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ブクドリ | BOOK DRIP

「起業は若いうちに」は、270万人のデータで覆された

戦略・経営・事業
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目次

アメリカで急成長した新興企業の創業者は、創業時に平均45歳でした。

「起業するなら若いうち」という言葉を、私たちは何度も聞いてきました。 フェイスブックを創業したザッカーバーグ氏は「若い人のほうが、とにかく賢い」と語りました。投資家のポール・グレアム氏は、創業者が32歳を過ぎると投資家は疑い始める、と書いています。

一方で、マクドナルドを世界的なチェーンに育てたレイ・クロック氏が、マクドナルド兄弟の店に出会ったのは52歳のときでした。 自伝『成功はゴミ箱の中に』には、その出会いから全米展開までの道のりが描かれています。

これは例外的な遅咲きの話なのか。それとも、年齢に何か理由があるのか。 経済学者が集めたデータと、クロック氏の歩みを並べて確かめてみます。

若い創業者は、目に入りやすいだけだった

若い創業者のイメージは、目立つ成功例から作られています。 2014年のある調査では、評価額10億ドルを超えたスタートアップ35社の創業者を調べ、平均年齢を31歳と報告しました。

けれど、目立つ例をいくら集めても全体像はつかめません。 経済学者のピエール・アズレー氏らは、アメリカの税務と雇用の行政データを使い、2007年から2014年に会社を作って従業員を1人以上雇った創業者、約270万人を調べました。2020年にアメリカ経済学会の学術誌で発表された研究です。

結果は、イメージと大きく違いました。

  • 創業時の平均年齢は41.9歳
  • 成長率で上位0.1%に入った会社に限ると、平均45.0歳
  • ハイテク分野やシリコンバレー、ベンチャーキャピタルの出資を受けた会社に絞っても、平均が40歳を大きく下回ることはほとんどない

若い創業者の成功は、珍しいから話題になります。話題になるから、よくある話に見えてしまう。 「起業は若者のもの」という感覚は、こうして作られていました。

「何歳で成功したか」と「成功する確率」は別の問い

ここで一つ注意があります。成功した創業者に中年が多いのは、そもそも中年の起業が多いからかもしれません。 受験者の多い年齢層から合格者が多く出るのは、当たり前のことです。

研究チームもこの点を確かめています。起業した人のうち、どれだけの割合が上位0.1%に届いたか。つまり年齢ごとの「打率」を比べました。

50歳で起業した人は、30歳で起業した人より上位0.1%に入る確率が1.8倍高い。上場や買収による成功に絞ると、約2倍でした。 打率は60歳前後まで上がり続け、その後わずかに下がります。最も低かったのは20代前半です。

ただし、ここで浮かれるのは早すぎます。打率が2倍になっても、元の数字がとても小さいからです。 上場や買収に至った創業者は約4,000人で、全体の0.15%でした。

論文は、ベンチャーキャピタルが若さを投資先選びの大事な基準にしているように見える、とも書いています。 プロの投資家の目も、目立つ成功例の印象から自由ではないのかもしれません。

『RANGE(レンジ)』でデイビッド・エプスタイン氏は、心理学者カーネマン氏の「外部の視点」を紹介しています。自分の計画の中身を検討する前に、似た事例の全体がどれくらい成功しているかを先に確かめる考え方です。

起業に当てはめると、たとえば「クロック氏は52歳で成功した」という話より先に、「52歳で起業した人のうち、何割が生き残ったか」を見ることになります。 年齢が上がると打率は上がります。それでも打率そのものは、どの年齢でも低いままです。

効いていたのは、年齢より業界での年数

では、中年の何が有利なのか。研究チームが注目したのは業界経験です。

同じ業界で3年以上働いた経験のある創業者は、上位0.1%に入る割合が0.22%でした。経験のない創業者の0.11%の、ちょうど2倍です。 業界をより細かく区切り、ほぼ同じ分野での経験に絞ると0.26%まで上がります。論文は、この結果を「部外者の強み」を強調する物語とは逆だと書いています。

