「正論を言ったのに、なぜか相手が頑なになった」。この経験に心当たりがあるなら、本書はあなたの常識を一度ひっくり返してくれます。
職場やチームで「あの人は強情でやりにくい」と感じる相手がいる。その強情さの正体を、レス・ギブリン氏の『人望が集まる人の考え方』はあっさり言い当てます。相手の自尊心が、お腹を空かせて不機嫌になっているだけだ、と。
原題は How to Have Confidence and Power in Dealing with People。デール・カーネギーの『人を動かす』と同じ系譜に立つ古典ですが、本書の値打ちは「なぜそうすべきか」という心理メカニズムを正面から説明している点にあります。
ルールの暗記ではなく、人が動く原理の理解。だから一度腑に落ちると、応用が利きます。
この記事では、本書が何を問題にし、どんな論理で答え、明日から何を変えればいいのかを、編集部なりの解釈を交えて整理していきます。

まず突きつけられる「成功の85%」という数字
本書はいきなり身も蓋もない統計から始まります。
カーネギー工科大学が1万人の工場労働者を調べたところ、仕事上の成功のうち専門的なスキルで説明できたのはわずか15%。残りの85%は、他人とうまくかかわる能力によるものでした。技術や知識は、成功の構成要素として2割にも届かなかったわけです。
裏づけは一つではありません。ハーバード大学が解雇された数千人を追跡すると、仕事の失敗で職を失った人より、人間関係のつまずきで失業した人のほうが2倍多かった。
心理学者ウィガム博士が失業者4000人を調べた研究では、能力不足で職を失ったのは1割で、残りの9割は対人関係が原因だったといいます。
念のため収入の話も。パーデュー大学の技術者を5年以上追った記録では、学業成績が最高だった層と最低だった層の年収差はたった200ドル。ところが対人スキルにたけた人は、成績優秀者より約15%、対人スキルが拙い人より約33%も多く稼いでいました。
ここで大事なのは、本書がこの「人間関係の技術」を、生まれつきの性格や運ではなく、後天的に学べるスキルとして扱っていることです。人望は才能ではなく、習得できる技術である。
この前提に立てるかどうかで、本の読み方が根本から変わります。著者は、この技術をマスターすれば成功への道のりの約85%、幸福への道のりの約99%に到達できると断言します。
誇張に聞こえますが、これだけ統計を並べられると、無視はしづらくなります。
「奪う」でも「媚びる」でもない、第三の道
では、その技術の根っこにある思想は何か。
著者は人間関係の構え方を3つに分けます。1つ目は相手を脅して奪い取るやり方。2つ目は相手に媚びへつらって与えてもらうやり方。そして本書が一貫して勧めるのが、3つ目――ギブアンドテイクの精神による公平な交換です。
ここで一つ誤解を解いておく必要があります。私たちはつい「自分が得をすると、誰かの取り分を奪うことになる」と考えがちです。パイの奪い合いという発想ですね。
でも本書はそれを否定します。幸福な人や成功者ほど、周囲により多くの恩恵をもたらしている。だから他人を喜ばせるために自己犠牲を払う必要はない、というのです。
本書の核心を一文で言うなら、これに尽きます。
「よい人間関係とは、自分が求めているものを手に入れるのと引き換えに、相手が求めているものを与えることだ。」
注意したいのは、これが「自分の欲求を抑えて尽くす聖人になれ」という話では一切ないことです。あくまで自分が欲しいものを手に入れるための、現実的な交換の技術。
むしろ、自分の利益を堂々と追ってよいと許可してくれる本だと、編集部は読みました。利他を装った我慢の押し売りではない。そこが、この古典がいまも読まれる理由の一つだと思います。
ただし著者はすぐに釘を刺します。心の中で相手をつまらない存在とみなしているかぎり、どんなルールを実行しても無意味だ、と。形式だけのほめ言葉は、必ず見透かされる。誠実さが前提にある技術だという但し書きは、本書を通して何度も繰り返されます。
自尊心は「胃袋」だった――本書最大の発見
では、相手が求めているものとは具体的に何なのか。ここが本書のいちばんの発見です。答えは、自尊心。「自分は重要な存在だ」という感覚です。
