「厚い靴底が足を弱くする」は、どこまで本当か
目次
メキシコの峡谷に、古タイヤを切ったサンダルで何十キロも走り続ける人たちがいます。タラウマラ族です。
『BORN TO RUN 走るために生まれた』の著者マクドゥーガル氏は、走るたびに足が痛む理由を探して、この人たちにたどり着きました。そして本の中で問いかけます。クッションの厚い高機能シューズこそが、ランナーの足を弱くしてきたのではないか。
この見方は今も生きています。池田光史さんは『歩く マジで人生が変わる習慣』で、クッションや土踏まずの支えが効いた現代の靴を「現代の纏足」と呼びました。
本書の刊行から十数年がたち、研究はかなり積み上がっています。この主張は、どこまで支持されたのでしょうか。
本書の主張は、3つに分けると見えやすい
靴をめぐる本書の主張は、ひとつの話に見えて、性質の違う3つの主張が重なっています。
- 裸足で走る人は着地の仕方が違い、衝撃が小さい
- 高機能なシューズは、怪我を減らしていない
- だから薄い靴に変えれば、足が強くなり、怪我も減る
1と2は「いまの状態」についての主張で、3は「変えたらどうなるか」の予測です。研究の答えは、この境目で分かれます。
結論を先に書くと、1と2はおおむね支持され、3はまだ支持されていません。順に見ていきます。
言い切れること:衝撃の形と、靴の限界
ハーバード大学のリーバーマン氏らは2010年、学術誌 Nature に、裸足で走る人と靴で走る人の着地を比べた研究を発表しました。リーバーマン氏は、本書にも登場する進化生物学者です。
裸足で走り慣れた人は前足部から着地することが多く、踵から着地する靴のランナーより、着地の瞬間の衝撃の山が小さくなっていました。足首を柔らかく使うことで、地面とぶつかる重さを実質的に減らしているためだと説明されています。
ただし、この研究が測ったのは力の大きさで、怪我の数は測っていません。
靴の側にも、本書を支える研究があります。2009年、オーストラリアのリチャーズ氏らは、踵が高くクッションがあり、足の型に合わせて内側への倒れ込み(プロネーション)を抑える靴を勧める根拠を探しました。それを裏づける研究は、1件も見つかりませんでした。
デンマークで初心者ランナー927人を1年間追った研究(2014年)でも、全員が同じ標準的な靴を履いた条件で、中程度のプロネーションは怪我のリスクの増加と関係していませんでした。
靴の研究者ニッグ氏らも2015年の論文で、シューズの技術がこれだけ進んでも、ランニングの怪我が減ったという証拠はないとまとめています。
一方で、本書が根拠に挙げたデータには注意が要ります。本書はスイスのベルンで行われた市民ランナーの調査を引いて、高価な靴を履く人ほど怪我が多かったと紹介しています。
ところがこの調査(1988年)の論文要旨で、怪我との関連がはっきりしたのは、週の走行距離、過去の怪我、競技への熱心さでした。靴の特徴とは有意な関連がなかった、とも書かれています。
言い切れないこと:薄い靴に替えれば、怪我が減る
3つ目の主張の前半、「薄い靴で足が強くなる」には弱い支持があります。2025年に28の試験、計1,399人をまとめた分析では、クッションや踵の高さを抑えたミニマルシューズで、足の指の筋力が上がっていました。
ただ、筋肉の大きさについては結果がそろわず、根拠の確実性は「低い」から「非常に低い」と評価されています。
問題は、後半の「怪我が減る」のほう。ここは、逆向きの結果が目立ちます。
たとえば2013年の研究では、市民ランナー19人に、10週間かけて5本指の薄い靴へ少しずつ移ってもらいました。MRIで足を調べると、10人の骨で、負荷のかかりすぎを示すむくみ(骨髄浮腫)が増えていました。従来の靴を履き続けた17人より、明らかに多い結果です。
2017年の試験では、踵から着地するランナー61人を2群に分け、26週間かけて移行させました。ミニマルシューズの群は痛みが強く、怪我も31人中16人と、従来の靴の30人中11人より多めでした。
この怪我の差は、統計的に確かと言える大きさではありません。一方で、体重の重いランナーほど、ミニマルシューズで怪我のリスクが高くなることもわかりました。
2026年には、ミニマルシューズへの移行を調べた7件の研究、計313人をまとめた分析が出ています。移行は怪我のリスクの中程度の増加と関係しており、多かったのは足の甲の骨のむくみ、アキレス腱の不調、ふくらはぎの痛みでした。
