部下の話を聞いている。ちゃんと向き合っている。──本当にそうでしょうか。
「ちゃんと話を聞いてる?」と言われてムッとした経験のある人は少なくないはずです。自分では聞いているつもりなのに、相手には届いていない。この食い違いの正体を、本書は最初の数ページで言い当てます。
櫻井将氏は、エール株式会社を通じて企業で働く人々に年間3万件以上のオンライン1on1セッションを提供し、自身も経営者としてメンバーとの1on1を年間300回ほど、研修も年間50回以上重ねてきました。いわば「聴くこと」の最前線に立つ実務家です。
その膨大な現場から見えてきたのは、多くの人が「聴いているつもり」で、実は「聞いている」だけだという現実でした。
本書のタイトル『まず、ちゃんと聴く。』の「まず」という一語に、主張のすべてが詰まっています。聴くことが唯一の正解だ、とは言っていない。聴くと伝えるは両方必要で、ただ順番がある。だから「まず」聴く。そういう本です。

こんな人に読んでほしい
1on1を制度として導入したのに、何を話せばいいかわからず気まずい沈黙が流れてしまうマネージャー。「何を考えているかわからない」と部下に思われている上司。
何度注意しても遅刻やミスを繰り返す部下に、もう何を言えばいいのかわからなくなっている人。「厳しく言うとパワハラと取られそうで、結局何も言えない」と伝える勇気を失っているリーダー。
そして、コーチングの本で傾聴を学んだのに「聴くだけでは仕事が前に進まない」という壁にぶつかった人。こうした現場のリアルな手詰まりに、本書は精神論ではなく具体的な「型」で答えてくれます。
「聴く」と「伝える」を、対立させない
世の中の傾聴本やコーチング本の多くは、「聴く」ことの大切さを説いて終わります。本書のユニークさは、そこで止まらないところにあります。
「聴く」と「伝える」を、対立するものではなくコミュニケーションの両輪として扱う。そのうえで、どんな状況でどちらをどう使い分けるかという「黄金比」にまで踏み込む。これが本書独自のポジションです。
背景にあるのは、組織の変化です。終身雇用や年功序列が崩れ、働き方も価値観も多様になった今、上から下へ一方的に指示を流す「上意下達」のコミュニケーションは機能しなくなっています。
序文を寄せた篠田真貴子氏は、これからの組織を「ブロック塀」ではなく「石垣」にたとえます。同じ形の石を積むブロック塀ではなく、大きさも形もバラバラな石を組み合わせて強さを生む石垣。多様な個人を活かす第一歩が、一人ひとりの話をちゃんと聴くことだというわけです。
著者の強みは、コーチングやNLP(神経言語プログラミング)といった心理学の知見を、現場で明日から使える「型」に落とし込んでいる点にあります。抽象論で終わらせず、マトリクスや具体的な問いのフレーズとして手渡してくれます。
「聞く」と「聴く」は、まったくの別物
本書の出発点は、「聞く」と「聴く」の再定義です。
多くの人は「黙って口を挟まず耳を傾けること」が「聴く」だと思っています。でも櫻井氏の定義は違う。分かれ目は、黙っているかどうかではなく、自分の解釈が入るかどうかです。
自分の評価・分析・判断(ジャッジメント)を交えて耳に入れるのが「聞く(with ジャッジメント)」。頭の中で解釈していれば、たとえ口を閉じていても、それは「聞く」です。
一方、自分の解釈を脇に置き、相手の視点で理解しようとするのが「聴く(without ジャッジメント)」です。
たとえば「学校に行きたくない」と子どもが言ったとき。「頑張って行ってみようよ」と励ましたり、「なぜ行きたくないの?」と原因を探ったりする。どちらも寄り添っているように見えて、親の視点で解釈し解決しようとしているので「聞く」です。
「そうなんだね。行きたくないんだね」と相手の言葉をそのまま受け止める──これが「聴く」です。
ここで誤解を一つ解いておく必要があります。「ちゃんと聴く」は、我慢して聞くことでも、相手の意見に従うことでもありません。意見を押し殺して耐えるのは「聴く」ではない。聴いた上で従うかどうかは、その後の別の判断です。
共感についての捉え方も独特です。共感とは「自分もそう思う」と同調することではない。自分と異なる意見であっても「あなたはそう思っているのですね」とジャッジせずに寄り添う。これが本書のいう共感(エンパシー)です。同調しなくていい、と知るだけで肩の荷が下りる人は多いはずです。
すべての言動の裏に「肯定的意図」がある
「聴く」の土台にあるのが「肯定的意図」という概念です。本書で最も重要な考え方と言っていいでしょう。
