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『High Conflict よい対立 悪い対立』アマンダ・リプリー氏|なぜ正しい人ほど対立から抜けられないのか

コミュニケーション・文章術 ✍ アマンダ・リプリー氏
約10分で読めます

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『High Conflict よい対立 悪い対立』
目次

意見の合わない相手と話していて、途中から「議論の中身」がどうでもよくなった経験はありませんか。

最初は子どもの教育方針の話だったのに、気づけば「あの人は人として信用できない」になっている。職場の方針の対立が、いつのまにか派閥同士の意地の張り合いになっている。

私もあります。後から振り返ると、自分でも何にあれほど腹を立てていたのか思い出せない。中身ではなく、相手そのものに向かって燃えていたからです。

アマンダ・リプリー氏の『High Conflict よい対立 悪い対立 世界を二極化させないために』は、そういう「抜けられない対立」の正体を解き明かす本です。

著者の出発点は少し意外で、問題は「対立すること」そのものではない、と言います。対立には人を成長させる健全なものと、すべてを焼き尽くす不健全なものがあり、警戒すべきは後者だけだ、と。

この区別ができていないから、私たちは対立そのものを恐れたり、逆にどんな対立も正義だと信じて突っ込んだりしてしまう。

図解

こんな人におすすめ

逆に「論破できれば勝ち」だと思っている人ほど、この本で足元をすくわれます。著者が差し出すのは、正しさで相手を負かす技術ではなく、対立そのものから抜け出す技術だからです。勝ち負けの土俵に乗っている限り、この本の価値は半分も受け取れません。

核心は「なくす」のではなく「質を変える」こと

本書の土台は、対立を二種類に分ける視点です。激しくやり合っても相手の尊厳が残り、議論がどこかへ向かう「健全な対立」。そして「善と悪」「わたしたちと彼ら」という構図が固まり、打ち負かすこと自体が目的化していく「不健全な対立(ハイ・コンフリクト)」。

著者は後者を、動物がはまって抜け出せなくなるタールの沼「タールピッツ」にたとえます。

健全な対立では、激しく言い合っても相手を理解しようとする姿勢が残っている。議論は解決や成長という出口に向かって動いている。ところが不健全な対立では、論点はどこかへ消え、相手を負かすこと自体が目的になる。やっかいなのは、はまっている本人にそれがわからないことです。

いったんこうした対立に巻き込まれると、わたしたちの視野は狭くなる。問題だけが、はっきりすぎるくらいはっきりと目に入ってくる。

視野が狭まり、相手の問題点だけが拡大されて見える。これは比喩ではなく、実際に脳の働きとしてそうなる、というのが著者の見立てです。だから著者は「対立をなくせ」とは言いません。

対立は火によく似ている。生きていくためにはある程度の火が不可欠だ。火がないと、人生はもっと悪くなる。

目指すのは火を消すことではなく、火事にしないこと。自分が「正しい側」にいると信じているときほど、人は沼にはまりやすいという指摘が、この発想を効かせます。

象徴的なのが、四十年以上・二千件近い調停を手がけてきた紛争解決のプロ、ゲイリー・フリードマンの逸話です。「両方の側に立ち、いずれにも肩入れしない」を信条にしてきた彼が、自分の住む地域の理事会選挙に関わったとたん、中立を投げ捨てて反対派を非難する文書をウェブサイトに投稿し、選挙で敗北していく。

中立のプロですら、当事者になった瞬間に沼へ落ちた。知識でも人格でもブロックできない。誰もが気づかぬうちに足を踏み入れる、というのが本書の怖さの核です。

対立を加速させる「火種」

ではなぜ健全な対立が不健全に転がり落ちるのか。著者は加速要因を「火種」と呼び、整理します。中心にあるのが、集団としてのアイデンティティ、対立を喜ぶ扇動者、屈辱、そして不正行為です。

集団への帰属意識が強くなりすぎると、人は世界を「わたしたち」と「彼ら」に分け、外側を敵とみなして攻撃を正当化しやすくなる。著者はこれを「過剰なカテゴリー化」と呼び、人間が最も陥りやすい心の錯覚だと言います。

一度この箱に相手を入れてしまうと、相手は個人ではなく「向こう側の一員」になり、何を言っても言い訳にしか聞こえなくなる。シカゴのギャングの元リーダー、カーティス・トーラーが、親友を対立するギャングに殺されたという思い込みから、相手を「敵のギャング」という塊でしか見られなくなり、復讐のために抗争へのめり込んでいく例は痛々しい。

扇動者はもっと厄介です。新たな確執が起こるたびに喜び、あらゆる不満を片っ端から拾い上げ、誰も気にしなかった間違いをあげつらう。しかも往々にして優しく、口がうまく、カリスマ性がある。

