書き上げた直後のあなたが、いちばん下手な読者だ
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書き終えた直後に読み返した文章は、たいていよく書けているように見えます。
ところが一晩おいて読むと、話の飛んでいる箇所や、何度読んでも意味の取れない一文が目につきます。文章が夜のうちに悪くなったわけではありません。
変わったのは読む側です。書き上げた直後のあなたは、その文章にとって、いちばん下手な読者なのかもしれません。
書く人と直す人は、同じ頭に同居させないほうがいい
スティーヴン・キング氏は『書くことについて』で、高校生のころの出来事を振り返っています。
地元の週刊紙にスポーツ記事を持ち込んだとき、編集長のジョン・グールド氏が目の前で原稿に手を入れ、不要な言葉を次々に消していきました。そして、書くときは自分に向けて物語を語り、手直しのときは余計な言葉をすべて削るのだと教えたそうです。
のちにキング氏は、これを一つの原則にまとめました。ドアを閉めて書き、ドアを開けて書き直す。
ドアを閉めている間は、誰にも見せません。初稿はまだ誰の足跡もついていない新雪のようなもので、途中で人に意見を求めると、書く勢いがそちらへ逸れてしまうからです。
書き終えたら、原稿を引き出しにしまい、最低6週間は読み返しません。取り出したら、他人の原稿を読むつもりで読み直します。
この方法では、「直す人」は時間をおいた別人として扱われています。書いた本人がそのまま直す人を兼ねる、という前提がありません。
書き終えた直後の頭には、読者の席がない
なぜ書いた直後の自分は、うまく読めないのでしょうか。
心理学者のトラクスラー氏とガーンズバッカー氏は、1993年の論文で、文章を直すときの書き手の頭を三つの層に分けて考えました。
一つめは、伝えたい考え。二つめは、実際に書いた文章。三つめは、その文章を読者がどう受け取るかの見積もりです。推敲とは、この三つを照らし合わせる作業だと二人は言います。
難しいのは三つめです。書き手は、伝えたい考えも、書いたつもりの内容も、すでに頭に持っています。そのため文章を読み返すと、書いていない説明まで頭の中の知識が勝手に補ってしまいます。
たとえば、会議の議事録で「例の件はAで進める」と書いたとします。書いた本人にとっては、例の件もAも明白です。欠けているのは、その場にいなかった人がこの一文をどう読むかという見積もりのほうです。
誤字のような表面の誤りでも、似た現象を示した研究があります。1993年のデーンマン氏らの実験では、自分の作文を書いた直後に校正した学生は、他人の作文を校正した学生より、仕込まれた誤りを見つけた数が少なくなりました。2週間おくと、自分の作文でも誤りが見つけやすくなっていました。
ただし、この結果は割れています。2022年に行われた追試では同じ差が出ず、むしろ自分の文章のほうがわずかに多く誤りを見つけていました。誤字の見落としが自分の文章で特に増えるかどうかは、まだはっきりしません。
それでも、意味の層の問題は残ります。誤字は辞書と照らせば見つかりますし、校正ツールにも頼れます。
ところが「この順番で説明すれば分かるはず」という思い込みは、ツールには見えません。説明の飛躍は、読者がどう読むかを想像できなければ見つからないのです。
一度読み手の席に座ると、説明が変わる
では、読者の見積もりは鍛えられるのでしょうか。トラクスラー氏とガーンズバッカー氏は、この点を実験で確かめています。
書き手は、黒い幾何学図形を言葉で説明する文章を書きます。読み手はその文章だけを頼りに、よく似た4つの図形の中から正しい1つを選びます。
書き手の半数には、推敲の前に、読み手と同じ課題を体験させました。他人の書いた説明文を読み、図形を当てる側に回ったわけです。残りの半数は、図形を眺めて順位をつけるだけの別の課題をしました。
結果は次のとおりです。
- 読み手の課題を体験した書き手の説明文は、推敲後に読み手の正答率が56%から67%に上がった
- 別の課題をした書き手の説明文は、62%から68%への上昇にとどまり、統計的に確かな改善とは言えなかった