クッションそのものが悪いとも言えません。ルクセンブルクの研究チームが848人を6か月追った試験(2020年)では、硬い靴のほうが柔らかい靴より怪我のリスクが高く、とくに体重の軽いランナーでその差がはっきりしていました。
かといって、厚ければ衝撃が小さいわけでもありません。フィンランドの研究(2018年)では、厚底のシューズで速く走ると、着地の衝撃の山が従来の靴より1割ほど大きくなりました。着地の瞬間に脚が硬くなるためと考えられています。
衝撃の大きさと、怪我の起こりやすさは、別々に確かめる必要がある変数です。
負荷は消えずに、場所を移す
これらの結果を並べると、ひとつの構造が見えてきます。走るときの負荷は、靴や走り方を変えても消えません。かかる場所が移るだけです。
たとえば踵から着地すると、衝撃は踵や膝で受けます。前足部で着地すると衝撃の山は小さくなる代わりに、足の甲の骨、アキレス腱、ふくらはぎが仕事を引き受けます。
普段そこを使っていない人がいきなり切り替えれば、準備のできていない場所に負荷が集まります。
2026年に報告された、踵から着地するランナー140人を1年間追った試験は、この構造をよく表しています。ミニマルシューズの群、着地を変える練習をした群、ストレッチだけの群で、怪我の発生率に差はありませんでした。
違ったのは、怪我の場所。着地を変えた群では足の怪我が、ストレッチの群では股関節の怪我が多く見られました。
進化の話も、同じ線で読めます。レイティ氏は『GO WILD』で、人間の骨格に走ることへの適応が26も見つかったという研究を紹介しています。祖先がどう走っていたかは、こうした研究がよく説明してくれます。
けれども、厚い靴で何十年も歩いてきた今の足が、すぐ祖先と同じ走り方に戻れるかどうかまでは教えてくれません。本書にも、急な切り替えは危ないので、時間をかけて足を鍛えてからにするよう勧める記述があります。物語の強さに比べると、この但し書きは目立ちません。
靴を選ぶ前に、確かめたいこと
研究から言える範囲で、よくある誤解を3つ整理します。特定の靴を勧めるものではありません。足や脚の痛みが続くときは、自己判断で靴を替える前に、医師や理学療法士に相談してください。
誤解:薄い靴に替えれば、怪我が減る → 試験では、怪我が減るという結果は出ていません。移行の時期には、足の甲やアキレス腱に負荷が移ります。
正しいアプローチ:変えるなら、時間をかけて少しずつ → 2026年の分析は、12週以上かけ、指導を受けながら移ることを提案しています。体重の重い人ほど慎重さが要ることも、試験から示唆されています。
誤解:足の型に合わせた高機能シューズを選ぶべきだ → 足の型で靴を処方するやり方を支える研究は、ほとんど見つかっていません。
正しいアプローチ:履いて走ったときの心地よさを手がかりにする → ニッグ氏らは、本人が快適だと感じる靴を選ぶ考え方を提案しています。まだ仮説の段階ですが、根拠の乏しい分類に頼るよりは筋が通っています。
誤解:怪我の原因は、まず靴にある → 調査で関連が確かめられているのは、週の走行距離と過去の怪我です。
正しいアプローチ:靴より先に、走る量の変化を見直す → たとえば、靴を替えた週に距離も増やすと、どちらが原因かわからなくなります。変えるのを一度にひとつにすると、体の反応を読み取りやすくなります。
おわりに
タラウマラ族の物語は、人間の足が想像以上に丈夫であることを教えてくれます。ただ研究によれば、その丈夫さは時間をかけて育つもので、靴を替えた日に手に入るとは限りません。
厚い靴も薄い靴も、負荷そのものはなくしてくれません。どこで受け止めるかが変わるだけです。次に靴を選ぶときは、その負荷を自分の足のどこで受けたいかを考えてみてください。
この記事で参考にした本
『BORN TO RUN 走るために生まれた』クリストファー・マクドゥーガル氏 → タラウマラ族とウルトラランナーの物語を通して、高機能シューズへの疑問と、人は走るために生まれたという説を描いた一冊
『Go Wild 野生の体を取り戻せ!』ジョン J. レイティ氏 → 人間の骨格に残る走ることへの適応など、体の設計を進化の視点から読み直した一冊
『歩く マジで人生が変わる習慣』池田光史さん → クッションの効いた現代の靴を「現代の纏足」と呼び、足本来の使い方を取り戻す習慣を説いた一冊
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