著者は、世界中の人が最も飢えているものの一つは「自分の重要感」だと言い切ります。そして人間の習性を4つに整理します。すべての人は自分本位で、自分自身に最も強い関心を持ち、自分が重要だと感じたがり、他人に認められたいと思っている。
面白いのは、自尊心を「胃袋」にたとえる比喩です。
1日3食しっかり食べている人は、胃袋のことをいちいち意識しません。同じように、自尊心が満たされている人は寛容で協力的でいられる。ところが自尊心が飢えると、人は急に強情で意固地になり、他人に批判的になる。お腹が空くと誰でも不機嫌になる、あれと同じだ、というわけです。
この比喩から、本書最大のパラダイムシフトが導かれます。自己中心的で扱いにくい人は、自尊心が高すぎるのではなく、むしろ低すぎる。自分を守ることに精一杯で、他人を思いやる余裕が残っていないだけだ、と。
これは効きます。私たちはふつう、偉そうで攻撃的な人を見ると「自尊心が肥大している」と解釈し、鼻をへし折ってやりたくなる。でも本書の論理に従えば、それは飢えた相手にさらに殴りかかるようなもので、火に油を注ぐだけ。だから著者は、気難しい人への対処法はたった一つだと断言します。
「気難しい人に対処する効果的な方法は、たったひとつしかない。その人が自分自身をより好きになるのを手伝うことだ。」
自尊心の飢えが人をどれだけ非合理にするか、本書は極端な例も挙げます。話の途中で居眠りされたことに激怒した男や、出っ歯をからかわれた末に強盗に走った少年。
歴史上の逸話もあります。オグルソープ将軍は、新大陸の植民地建設の許可を求めて最初は正論で迫り、ジョージ2世に断られた。ところが「国王のお名前にちなんだ植民地はまだございません」と王の自尊心をくすぐる提案に切り替えたところ、13番目の植民地「ジョージア」の建設許可と資金を引き出せたといいます。
正論ではなく、自尊心が人を動かした。
著者はこの自尊心への渇望を「心の飢餓感」と呼び、誰もが持つ「他人の価値を認め、受け入れ、尊重する力」を「隠れ資産」と名づけます。コストはゼロで、気前よく差し出すほど自分に返ってくる資産。ここが本書の中心軸です。
相手の態度は、自分が最初に鳴らす「主音」の反射
自尊心の話と並んで重要なのが「鏡の法則」です。人間には、相手の行動や態度に同じ調子で反応する習性がある。
自分が敵対的な空気を作れば相手も身構え、自分が笑顔と自信で接すれば相手も信頼を返してくる。つまり、相手の出方をコントロールしているのは、実は自分が最初に出す態度なのだ、ということです。
本書はこれを「主音の設定」と呼びます。主音とは、音楽でその曲の調子を決める基準の音のこと。会話でも、最初に発する言葉や表情が、その後の雰囲気全体の調子を決めてしまう。
「自分が望む『主音』で会話を始めれば、相手の行動と態度を驚くほどコントロールすることができる。」
裏づけとして、ケニオン大学の言語研究センターと米海軍の実験が紹介されます。通信装置でさまざまな声量で質問を投げると、聞き手は話し手と同じ大きさの声で返事をした。声の調子という単純な刺激ひとつで、相手の反応を誘導できてしまうわけです。
ここから人を惹きつけるコツも導かれます。本書は自然界をたとえに使います。花はミツバチに説教して受粉させるのではなく、ただ蜜を差し出す。「蜜は酢より多くのミツバチをひきつける」という格言の通り、人も相手が飢えている承認や重要感という「蜜」を先に出すべきだ、と。
具体的な蜜の一つが、本物のほほ笑み。著者は鏡の前で楽しいことを想像しながら口角を上げる練習まで勧め、名セールスマンのフランク・ベトガーがその習慣で成績を伸ばした逸話を添えています。
編集部として一つ補足すると、この「主音」の考え方は、責任の所在を自分に引き戻す点で少し厳しい教えでもあります。相手の冷たさを相手のせいにできなくなるからです。
後述しますが、本書は「相手の理不尽な振る舞いの約95%は、自分が無意識にそう仕向けている」とまで言います。耳は痛いですが、裏返せば、自分の出方次第で関係は変えられるという希望の話でもあります。
会話上手は、しゃべらない人だった
話し方の章で、本書は気持ちのいい逆説を放ちます。会話上手になる秘訣は、気の利いたことを言うことでも、面白い話を披露することでもない。相手の心を開いて、相手に話してもらうことだ、と。