社会的に望ましくない行動でも、自分と対立する意見でも、その背景には必ずその人なりの肯定的な目的がある、と信じる。これはNLPの開発者の一人ロバート・ディルツ氏が提唱した原則で、攻撃的な行動や恐怖、怒りの裏にも肯定的な目的があると説きました。
大事なのは「振る舞い」と「意図」を切り離すことです。相手の不適切な行動そのものを肯定する必要はない。でも、その行動を引き起こした意図は理解しようとする。この分離ができると、相手を責める代わりに、新しい選択肢や代替案を一緒に探せるようになります。
部下が文句や愚痴を言ってきたとき、内容に納得できなくても「この発言の背景には、この人なりの意図があるはずだ」と発言と意図を切り分けて受け取りにいく。異なる意見をぶつけ合う前に、まずお互いの意図を交換しようとする。それが対立を乗り越える土台になります。
著者はここで小説家・平野啓一郎氏の「分人主義」も引きます。本当の自分は一つだけではなく、対人関係ごとに生まれる複数の人格すべてが本当の自分だ、という考え方です。
自分の中の対立する人格それぞれの肯定的意図を認められるようになると、他者の多様性を認めて聴く力にもつながっていく。聴く力は、まず自分の内側を聴くことから育つわけです。
聴く力は、技術だけでは決まらない
櫻井氏は聴く力を一つの方程式で表します。
聴く力 = 聴く技術(あり方 × やり方) × コンディション。「あり方」は肯定的意図を信じる信念、「やり方」は表情や声のトーンを扱う非言語スキルと言葉を扱う言語スキル。そして見逃せないのが「コンディション」、つまり心身の状態です。
どんなにスキルが高くても、寝不足やストレスで自分の状態が悪ければ、人は聴けません。この変数を方程式に組み込んでいるところに、現場を知る人の発想が出ています。
重要な1on1の前に体調や感情を整える、オンラインならあえて画面をオフにして音声に集中する。そうした準備も聴く力の一部だと位置づけられます。
非言語スキルにも誤解があります。相手の動作をただ真似る(ミラーリング)のが目的ではありません。相手が語る場面を想像し、一緒にその情景を体験しようとする。その結果として、自然と非言語の状態が相手と似てくる。順序が逆なのです。
その裏付けとして著者はメラビアンの法則を紹介します。言葉と話し方と表情が矛盾するメッセージを受け取ったとき、伝わる割合は言語情報が7パーセント、聴覚情報が38パーセント、視覚情報が55パーセントだった、という心理学者アルバート・メラビアン氏の実験です。
何を言うかだけでなく、どう在るかが相手に届くということです。
言語スキルでは「聴くMAP」という脳内地図が登場します。時間軸(過去・現在・未来)、価値の軸(プラス・マイナス)、具体度・抽象度の3つで会話の現在地を捉え、展開・具体化・抽象化・俯瞰という4つの質問で話題を案内していく。
これは平本あきお氏と宮越大樹氏の「目線切り換えマップ」に、著者が抽象度の軸を足して発展させたものです。場面を具体化するときの目安は「5秒間を切り取るくらい」。
30秒では長すぎる、という細かさまで書かれています。
「ゾーン3」を見つけて、感謝を伝える
伝える技術の核が「FBマトリクス」です。仕事や振る舞いを「他者への貢献度」と「発生頻度」の2軸で4つのゾーンに分けます。
頻度が高く貢献度も高い行動(ゾーン1)は、きちんと言葉にして称賛する。頻度は高いが貢献度が低い行動(ゾーン2)は、ミスや問題行動なので指導の対象になる。多くの人が注目するのはこのゾーン2です。
でも本書が光を当てるのはゾーン3。「発生頻度は低いが、貢献度が高い」行動です。いつも遅刻する部下が、たまたま時間通りに来た日。いつもはお皿を洗わない夫が、月に1回だけ洗った日。そういう例外的にうまくいった瞬間のことです。
なぜゾーン2を指摘するのではダメなのか。人間には「脳内にイメージしたものを実現しようとする習性」があるからです。否定語はうまく認識されにくく、「遅刻しないで」と言えば「遅刻」がイメージされ、かえってその行動が強化されてしまう。
不足を指摘するほど、その事象の頻度がむしろ上がっていくのです。
だからゾーン3を見つけ、そこに感謝を伝える。「今日は時間通りに来てくれて助かったよ」。ポイントは、褒める(評価する)のではなく、感謝・貢献として伝えること。すると相手の脳内に望ましい行動のイメージが定着し、自然とその頻度が上がっていきます。
ここで著者はパラダイムの転換を促します。「伝え方」を工夫するのではなく、「注目する切り口」を工夫する。言い方を優しくしたり厳しくしたりするのではなく、そもそも見る事実を、できていない部分からできている部分へ変えるのです。
