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『High Conflict よい対立 悪い対立』アマンダ・リプリー氏|なぜ正しい人ほど対立から抜けられないのか

コミュニケーション・文章術
約4分で読めます
『High Conflict よい対立 悪い対立』

意見の合わない相手と話していて、途中から「議論の中身」がどうでもよくなった経験はありませんか。

最初は子どもの教育方針の話だったのに、気づけば「あの人は人として信用できない」になっている。職場の方針の対立が、いつのまにか派閥同士の意地の張り合いになっている。

私もあります。後から振り返ると、自分でも何にあれほど腹を立てていたのか思い出せない。

アマンダ・リプリー氏の『High Conflict よい対立 悪い対立 世界を二極化させないために』は、そういう「抜けられない対立」の正体を解き明かす本です。

著者の出発点は、少し意外なところにあります。問題は「対立すること」そのものではない。対立には人を成長させる健全なものと、すべてを焼き尽くす不健全なものがあって、私たちが本当に警戒すべきなのは後者だけだ、と。この区別から本書は始まります。

図解

こんな人におすすめ

逆に「論破できれば勝ち」だと思っている人ほど、この本で足元をすくわれます。著者が差し出すのは、正しさで相手を負かす技術ではなく、対立そのものから抜け出す技術だからです。

この本の核心――「なくす」のではなく「質を変える」

本書の土台にあるのは、対立を二つに分ける視点です。激しくやり合っても相手の尊厳が残り、議論がどこかへ向かっていく「健全な対立」。そして「善と悪」「わたしたちと彼ら」という構図が固まり、打ち負かすこと自体が目的化していく「不健全な対立」。

著者は後者を、動物がはまって抜け出せなくなるタールの沼にたとえます。やっかいなのは、はまっている本人にはそれがわからないこと。視野が狭まり、相手の問題点だけがはっきり見えてくる。心当たりがありすぎて、読みながら少し怖くなります。

対立は火によく似ている。生きていくためにはある程度の火が不可欠だ。火がないと、人生はもっと悪くなる。

だから目指すのは火を消すことではなく、火事にしないこと。この発想の転換が効いてくるのは、自分が「正しい側」にいると信じているときほど、人は沼にはまりやすいからです。著者はその実例として、対立解決のプロが自ら泥沼に沈んでいく話を冒頭に置いています。これが効きます――が、誰がどう転落するかは本書で味わってほしい。

正論が通じない理由――「コミュニケーションの幻想」

不健全な対立に対して、私たちはつい「事実を示せば相手はわかる」と考えます。本書を読んで一番ハッとさせられたのが、ここが根本的な落とし穴だという指摘でした。

コミュニケーションにおける最大の問題は、それが成立しているという幻想だ。

著者はこれを、ある単純な実験で裏づけます。有名な曲を頭で鳴らしながらテーブルを叩き、聴き手に曲名を当てさせる。叩く側は「半分くらいは伝わる」と思っている。ところが実際の正答率は、目を疑うほど低い。自分の頭ではメロディが鳴っているから相手にも届いている気がするが、相手にはコツコツという音しか聞こえていないわけです(具体的な数字は本書で確かめてほしい。想像よりずっと低いです)。

しかも事実を並べて論破しようとすると、確証バイアスが働いて相手はますます態度を硬化させる。知識や学歴があれば相手を正確に理解できる、というわけでもない。むしろ偏見を強めることすらある、という耳の痛いデータも紹介されます。

ここまでで「ではどうすれば」と前のめりになるはずです。本書の後半は、その具体的な処方箋に充てられています。

沼から抜け出す技術――まずは「ルーピング」だけでも

著者が示すツールの中で、私がいちばん日常で使えると感じたのが「ルーピング(理解の輪を完成させる)」です。

やることはシンプルで、相手の話を聞き、その言わんとすることを自分の言葉で要約し、「これで合っていますか?」と確認する。ただのアクティブリスニングと違うのは、「自分は理解されている」と相手に実感させるところまでやり切る点です。

耳を傾けることは、同意することではない。相手の言うことを正当化することでも後押しすることでもない。

ここが肝だと思います。賛成しなくていい。ただ相手が言いたいことを正確に受け取って返す。それだけで対立の温度が下がる。人は「理解された」と確信して初めて、頑なな心をゆるめ、自分から矛盾を認められるようになる――この順序が、説得をめぐる常識を静かにひっくり返します。

本書にはこのほかにも、表面の争点の裏に隠れた本当の欲求を見抜く視点、世界を「善か悪か」に単純化しない物語の持ち方、関係の土台をつくる日頃の小さな積み重ね、集団同士の対立をほどく条件など、いくつもの技術が並びます。ただ、ここで全部を並べるのは野暮でしょう。まずはルーピングを一回試してみて、効いた感触を持ったまま本書のほかのツールへ進むのが、いちばん腹落ちする読み方だと思います。

どんな人に、どう効くか

この本は「対立をなくしたい人」より、「対立から消耗している人」に効きます。論破のテクニック集を期待すると肩透かしを食らうはずです。逆に、波風を立てたくなくて意見の衝突から逃げ続けてきた人――かつての私のような人には、刺さると思います。

著者は対立そのものを悪者にしません。火と同じで生きていくのに必要なものだ、と言い切る。問題は対立するかどうかではなく、その対立のさなかでも相手への好奇心と尊厳を手放さずにいられるか。たったそれだけの違いが、成長と破滅を分ける。

明日、意見の合わない相手の話をひとつ、最後まで聞いてみる。賛成しなくていい。ただ「あなたが言いたいのはこういうこと?」と返してみる。そこから景色が変わり始めるかどうかは、ぜひ自分の対話で試してほしいと思います。


合わせて読みたい

『わかりあえないことから』平田オリザさん 本書の「物語を複雑にする」と深く響き合う一冊。「わかりあえる」という幻想を手放すからこそ、違う相手と関われる。二項対立を崩す感覚を、対話の原理から補強してくれます。

「感情的にならず、論理的に」という教えの、致命的な誤り 正論で論破するほど相手が頑なになる――本書のこの指摘を、もう一歩日常に引き寄せたコラムです。感情を抜きにした対話の限界を考えたい人に。

『まず、ちゃんと聴く。』櫻井将さん 本書の最強ツール「ルーピング」を、より実践的に深めたい人へ。「聴いているつもり」がいかに相手を傷つけるか。理解を相手に届ける技術が学べます。


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