大袈裟な言葉や陰謀論で不安を煽り、人々を対立から離れられなくする。身近なところにも、こういう「火に油を足すのが得意な人」は必ずいます。

そして最大の火種が屈辱です。

屈辱は「感情の核爆弾」だと、心理学者にして医師のエヴェリン・リンドナーは書いている。

人前で恥をかかされ、軽んじられること。それは「自分には価値がある」という感覚を直接脅かすので、爆発的な対立を生む。資源やイデオロギーの奪い合いに見える争いも、芯にあるのは屈辱だったりする――この見立ては鋭いと思いました。

表向きの論点で和解できないとき、本当に傷ついているのは面子やプライドの部分だったりする。だとすれば、解くべきは論点ではなく屈辱のほうだ、という処方箋が後半につながっていきます。

正論が通じない理由――「コミュニケーションの幻想」

不健全な対立に対し、私たちはつい「事実を示せば相手はわかる」と考えます。ここが根本的な落とし穴だ、という指摘に一番ハッとさせられました。

コミュニケーションにおける最大の問題は、それが成立しているという幻想だ。

著者はこれを、有名な曲を頭で鳴らしながらテーブルを叩き、聴き手に曲名を当てさせる実験で裏づけます。スタンフォードの大学院生エリザベス・ニュートンの実験で、叩く側は半分くらいは伝わると予測した。

ところが実際の正答率は三パーセント未満、四十回に一回も伝わらなかった。自分の頭ではメロディが鳴っているから相手にも届いている気がするが、相手にはコツコツという音しか聞こえていないわけです。

この「自分の頭の中の音楽は相手にも聞こえているはず」という錯覚は、対立の場面でそのまま起きています。自分の意図や善意は当然伝わっていると思い込んでいるが、相手にはノイズしか届いていない。

しかも事実を並べて論破しようとすると、確証バイアスが働いて相手はますます硬化する。反論されるほど、人は自分に都合のいい情報だけを抱え込んで身を固める。

知識や学歴があれば相手を正確に理解できる、というわけでもありません。

大学院の学位を持っている民主党員は、高校を中退した民主党員に比べて、共和党員に対する認識が3倍も不正確。

賢さは、しばしば偏見を補強する道具になる。情報を扱う能力が高い人ほど、自説を守る理屈を上手に組み立ててしまうからです。これは知的な人ほど身につまされる指摘でしょう。

沼から抜け出す技術①――ルーピングと、聞くことの意味

本書の後半は処方箋に充てられます。中でも私がいちばん日常で使えると感じたのが「ルーピング(理解の輪を完成させる)」です。相手の話を聞き、その言わんとすることを自分の言葉で要約し、「これで合っていますか?」と確認する。

ただのアクティブリスニングと違うのは、「自分は理解されている」と相手に実感させるところまでやり切る点です。

なぜこれが効くのか。著者は、人は意見が違う相手にすら「自分のことを理解してもらえている」という確信を求める、と言います。つまり対立を解く鍵は「相手を理解すること」そのものより、「理解していると相手に感じさせること」にある。

賛成しなくていい。ただ相手が言いたいことを正確に受け取って返す。それだけで対立の温度が下がる。人は理解されたと確信して初めて、頑なな心をゆるめ、自分から矛盾を認められるようになる。

説得は、相手が理解されたと感じた後にしか効かないのです。

耳を傾けることは、同意することではない。相手の言うことを正当化することでも後押しすることでもない。

ここを著者は念押しします。聞くことを「負け」や「譲歩」だと感じる人ほど、この一文を腹に入れてほしい。そして私たちがいかに聞けていないかを、医療現場のデータが突きつけます。

患者が症状を説明し出してから、医者がその話を遮るまでの平均はわずか十一秒。患者が説明し切るのに必要なのはたった十七秒なのに、です。プロの聞き手であるはずの医師ですらこうなのだから、感情が昂った対立の場で私たちが相手を最後まで聞けている確率は、推して知るべしでしょう。

沼から抜け出す技術②――偽の旗を見抜き、物語を複雑にする

ルーピングで深く聞くと、争いの本当の正体も見えてきます。著者はそれを「偽の旗」と呼びます。調停のプロ・ゲイリーが扱った夫婦は、電気鍋やレゴの所有権をめぐって何百万円もの弁護士費用を払って争っていた。

普通に考えれば異常です。ところが「なぜそれがそんなに欲しいのか」を掘り下げると、電気鍋の背後には子ども時代の温かい家庭への郷愁や、相手を苦しめたいという感情が隠れていた。

電気鍋は争いの本体ではなく「偽の旗」だったわけです。

表面の争点はしばしば本体ではない。その裏にある「理解されたい」「尊重されたい」という本当の欲求に目を向けたとき、はじめて泥沼から抜け出す糸口が見えてくる。だからこそ、世界を善か悪かに単純化せず、あえて矛盾や多様性を物語に取り込む「物語を複雑にする」ことが効きます。