人間は自分のことに一番興味があります。だから質問を投げて相手に語らせ、じっくり耳を傾ける。それだけで、相手はあなたを「思いやりがあって、頭のいい人」だと高く評価してくれる。
象徴的なのが詩人ウォルト・ホイットマンの逸話です。ある見知らぬ人との会話で、ホイットマンが数分間しゃべり続け、相手はほとんど口を開かなかった。
それなのにその相手は後に「彼は非常に利口な人だ」と評した。理由は、自分の話によく耳を傾けてくれたから。よく聞く人ほど、賢いと思われる。
皮肉ですが、人間の本質を突いています。
会話の入り口で気負う必要もありません。いきなり気の利いたことを言おうとせず、出身地や天気といったありきたりな話題でウォーミングアップし、そこから少しずつ相手に主役を譲っていけばいい。SNSで「うまく返さなきゃ」と力む現代の私たちにこそ、効く処方箋だと思います。
「やっておいて」を「知恵を貸して」に変える
人に何かを頼むとき、私たちはつい「これをやってください」と要求してしまいます。本書は、これこそ協力が得られない原因だと指摘します。
代わりに使うべきは「アドバイスを求める」という形です。
単に作業を手伝ってと頼むのではなく、「知恵を貸してもらえませんか」とアドバイスを求める。
著者によれば、人は知恵を求められなければ、心理的に体力を100%発揮できない。逆にアドバイスを求められた瞬間、相手はその案件を「自分の問題」として引き受け、知力と体力の両方で全面的に協力するようになる。当事者意識のスイッチを、頼み方の一言で入れてしまうわけです。
これを組織に広げたのが「参加型の経営」です。上から命令を下すのではなく、関係者に「みんなで知恵を出し合って解決しよう」と問いかける。自分が決定に加わった事柄には、人は進んで責任を持つ――その習性を使います。
アンスル・ケミカル社のロバート・フード社長は、コスト削減を迫られたとき説教を一切せず、従業員の委員会を作って知恵を募りました。すると従業員自身が旅費や切手代の節約策まで考案し、売上の伸び9%に対し純利益は40%も増えたといいます。
同じ系統に「暗示の力」もあります。頼み込むのでも命令するのでもなく、相手の能力を信頼して期待をかける。
「相手を信頼していることを知らせれば、相手は自分が信頼に値する人物であることを証明しようと努める。」
価格統制委員会のフーバーは、統制に違反していた商人を、あえて法令順守委員会の委員長に任命しました。すると商人は自ら統制を厳守し、ほかの商人まで説得して回るようになった。期待を先に渡すことで、人は変わる。性悪説で監視を強める発想とは正反対の打ち手です。
注意するなら、相手の自尊心を守りながら――7つのルール
人を動かす技術と対になるのが、人に注意を与える技術です。注意の目的は相手を向上させることであって、自尊心を傷つけることではない。この一点を外すと、注意は単なる憂さ晴らしに堕ちます。
本書はここで7つのルールを示します。中心的なフレームワークなので、省かずに挙げます。
- 1対1で与える――人前で恥をかかせない。
- ほめ言葉で前置きする――いきなり否定せず、まず相手を安心させてから入る。
- 「相手の行為」に注意を与える――人格ではなく、起きた行為に限定する。
- 正しい方法を教える――間違いの指摘で終わらせず、どうすればよかったかまで伝える。
- 要求ではなく依頼にする――命令ではなく、お願いの形をとる。
- 注意は1回にとどめる――2回は不要、3回はしつこい。蒸し返さない。
- 友好的に話を終える――最後は励まして締める。
著者は、注意を与える技術はほとんど知られておらず、99%の人がそれを苦手としていると言います。だからこそ、このルールを押さえているだけで差がつく。
そして耳の痛い指摘も添えられます。私たちは注意するとき「あなたのためを思って言っている」と前置きしがちですが、そのうち約95%は本当は相手のためではなく、相手の欠点をあげつらって自分の自尊心を満たしているだけだ、と。
注意の前に、自分の動機を一度疑う。これだけでも、言葉の鋭さはずいぶん変わるはずです。
議論に勝つ唯一の方法は、論破しないこと
意見が対立したとき、私たちは相手を論破して打ち負かそうとします。でも本書は、それでは絶対に勝てないと言い切ります。
「議論に勝つための唯一の方法は、相手が自らの意思で賛同するように働きかけることである。」