同じ著者らは前年の研究で、書き手が読み手の正答数を楽観的に見積もりがちなことも報告しています。正答数を知らせるだけの簡単なフィードバックでも、推敲は改善しました。
ここから言えるのは、読者の視点は「想像しよう」と心がけるだけでは育ちにくいということです。実際に読み手の席に座るか、読み手の反応を受け取ると、説明は具体的に変わります。
たとえば手順書なら、手順を知らない人に一度だけ実際に操作してもらうのが近い形です。どこで手が止まったかが、そのまま直す場所になります。
読者の目は、時間と他人と10%で借りる
振り返ると、キング氏の方法には、読者の目を外から借りる仕組みが三つ入っています。仕事の文章に合わせて言い換えると、次のようになります。
誤解:書き終えたらすぐ読み返して直すのが効率的 → 直後の頭は、書いたつもりの内容で文章の穴を埋めてしまいます。
正しいアプローチ:書く日と直す日を分ける → 6週間というのは小説の場合です。藤吉豊さんと小川真理子さんの『日本人のための「書く」全技術【極み】』は、最低でも一晩、理想は1週間おくことを勧めています。たとえば企画書なら、夕方に初稿を書き切り、翌朝に直すだけでも距離が生まれます。
誤解:読者は「多くの人」を思い浮かべればいい → 漠然とした「みんな」は、どこで退屈するかを教えてくれません。
正しいアプローチ:理想の読者を1人決めて、その顔で読む → 『書くことについて』での理想の読者は、妻のタビサ氏でした。この人はここで笑うか、ここで説明が足りないと言うか、と考えながら読み直します。
タビサ氏は、書きあぐねて屑かごに捨てられた『キャリー』の初稿を拾って読み、続きを書くよう励ましたそうです。読者の目は欠点だけでなく、書き手が見限った部分の価値も見つけます。たとえば部署内のメールなら、いちばん事情を知らない同僚を1人選び、その人の席から読みます。
誤解:削る作業は、余裕があればやる仕上げ → 10代のキング氏は、不採用通知に添えられた寸評から「二次稿=初稿−10%」という公式を学びました。
正しいアプローチ:10%を削る前提で読み返す → 10%を削ろうとすると、一文ずつ「読者にこれは必要か」と問わざるを得なくなります。削る量を先に決めておくと、自分の文章を読者の側から読む時間が強制的に生まれます。
削る候補を探すうちに、自分では気に入っている一文が、読者には要らないと気づく場面も出てきます。キング氏はそれを「最愛のものを殺せ」という言葉で語っています。
今日すぐ試せるのは、もっと小さな一手です。書き上げた文章のフォントか表示幅を変えて、声に出して1段落だけ読んでみてください。
『日本人のための「書く」全技術【極み】』は、印刷する、横書きを縦書きにする、音読するといった方法で、自分の文章との距離を作ることを勧めています。見慣れた画面から離れるだけでも、書いたつもりの文と実際の文の差が見えやすくなります。
おわりに
書く自分と直す自分を、同じ時間に同じ頭で兼ねようとすると、直す自分はいつも書く自分の味方をします。
キング氏がドアを閉め、原稿を引き出しにしまい、理想の読者の顔を思い浮かべたのは、直す自分を別人に仕立てるための工夫でした。
今夜書いた文章は、明日の朝、少しだけ他人の目で読めるはずです。
この記事で参考にした本
『書くことについて ~ON WRITING~』スティーヴン・キング氏 → 自伝と文章論を一冊にまとめ、ドアを閉めて書きドアを開けて直す二段階の書き方や、二次稿=初稿−10%の公式を語った一冊
『日本人のための「書く」全技術【極み】』藤吉豊さん、小川真理子さん → 文章を書く手順を準備から推敲まで整理し、時間をおく、印刷する、音読するなど推敲で客観性を高める方法を示した一冊
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『新しい文章力の教室』唐木元さん|文章は、書き始める前に9割決まっている 書く前の設計と、書いた後の推敲の手順を扱った本の要約です。直す日に何を見ればよいかのチェックリストとして使えます。
丁寧な説明が伝わらない理由 説明した本人と聞き手の間に生まれるずれを扱ったコラムです。話し言葉で起きる同じ問題を、別の角度から確かめられます。