社長が引退すると業績が落ちる会社、落ちない会社
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「あの社長が引退してから、会社がおかしくなった」。こうした話は、どの業界でもよく聞きます。
ところが、国の統計はやや違う姿を示しています。2021年版の中小企業白書は、2010〜2015年に経営者が交代した企業のその後5年間を追いました。売上高の成長率は、5年間ずっと同じ業種の平均を上回っていたのです。
社長が代わった会社は、平均すると伸びていた。では、冒頭のような話はどこから来るのでしょうか。
交代そのものより、交代の「条件」が効いている
白書の数字には注意が要ります。経営者を交代できた会社は、そもそも後継者を確保できるだけの体力があった会社かもしれません。白書自身も、後継者がいる企業のほうが業績がよいという比較については、業歴や経営者の年齢などの要因をそろえていないと断っています。
それでも、「交代すれば落ちる」という単純な図式は成り立ちません。白書は、2019年版で他の要因をそろえた分析をしたときも、事業承継に売上高と総資産を押し上げる効果が見られたと紹介しています。
一方で、落ちる会社があるのも事実です。問いは「社長が代わると落ちるか」から、「どんな条件のとき落ちるのか」に移ります。
ここで手がかりになるのが、デンマークで行われた2つの研究です。デンマークは企業の財務データ、社長の氏名、個人の入院記録や家族関係を国の登録簿で突き合わせられるため、この種の分析に向いています。
社長の影響がそもそもどれほど大きいかは、経営学で長く議論されてきました。Fitza氏は2014年、アメリカの大企業1,500社のデータから、過去の研究が測った「社長の効果」の7割超は偶然でも説明できると主張しました。Quigley氏とHambrick氏は2015年、60年分のデータで社長の効果はむしろ大きくなってきたと報告しています。
この論争は今も続いています。次に紹介する研究は、別の角度から測りました。同じ会社で同じ社長のまま、社長だけが一時的にいなくなったら何が起きるかを見たのです。
社長が「いない」とき、権限を集めた会社ほど落ちる
Bennedsen氏、Pérez-González氏、Wolfenzon氏は、デンマークの中小企業約1万3,000社(1996〜2012年)で、社長が入院した年の業績を調べました(Journal of Finance、2020年)。
INSEADの発表資料によると、5〜7日の入院で、その年の収益性は7%落ち込みました。10日以上の入院では、総資産営業利益率が1ポイント下がっています。
目を引くのは比較の結果です。社長の下にいる幹部が入院しても、同じような落ち込みは見られませんでした。そして落ち込みが大きかったのは、組織の上層に権限が平均より集中している会社でした。成長中の会社、同族支配の会社、人材が価値の源泉になる業種でも影響が大きく出ています。
つまり、業績を下げていたのは「社長が代わったこと」よりも、判断が一人に集まっている会社で、その一人が不在になったことです。引退は、その不在が永久に続く状態と見ることもできます。
たとえば、見積もりの最終承認、主要顧客との値決め、採用の可否がすべて社長の決裁で動く会社を考えてみてください。社長が2週間いなければ、その間に案件が止まり、顧客は待たされます。
出口治明さんは『座右の書『貞観政要』』で、唐の太宗が名君とされる理由の一つに「権限の感覚」を挙げています。臣下に任せた仕事には、皇帝でも口を出さない。そうして組織が皇帝の「個人商店」になるのを防いだ、という読み方です。千年以上前の話ですが、研究の結果と同じ方向を向いています。
後継者を狭い候補から選ぶと、落ちやすい
もう一つの条件は、誰に引き継ぐかです。
Bennedsen氏らは2007年、デンマークの社長交代5,334件を分析しました(Quarterly Journal of Economics)。うち1,776件が、家族への引き継ぎです。
家族に継がせる会社と外部から招く会社は、もともと事情が違うかもしれません。そこで研究者たちは、退任する社長の第一子の性別に目をつけました。第一子が男の子だと家族内の承継が起きやすい。一方で、第一子の性別そのものが会社の業績を左右するとは考えにくい。この差を使うと、家族承継の効果だけを取り出しやすくなります。
結果、家族への承継は、社長交代の前後で総資産営業利益率を少なくとも4ポイント押し下げていました。落ち込みが大きかったのは、成長の速い業種、専門性の高い人材が多い業種、比較的大きな会社です。
アメリカの上場企業を調べたPérez-González氏の2006年の研究(American Economic Review)も、同じ方向の結果を出しています。創業家や前社長と血縁か姻戚関係にある社長が就いた会社は、血縁のない社長を選んだ会社より、利益率と市場評価が低かった。特に、選抜の厳しい大学を出ていない家族の社長で差が目立ちました。
私はこの結果を、血縁が悪いというより、候補者の母集団が小さいことの問題として読んでいます。Pérez-González氏自身も、縁故による選抜が人材の競争を狭めることを原因として挙げています。
日本では、この池が広がり始めています。帝国データバンクの2025年の調査では、後継者不在率は50.1%でした。社長の就任経緯は、役員や社員からの内部昇格が36.1%となり、速報値の段階で同族承継の32.3%を上回っています。後継者候補の属性も「非同族」が41.0%で最も多くなりました。
岡島悦子さんは『40歳が社長になる日』で、経営者は計画的な仕組みで輩出するものだと書いています。育成には約10年かかるため、30歳前後から候補を選び始める。たとえばアステラス製薬は、10年先の社長に必要な資質を定義し、約100人の候補者を常に選んでいるといいます。
社長への依存を減らす、3つの手当て
ここまでの研究から、手を打つべき場所は3つに絞れます。
誤解:後継者さえ決まれば、社長依存の問題は片づく → 入院の研究が示したのは、権限が集中した会社ほど不在の影響が大きいことでした。後継者を決めても、決裁が一人に集まる構造は残ります。
手当て:社長が2週間いない前提で、止まる決裁を洗い出す → 直近1か月で「社長の判断待ち」になった案件を書き出すだけなら、5分でできます。そのうえで、金額の上限を決めて代行者に任せる範囲を決めます。
誤解:後継者は身内か、社長が見込んだ一人から選ぶ → デンマークとアメリカの研究では、狭い範囲から選んだ承継ほど業績が落ちていました。
手当て:候補を複数並べ、社外や非同族も含めて比べる → 最終的に家族が継ぐとしても、比較する相手がいれば、選ぶ基準がはっきりします。
誤解:引き継ぎは就任前の数か月で済む → 2021年版の白書によると、外部から招いた経営者などでは、承継の打診から就任まで「半年未満」が45.5%でした。同じ区分では、承継前の準備を「特になし」とした人も37.9%います。
手当て:就任前から、実際の判断を任せる期間をつくる → 岡島さんは、現社長と後継者が約3年並走する期間を勧めています。たとえば、ある事業部の予算と採用を後継候補に任せ、現社長は結果の振り返りだけに加わる。代行を経験させることは、先ほどの「不在対策」の訓練にもなります。
おわりに
「あの社長がいたから会社は成長した」という言葉は、裏返せば「あの社長にしか決められなかった」という組織の記録でもあります。
業績が落ちたのは、社長が引退した年の出来事というより、判断が一人に集まり続けた年月の結果なのかもしれません。今週、社長の判断待ちになっている案件を一つだけ、誰かに任せてみてください。
この記事で参考にした本
『座右の書『貞観政要』』出口治明 → 任せた仕事に口を出さず、組織を「個人商店」にしない権限の感覚
『40歳が社長になる日』岡島悦子 → 経営者を計画的に育てる、10年がかりのサクセッション(後継者育成計画)の考え方
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