論破は相手の自尊心への攻撃なので、相手はかえって頑なになる。論理で打ち負かしても、感情で負けを認めない。本当の勝利は、相手が自分から納得することだけだ、というわけです。
そのための作法がいくつか挙がります。即座に「ノー」と返さず、答える前に少し間を置く。「たしかにそれも一理あります」と一部譲歩し、100%勝とうとしない。
ベンジャミン・フランクリンは「私が間違っているかもしれませんが」と控えめに切り出す習慣で多くの反対を乗り越え、合衆国憲法の成立にまでこぎつけたといいます。
そして最も大事なのが、逃げ道の用意です。
「相手が面目を保てるように逃げ道を準備する。」
相手のミスを指摘するときも「事実関係を把握していなかったのだから無理もない」と、メンツを保つ言葉を添える。人は自分の非を素直に認めるのが難しい生き物だからです。
ニューヨーク大学の2人の教授が7年間で1万件の議論を観察した研究でも、相手をやりこめようとするプロの論客より、自尊心を傷つけず逃げ道を残すセールスマンのほうが説得に長けていました。
説得の調子そのものにも根拠があります。イェール大学の心理学者が歯の衛生について「強烈な脅し」「穏やかな脅し」「脅しなしで冷静に事実提示」の3パターンで講義したところ、最も真面目に実行したのは脅されなかったグループでした。
恐怖をあおるより、冷静な事実のほうが人の行動を変える。叱責や脅しに頼りたくなる場面ほど、思い出したい結果です。
結局いちばん効くのは、ほめ言葉
最後に、本書が「奇跡の妙薬」と呼ぶほめ言葉です。
「ほめ言葉は人間の精神を活性化する」
これは精神論ではありません。心理学者ヘンリー・ゴダード博士は、エルゴグラフという装置で疲れた子どものエネルギーを測定しました。子どもをほめるとエネルギーが急上昇し、叱ると急降下した。ほめ言葉が肉体的な活力まで左右することが、数値で示されたのです。
ただし、ほめ方には2つのルールがあります。1つ目は、形式的なお世辞ではなく誠実な気持ちでほめること。ささいなことでも本気でほめるほうが効きます。
2つ目は、相手そのものではなく、相手の行為や性質をほめること。「あなたは素晴らしい」ではなく「あなたが作ったこの資料は素晴らしい」。行為に限定すれば誠実さが伝わり、うぬぼれを招かずに良い行動だけを引き出せます。
承認がどれほど軽視されているかも、データが教えてくれます。全米小売業者協会の調査で、従業員は「自分の功績を認めてもらうこと」を最も重要なことの1位に挙げたのに、経営者はそれを7位だと考えていた。
この認識のズレが、現場の不満を静かに育てている。逆に、従業員の功績をきちんと認めるリンカーン・エレクトリック社は、他社の工場より12倍も高い生産性を達成したといいます。
明日からの3つの実践
本書の提案から、今日すぐ試せることを3つに絞ります。
第一に、毎日5人に、行為を具体的にほめる。心理学者クレイン博士が勧めた「ほめようクラブ」に入ったつもりで、認めるべき点を探して声に出す。コツは人格ではなく行為に限定すること。「この資料、構成がわかりやすいですね」と具体的に。
第二に、頼み事を「知恵を貸して」に言い換える。「これやっておいて」ではなく「ここで困っているので、知恵を貸してもらえないか」と相談する。相手を問題解決のチームに引き入れると、全面協力が返ってきます。
第三に、誰かのミスを指摘する前に立ち止まる。1対1の場か、ほめ言葉から入ったか、逃げ道を用意して面子を保たせているか。この3点を心の中で確認してから、冷静に事実だけを伝える。
本書を読んで一番こたえるのは、相手の理不尽な振る舞いの約95%は、自分が無意識にそう仕向けていた、という指摘です。相手を変える前に、自分が最初に鳴らす「主音」を変える。それだけで景色が変わるのかもしれません。
ただし忘れてはいけないのは、この技術は誠実さがなければただの操作術に堕ちる、ということ。著者自身が繰り返し戒めています。相手を心の中で軽んじたまま使っても、必ず見透かされて終わる。テクニック本に見えて、実は「相手を本気で大切にせよ」という一冊なのだと思います。
明日、誰かに頼み事をするとき、「やっておいて」を「知恵を貸して」に変えてみてください。返ってくる反応の違いに、たぶん驚きます。
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