スターバックスが創業から最初の10年でテレビ広告に投じた金額は、合計で1000万ドルに満たなかった。コカ・コーラやペプシが数日で使い切る程度の額である。
それでもこのチェーンは、広告も値下げもほとんどせずに世界的な熱狂を勝ち取り、40を超える国、1万1000を数える店へと広がった。本書はその「なぜ」を、拡大期に同社のマーケティングを率いたジョン・ムーア氏が内側から解き明かす一冊だ。
原題は『TRIBAL KNOWLEDGE(部族の知恵)』。マニュアルには載らず、現場で口伝えに受け継がれてきた46の「秘密のルール」を初めて文章化したという触れ込みである。
ただ、読み進めて気づくのは、46という数がさほど重要ではないことだ。それらはすべて、たった一つの原則から枝分かれしている。利益を目的に置くと崩れ、正しいことを積み重ねると利益は後からついてくる——本書を貫くのはこの一本の背骨だ。
構成としては、品質本位・お客様本位・従業員本位という「3つの本位」に対応した3章から成る。完璧な一杯へのこだわり、顧客を一人の人間として尊重するサービス、それを支える従業員への投資。
この三つを積み上げれば、広告に頼らずとも強いブランドが自然に立ち上がる——というのが著者の描く見取り図である。以下、その中身を順にたどる。
ブランドは「作る」ものではなく、正しいビジネスから「にじみ出る」
本書がまず解体するのは、「ブランディングという魔法の粉を振りかければ、勝手にファンがつく」という発想である。著者に言わせれば、スターバックスは一度も「ブランドを作ろう」と意図したことがない。
やったのは、良質な豆を調達し、丁寧に焙煎し、居心地のよい空間を整え、コーヒーの魅力を地道に伝えること。目の前の仕事に必死で向き合った副産物として、ブランドが後から立ち上がっただけだという。
だから本書は「ビジネスそのものがブランドである」と言い切る。ドリンクの注ぎ方、トイレの清潔さ、店内に流れる音楽——そうした細部の「行動」にこそ予算とエネルギーを注ぐ。
イメージ広告で外見を取り繕う発想とは正反対だ。象徴的なのが商品写真の扱いで、同社は完璧に作り込まれた写真を嫌い、泡の形が少し乱れた「今バリスタが作ったばかり」に見える写真をあえて掲げた。
顧客の知性を信じているから、嘘くさい完璧さを見せない、という理屈である。
もっとも、この主張はやや後知恵の美化を含んでいる、と編集部は見る。品質さえ良ければ自然にブランドが育つのなら、良い店はすべて有名になっているはずだ。
実際には立地の選定や口コミの設計など、後述する意図的な仕掛けがしっかり効いている。「にじみ出る」という言葉は、努力の矛先を外見ではなく中身へ向けよ、という戒めとして読むのが正確だろう。
値下げは高くつく——「ブランド・バランスシート」で企画を仕分ける
本書で最も有名な失敗談が、値引きセールの顛末である。1990年代、同社は歳末商戦に先駆けて全品20%オフの「お客様感謝デー」を実施した。ところが従業員が常連客に善意で事前通知し取り置きしたため、セール前の通常売上が先食いで激減。
当日は補給が追いつかず供給網が混乱し、在庫は限界を超え、翌日分すら並べられない。結局、歳末の売上機会まで失う大損に終わった。
ここから得た教訓を、著者は「低価格戦略は結局高くつく」と要約する。いちど価格を下げると、商品は「ただのコーヒー」に格下げされ、快適な空間や完璧な抽出を支える利幅まで失われる。
安売りは、良い企画を思いつけないマーケターの最後の手段だ、という手厳しい断定もある。
では良い企画と悪い企画をどう見分けるのか。その道具が「ブランド・バランスシート」だ。評判を高める活動を「資産」、損なう活動を「負債」とみなし、次の4点で採点する。
(1)顧客の知性を尊重しているか、(2)約束した内容を責任を持って果たせるか、(3)従業員が楽しんで取り組めるか、(4)オリジナリティがあり信頼に足ると受け取ってもらえるか。
3つ以上イエスなら実行、2つ以上ノーなら中止か見直し。一斉配布のクーポンは顧客の知性を軽んじる「負債」と判定される。裏を返せば、値引きという最も手軽な一手が、この4基準では真っ先に「負債」へ振り分けられる。
採点は粗いが、判断を属人的な勘から共有可能な基準へ引き上げる点に、この道具の値打ちがある。
広告より、店と口コミを広告塔にする——貫かれる「ANDの才能」
広告に頼らない代わりに同社が何をしたか。一つは立地である。CMやビルボードに投じる代わりに人通りの多い一等地を厳選する「中心の中心に(Main & Main)」戦略をとり、店舗そのものを最大の広告塔にした。
もう一つが口コミだ。1998年にフラペチーノのCMを流したものの手応えがなく即撤退し、代わりに店頭のテイスティングへ注力した。従業員が直接手渡して説明する方式は、5杯に1杯が購入につながるほど効いたという。