すべてのすばらしい物語には、複雑さが必要なのだ。

これを実験で確かめたのが、コロンビア大学のピーター・T・コールマンらです。議論の前に、一方には二項対立的な記事を、もう一方には複雑さを強調した記事を読ませた。

すると複雑さを強調した記事を読んだグループのほうが、相手に質問し、質の高いアイデアを出し、会話の満足度も高かった。敵か味方かの単純な枠を崩すと、人は好奇心を取り戻す。

対立の最中に「相手にも事情があるはずだ」とあえて複雑さを足すことが、思考の幅を取り戻す処方箋になるわけです。

沼から抜け出す技術③――魔法の比率と、バルコニーへ行く

対立に強い関係には、日頃の土台があります。著者はそれを「魔法の比率」と呼びます。ゴットマン夫妻の研究によれば、健全な対立を保てる夫婦は、肯定的なやりとりと否定的なやりとりの比率が「五対一」だった。

挨拶、雑談、庭のバラの話、一緒に歌う。こうしたささやかな交流が、いざ対立が起きたときの緩衝材になります。

おもしろい裏づけもあります。南極観測基地で一冬を過ごした六十五人のうち、四割が「一緒に歌を歌ったりゲームをしたのが仲間意識を作る上で一番大きかった」と答えた。極限環境で結束を生むのは立派な議論ではなく、たわいない時間だった。日頃の貯金が、対立の衝撃を吸収するのです。

そして感情が昂ったときの応急処置が「バルコニーへ行く」。自分を一段高い場所から状況を眺める中立的な第三者だと想像する手法です。社会心理学者イーライ・フィンケルらの実験では、六十組の夫婦に喧嘩を「中立的な第三者の視点」から書く練習を一年させたところ、喧嘩しても心が乱れにくくなり、結婚満足度が下がらなかった。

あわせて使えるのが四秒吸って四秒止めて四秒吐いて四秒止める呼吸です。反射的な攻撃を止め、状況を見直す余白をつくる、誰でも今日から使える技術です。

集団の対立をほどく――接触理論とその条件

個人だけでなく、集団同士の対立にも処方箋があります。「接触理論」です。対立する集団が直接関わり合うと、勝手な思い込みやステレオタイプが崩れていく。

ただし、ただ会わせればいいわけではありません。当事者の立場がほぼ対等であること、権威のサポートがあること、共通の目的に向かって協力すること、全員がその場にいたいと望んでいること。

これが揃うと共通のアイデンティティが生まれ、対立が和らぎます。

象徴的なのが、ミシガン州の保守派の刑務官と、ニューヨークのリベラル派のユダヤ人が互いの拠点を訪ね合ったワークショップです。トランプ支持や銃規制では意見がまるで違う。

それでも互いの生活を体験し、複雑さを共有したことで、意見の相違は残しつつ相手に親しみを感じるようになった。意見を一致させなくても、対立の質は変えられるという好例です。

逆に、人を集団から抜け出させるときの注意点も示されます。コロンビアの元ゲリラ兵サンドラは、社会復帰プログラムで「サービスを受けたいなら、かつての仲間を売れ」と求められ、拒否した。

FARCは彼女にとって「家族」であり、そのアイデンティティを裏切れなかったからです。人を不健全な対立から引き離すには、その人が大切にしているアイデンティティを否定してはいけない。

データもこれを支えます。コロンビアの元ゲリラ兵千四百八十五名のうち、子どものいる人はいない人に比べ、非合法活動に戻る可能性が四割低かった。守るべき存在が、人を対立の外につなぎとめるわけです。

明日から何を変えるか

第一に、反論の前に「ルーピング」を一回はさむこと。言い返す前に「要するに、あなたは〇〇だと感じているんですね。合っていますか?」と要約して確認する。相手が「その通り」と言うまで繰り返す。説得は、相手が理解されたと感じた後にしか効きません。

第二に、怒りを感じたら四秒の呼吸で「バルコニー」に上がること。即レスせず、四秒吸って四秒止めて四秒吐く呼吸を一回。そのうえで「中立な第三者ならこの状況をどう見るか」と一歩引いて眺めます。

第三に、意見の合わない相手と論争以外の話をする時間を作ること。反りの合わない同僚や隣人とも、趣味やペットや天気の雑談を意図的に持つ。肯定的なやりとりを増やしておくことが、いざという時の衝撃を吸収する「魔法の比率」の貯金になります。

この本を読んで、いちばん刺さったのは「対立を悪者にしない」という姿勢でした。私はずっと、意見がぶつかること自体を避けてきました。波風を立てたくないという名目で、実は逃げていた。

でも著者は、対立そのものは火と同じで生きていくのに必要なものだと言い切ります。問題は対立するかどうかではなく、そのさなかでも相手への好奇心と尊厳を手放さずにいられるか。

たったそれだけの違いが、成長と破滅を分ける。

意見が合わない相手の話を、明日ひとつ、最後まで聞いてみる。賛成しなくていい。ただ「あなたが言いたいのはこういうこと?」と返してみる。そこから景色が変わり始めるかどうかは、ぜひ自分の対話で試してほしいと思います。


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