ここで『RANGE』と食い違いが生まれます。エプスタイン氏は、専門家が解けなかった問題を外部の人が解いた事例を挙げ、部外者の強みを説きました。 クロック氏についても、飲食業の門外漢だったからこそ兄弟の店の価値を見抜けた、という読み方がよくされます。

けれど彼の経歴を見直すと、話は少し変わります。クロック氏は長年、紙コップとマルチミキサーを飲食店に売り歩いてきました。マルチミキサーは、一度に何杯ものミルクシェイクを作れる機械です。 マクドナルドの公式の社史によれば、彼が西海岸へ向かったのは、兄弟の店が8台のマルチミキサーを同時に回していたからでした。

8台が同時に回る店がどれほど異常か。それがわかるのは、何百軒もの店を見てきた売り手だけです。 私はクロック氏を、業界の外の人ではなく、業界に物を納める側の内部者だったと読んでいます。

経験が効いたところと、効かなかったところ

経験の効き目は、自伝の中にも見えます。 たとえば紙コップの営業時代に、彼は話を切り上げる合図を学びました。相手が机の上の紙を触り始めたら説得をやめ、注文の受付に入るというものです。

取引先との関係にも、売り手として長く過ごした目が表れています。クロック氏は納入業者からのリベートを受け取らず、コストを下げられるならその分を加盟店に還元してほしいと伝えました。本部は仕入れにも口を出しませんでした。 売る側の事情を知る人の判断だと、私は考えています。

一方で、経験では防げなかった失敗もあります。兄弟との契約には、小さな変更でも兄弟のサイン入りの文書が書留で届かない限り認めない、という条項がありました。彼はこの契約に長く縛られます。

会社の収益を支えた不動産の仕組みは、パートナーのハリー・ソナボーン氏の発案でした。フィレオフィッシュやビッグマックのようなヒット商品は、加盟店のオーナーたちから生まれています。

経験は、業界のどこに問題があり、誰が何に困っているかを見抜く目になります。 けれど契約や財務のように別の種類の知識が要る場面では、頼れる人を見つけることが勝負でした。

年齢を味方にするために、数えておきたいもの

「もう遅い」も「まだ若いから大丈夫」も、年齢だけで決めている点では同じです。 データから見えてくるのは、年齢とともに積み上がるものの効き目でした。研究チームは、前職で高い給料を得ていた人ほど成功しやすいことも報告しています。技能の高さや、辞めることの重さの表れと考えられています。

誤解:若いほど起業に有利で、年を取るほどチャンスは減る。

正しいアプローチ:年齢より、狙う業界で積み上げた年数と、手元にある知識、人脈、資金を数える。

具体的には、次の3つを確かめておくとよさそうです。

  • 狙う業界に何年いたか。たとえば作り手でなくても、売り手や仕入れ先として関わった年数も数える
  • 自分の計画を、似た起業の生存率と並べて見たか。成功者の話は、確率までは教えてくれない
  • 会社に勤めたまま、小さく試せる部分はないか

3つ目は、『RANGE』が紹介する組織行動学者ハーミニア・イバーラ氏の指摘に通じます。キャリアの転換は、綿密に計画してから実行するより、試しながら学ぶことで進むというものです。 クロック氏が兄弟の店に出会ったのも、ミキサーを売り歩く仕事の途中でした。

おわりに

この研究には限界もあります。対象はアメリカの、従業員を雇った会社に限られます。成功の物差しも、雇用の伸びや上場、買収です。 日本の個人事業や、小さく長く続く商売にそのまま当てはまるとは限りません。

それでも、「起業は若者のもの」という思い込みを外す材料には十分です。 52歳のクロック氏が見たのは、8台のミキサーが同時に回る厨房でした。その異常さに気づけたのは、それまでの何十年があったからです。

あなたがいま「この現場は普通ではない」と気づける場所は、どこにあるでしょうか。


この記事で参考にした本

『成功はゴミ箱の中に レイ・クロック自伝』レイ・A・クロック氏 → 52歳の出会いの裏に、紙コップとミキサーを売り歩いた長い年月があったことがわかる

『RANGE(レンジ)』デイビッド・エプスタイン氏 → 成功確率を外部の視点で見る考え方と、試しながらキャリアを変える方法


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