実際の効果も正直に語られています。ある会社では、最初は「聴く」に懐疑的だった管理職全員がこのアプローチを学んで実践しました。すると約3か月後、ミーティングで全員が話すようになり、心理的安全性のスコアが驚くほど改善したそうです。
変化が表れるまでに3か月かかった、という時間軸まで隠さず書かれているのが信頼できます。
「なぜ」を「なに」に変えるだけで、対話が変わる
聴く技術の中で、すぐ使えるのが「なぜ → なに」の変換です。
「なぜそう思うの?」と聞くと、主語が「あなた」になり、相手は「正しい答えを言わなければ」と責められているように感じます。これを「何が、そう思わせるの?」に変えると、主語が「何」になり、「あなたの心の中の要因を一緒に探そう」というニュアンスに変わります。
この変換が効くのは、姿勢の違いを生むからです。「相手」に関心を持つのではなく、「相手の関心事」に自分も関心を持つ。相手を分析・評価するのではなく、相手が見ている世界を一緒に見ようとする。すると非言語も自然にシンクロし、相手は安心して話せるようになります。
ただし本書は「ずっと聴く」を勧めているわけではありません。話が複雑だったり、相手の中にまだ答えがない未経験の領域では、聴くだけでは前に進みません。そういうときこそ「まず」聴いて状況の解像度を上げ、その上で知識や経験に基づいてアドバイスを「伝える」方が役立ちます。
聴くと伝えるの使い分けを担うのが「観察力」です。本書はこれを「PIマトリクス」で整理します。縦軸に「言動・思考・感情・価値観」、横軸に「人生・キャリア・役職・タスク」を置く図です。
価値観や感情といった内面的なレイヤーは評価せず「聴く」、タスクや言動といった実務的なレイヤーは判断を入れて「伝える」、という指針になります。
そして本書はこう釘を刺します。自分の観察による判断は、適切でないこともあるという前提から始めること。経験豊富なリーダーほど、過去の成功体験から無意識に「伝える」を選びがちだからです。自分のバイアスを疑う姿勢が改善の第一歩になります。
迷ったときの最も確実な方法も教えてくれます。「今日は話を聴いて一緒に考えるのがいいか、私のアドバイスがほしいか」と相手に直接確認する。判断を抱え込まず、相手に聞いてしまう。シンプルですが、いちばん失敗が少ない方法です。
実践アクション:今日から始める3ステップ
1. 「なぜ」を「何」に変えて質問する
誰かの考えを深掘りしたいとき、「なぜそうしたの?」を「何がそうさせたの?」に言い換えてみてください。
たった一語ですが、相手は責められる感覚から、一緒に答えを探す感覚へ切り替わります。よくある失敗は、「なぜ」と聞いた瞬間に相手が防御モードに入り、本音が出なくなることです。
2. 身近な人の「ゾーン3」を1日1つ見つけて感謝を伝える
部下や同僚、家族の「いつもはできていないけど、今日は例外的にうまくできたこと」を1つ見つけ、「〇〇してくれてありがとう」と感謝として伝えてください。
よくある失敗は「いつもはできないのに」と添えてしまうこと。それは指摘です。純粋に感謝だけを渡してください。まずは自分自身のゾーン3を1日3分探すところから始めると、他者のゾーン3も見つけやすくなります。
3. 対立したら「最初の5秒」だけ聴く
意見が合わないとき、「でも」「いや」と反論したくなるのをこらえ、最初の5秒だけ聴いてみてください。文字のやり取りなら最初の1行を「なるほど、そうお考えなのですね」と受け止めに使う。
よくある失敗は、受け止める前に自分の意見を述べ始めることです。最初の5秒の使い方で、その後の対話の質が変わります。
おわりに
「聴く」は才能でも性格でもなく、技術です。
新しい技術を身につけるプロセスは、4つのステージをたどります。「知らないからできない(無意識・無能)」から、「知っているができない」「考えればできる」を経て、「考えなくてもできる(無意識・有能)」へ。
誰でも段階的に上っていける、とゴードン・トレーニング・インターナショナルが普及させたモデルを引きながら著者は言います。
最初は失敗して当たり前。だからまずは、コンビニの店員さんのように利害関係の薄い相手への「ありがとう」から試す。そして小さな成功を称え合える仲間をつくる。それが続けるコツです。
櫻井氏は終盤で、これからの時代の最大の「Give」は「聴くこと」だと語ります。あなたが誰かの話をちゃんと聴くことが、空間を超え、時間を超える「聴くの連鎖」の一歩になる。今日、誰か一人の話を、3分だけ、否定もアドバイスもせずに聴き切ってみる。そこから始めてみてはどうでしょうか。
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