映画『ユー・ガット・メール』などに同社が自然に映るのも宣伝料ゆえと思われがちだが、実際は一切払っておらず、むしろ映画側から知的な登場人物の演出に使わせてほしいとロゴ使用を請われていた。
広告費では買えない信頼が、そこにある。
こうした選択の底に流れるのが、ジム・コリンズの「ANDの才能」という概念だ。「AかBか」の妥協を拒み、相反する二つを両立させる構えを指す。深煎り豆は水分が抜けて軽くなるため、同じ重さの一袋に競合より多くの豆を要してコストがかさむが、品質のためには妥協しない。
全自動マシンのない時代、完璧なエスプレッソの基準は18〜23秒とされ、そこから1秒でも外れた一杯はためらいなくシンクへ流した。「品質かコストか」ではなく「品質もコストも」。
効率を犠牲にしても最高の一杯だけを届ける、という執念である。ここは称賛と同時に、規模が万を超えて拡大したあとも同じ厳格さを本当に保てたのか、という問いも残る点だと編集部は付け加えておきたい。
お客様を「探検家」として扱い、約束以上を行動で示す
第2章のサービス編で核になるのが、ニーズとウォンツの区別だ。ニーズは合理的な必要性、ウォンツは感情的な欲求を指す。同社は客を、用を手早く済ませる「旅行者」ではなく、日常に楽しみを探しに来る「探検家」として扱う。
だから最低限を満たすだけでなく、驚きや心の平静といった感情まで届けようとする。現場で効くのは、分厚い接客マニュアルを廃し「きっぱりイエスと言う」という数行の指針に置き換えたことだ。
ノンファットミルクへの変更のような要望に柔軟に応え、口にされない望みまで察して動く。ここで満たそうとしているのが機能ではなく感情だという点に、編集部は注目したい。
合理的な必要性なら競合も等しく満たせるが、感情的な満足は模倣が難しく、値段では測れない差になっていく。
リーダー向けの技術として印象的なのが「壁の声」である。損益報告書を読む前に、まず店内に座って音や光景、会話、活気を観察せよ、という。空気が明るく穏やかなら店は健全、暗く不満が漂うなら離職率が高い——数字より先に、現場の空気が実態を教えてくれるという感覚だ。
そして約束を超える最もシンプルな仕組みが「10分ルール」。表示された営業時間より10分早く開け、10分遅くまで対応する。朝の早い客や夜に一息つきたい客のために、約束以上を言葉ではなく行動で示す。
派手さはないが、信頼はこの種の小さな上振れの反復で積み上がる、という洞察は業種を問わず応用が利く。
真似できないのは「人」だけ——「最高」を狙えば「最大」になる
第3章の主張は明快だ。商品も店舗デザインも競合は真似できるが、そこで働く「人」とその情熱だけは真似できない。だから同社は従業員を「パートナー」と呼ぶ。
1991年、ハワード・シュルツ氏は「ビーンストック」制度を導入し、パートタイムを含む従業員にまで自社株購入権と医療保険を与えた。会社の成功が自分の人生に直結すれば、当事者意識が芽生える。
目指すのは、頼まれなくても会社の良さを語る「伝道者(エバンジェリスト)」を育てることだ。その土台が、まず部下と顧客に奉仕する「サーバント・リーダーシップ」である。
もっとも、パートにまで株と保険を配れたのは高成長と潤沢な原資があってこそで、体力の乏しい企業がそのまま真似るのは難しい。本質は制度の形よりも、「働く人を最初に大切にする」という順番の置き方にあると読み替えたい。
文化を支える仕組みも具体的だ。会社の決定がミッションに反すると感じたとき、全従業員が経営陣に意見を送れる「ミッションレビュー」には毎月200通前後が届き、有事の給与保証や若手向け奨学金がここから生まれた。
同社で本当に意味を持つ組織図は、最上位に「お客様」を置き、全役職を飛び越えて全従業員へ線が下りる形だという。採用でも、経験はあるが情熱と謙虚さを欠く人より、経験はなくても人を喜ばせることに情熱を持つ人を選ぶ。
新任の管理職には「最初の6週間は自分の意見を主張せず、まず文化と歴史を聴け」という暗黙の作法がある。学んでから変える、という順番だ。
本書の結論は逆説に集約される。「最大」を目標に据えると、品質の妥協や安易な値引きに走り、顧客も情熱も失って崩壊が始まる。逆に「最高」を目指し続けると、結果として「最大」が後からついてくる。
ここで警戒されるのが「3つのC」——現状に甘んじる自己満足(Complacency)、リスクを恐れる現状維持(Conservation)、自社都合を優先するうぬぼれ(Conceit)だ。
これらに抗い、「1店舗のオープンを9000回繰り返す」という謙虚さを保ち続ける。読み手が持ち帰るべきは、値下げもCMもしないという小手先の節約術ではない。
目先の数字と正しい行いのどちらを選ぶかという問いを、日々の一手ごとに立て直す姿勢のほうだ。