では「社会で自分を表現する」ことに置き換わっているわけです。そして人は褒められるとテストステロンが上がり、意欲が倍増する。
部下を叱るより褒めるほうが強いチームを作れる、という話まで地続きなのが面白いところです。
認知症すら、もはや「予防できる病気」に変わりつつあります。1日30分の有酸素運動で脳内にBDNF(脳由来神経栄養因子)が作られ、記憶を司る海馬の神経細胞が再生する。
軽度認知障害の患者20人が運動を含む活動をしたところ、16人に症状の軽減が見られたという報告も紹介されます。鍵を握るのは、ここでも運動と人とのつながり。
加齢の悩みへの個別解も具体的で、薄毛に本当に効くのはフィナステリドとミノキシジルだけ、不妊原因の約4割は男性側にある、骨粗しょう症はビタミンD・Kとウォーキングで防げる、と歯切れがいい。
育毛シャンプーやヘッドスパは気休めだ、と言い切るあたりに著者の覚悟がにじみます。
「いい死に方」は「いい生き方」で決まる――読後に残る安心
本書は人生の最期にも踏み込みます。樋野興夫さんの「がん哲学」を引きながら、「なぜがんになったのか」という過去への嘆きを、「いかに向き合うか」という前向きな問いへ変える。悩みは解決できなくても、対話を通じて「解消」へ導けるという発想です。
そして最も心に残るのが、「利己的でHappyな人よりも、利他的でJoyfulな人のほうが人生は輝く」という対比でした。自分の富や名声を満たすHappyは際限がなく満たされないけれど、他者のために尽くすJoyfulな生き方は、その瞬間に心を満たす。
最期まで自己決定権を持ち、信頼する人に看取られること――それが「クオリティ・オブ・デス(死の質)」を高める、と著者は説きます。結論は明快です。
「いい死に方をしたければ、いい生き方をすることが大事」。健康本のはずが、最後は生き方の本になっている。そのはみ出し方こそ、この一冊の体温だと思います。
読み終えて私が最も価値を感じたのは、知識そのものより「慌てなくていい」という感覚を手渡してくれたことでした。健診で異常が出ても経年変化を見ればいい。
がんになっても標準治療がある。老いても運動と社交で脳は若く保てる。一つひとつは小さな事実ですが、束ねると「やみくもに怖がらなくていい」という静かな安心に変わります。
向いているのは、健康への不安がぼんやり頭の片隅にある人。逆に、理由づけ抜きで使える健康テクの一覧だけが欲しい人には、少し回り道に感じるかもしれません。
本書がたどり着く最後の問いは「今日を誰のために生きるか」。利他に向けたその一歩が、実はいちばん効く健康法なのかもしれません。
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『医者が教える長生きのコツ』佐古田三郎 本書の「医療リテラシー」をさらに深めたい人へ。薬を減らし、病院に頼りすぎない現代の養生訓として響き合う一冊です。
『運動が脳を変える』ジョン・J・レイティ 本書のBDNFと認知症予防に興味を持った人に。運動が脳を変えるメカニズムを科学的に掘り下げています。
『LIFE SCIENCE』吉森保 細胞レベルで健康を理解したい人へ。本書の「活性酸素」「長寿遺伝子」の話を、生命科学の視点から補強できます。
