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『キーエンス 高付加価値経営の論理』延岡健太郎さん|営業利益率50%超は、暴利ではなく「お役立ち度」の数字だった

戦略・経営・事業 ✍ 延岡健太郎さん
約10分で読めます

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『キーエンス 高付加価値経営の論理』
目次

営業利益率が50%を超える会社、と聞いて、まず何を思い浮かべますか。

多くの人は「下請けを叩いて、顧客に高く売りつける強欲な会社」を想像します。私も正直、最初はそう思っていました。キーエンスという名前には、どこか「ブラックで荒稼ぎしている」という影がつきまといます。

年収が高いという話を聞けば、なおさら「どこかにしわ寄せがあるはずだ」と勘ぐりたくなる。

でも本書を読むと、その印象は逆さまにひっくり返ります。延岡健太郎さんの『キーエンス 高付加価値経営の論理』は、長年キーエンスを研究してきた経営学者が、その異常な高収益の正体を一枚ずつ解剖していく一冊です。

結論から言ってしまえば、あの利益率は暴利ではなく、顧客の利益をどれだけ増やしたかを示す「お役立ち度」の数字だった――これが本書の核心です。

なぜそう言い切れるのか。その論理の組み立て方こそが、いちばんの読みどころになっています。

図解

こんな人に効く本

特に、次のような場面で行き詰まっている人に刺さると思います。

逆に、カリスマ経営者の武勇伝や、すぐ真似できる小手先のテクニックを期待すると肩透かしを食らいます。本書が描くのは、地味で、論理的で、組織の隅々まで一貫した「仕組み」だからです。

だからこそ、表層だけ真似ても回らない。そのことを本書自身が繰り返し釘を刺してくるのが、私には誠実に感じられました。

「利益=社会貢献」という出発点

著者がまず壊しにかかるのは、「キーエンス=利益至上主義のブラック企業」という先入観です。

実態はむしろ逆でした。2022年3月期の従業員平均年収は2,183万円。法人税等の支払いは約1,320億円にのぼり、リストラもしていない。潤沢な雇用と納税という形で、生み出した価値を社会にきちんと返している。

著者はこれを「ホワイトな社会貢献企業」と呼びます。儲かっているのに後ろめたさがない、という珍しい立ち位置です。

ここで本書の根っこにある哲学が顔を出します。

社会の限られた資源を活用して最大の付加価値を創出することが社会貢献

付加価値とは、ざっくり言えば粗利(売上総利益)のことです。原材料を仕入れ、それにどれだけの価値を上乗せして売れたか。キーエンスはこの粗利を「お役立ち度合いの指標」と捉え、創業以来ずっと8割程度を目標に置いてきました。

実際、2021年度の売上総利益率は82%。NECや三菱電機が30%に届かないことを思えば、これは桁が違う。利益を最大化することがそのまま社会貢献になる――この一見ドライな主張が、本書の全議論の土台になっています。

ここがブレないから、以降の話がすべて一本の線でつながっていくのです。

営業利益率55%は、なぜ暴利ではないのか

ここがいちばん腹落ちするところでした。

普通に考えれば、営業利益率55%なんて「顧客から取りすぎ」に見えます。でも著者の説明はあっけないほどシンプルです。キーエンスの商品を導入することで、顧客企業が100万円のコスト削減(=利益増加)を実現できるとする。

その効果が確実なら、商品の価格が50万円でも、顧客は「費用対効果が高い」と判断し、喜んで払う。

つまり高い値段は、顧客がそれ以上に儲かるから成立しているわけです。差し引きで顧客は50万円得をしているのだから、文句が出るどころか感謝される。値段の絶対額ではなく、価値との差分で見れば、これは取りすぎでも何でもない。

この「顧客企業の経済的価値(生産性向上・コスト削減・品質向上による利益増)」を最大化する、という一点に、キーエンスの全活動が集中しています。

すべての活動の目標は、自社の売上ではなく顧客の利益向上に置かれている。だから営業の評価指標も独特で、売上高ではなく「成果額」という独自指標を使います。

これは顧客の利益にどれだけ貢献したかを反映した付加価値ベースの数字です。値引きして数を売っても評価されない。むしろ顧客に本当に効く提案をして、高い費用対効果を生んだかが問われる。

営業の物差しを変えるだけで、ここまで行動が変わるのかと唸らされる設計です。

「何が欲しいか」ではなく「何をしたいか」を聞く

キーエンスの営業は、御用聞きではありません。

顧客が「このセンサーが欲しい」と言っても、すぐには売らない。代わりに「なぜそれが必要なのか」「最終的に何を達成したいのか」を掘り下げ、前後の製造工程まで現場に入り込んで観察します。著者はこれを、ニーズではなく目的を聞く姿勢だと言います。

何を欲しいか(ニーズ)よりも、何をしたいか(目的)を重視するのだ

その結果、「その目的なら、このセンサーをこっちの工程でこう使えば、不具合も減って生産性が倍になりますよ」という、顧客自身も気づいていなかった改善策を提案する。

これが本書の言うソリューション営業の中身です。顧客の言葉をそのまま受け取らない、というのは一見不親切に見えて、実は最も深い親切なのだと気づかされます。

ここを支えているのが直接販売(直販)です。代理店を通さない理由は2つあります。1つは顧客の現場に深く入り込んでコンサルティング提案をするため。

もう1つは、現場で拾った生の課題を新商品開発に流し込むためです。営業が単なる販売部隊ではなく、情報収集とコンサルティングの部隊になっている。

代理店に任せていたら、この一次情報は永遠に手に入りません。直販という選択が、高付加価値化の入口そのものになっているわけです。

ニーズに応えない――生産財における「アート思考」

本書でいちばん刺激的なのが、第3章のSEDAモデルです。

著者は顧客価値を4つの要素で整理します。サイエンスとエンジニアリングが「機能的価値」、デザインとアートが「意味的価値」。技術スペックだけでなく、商品のコンセプトや使い方の革新によっても、顧客に圧倒的な価値を与えられる、という考え方です。

顧客の想定を超えた革新性を技術でもたらせばサイエンスで、商品のコンセプトや哲学の革新性で表現するのがアートである

ここで言う「アート思考」は、顧客の顕在ニーズに応えるデザイン思考の一歩先にあります。顧客が認識している要望をそのまま作っても、価格競争に陥り、大きな利益は生めない。

だから顧客の想定を根本から覆すような解決策を提示する。著者はスティーブ・ジョブズ氏のiPhoneを例に挙げます。調査では、iPhoneはAndroid機が登場した後も10年近く、競合の平均3倍の価格でユーザーに喜んで買われ続けました。

欲しいものを聞いたのではなく、想定を超える体験を提示したからだ、と。生産財メーカーの本でジョブズが出てくること自体、この発想の射程の広さを物語っています。

そして本書が繰り返すのが「技術は目標達成の手段にすぎない」という割り切りです。だからキーエンスは開発者を「技術者」と呼ばず「商品開発担当者」と呼びます。

最新技術を使うこと自体が目的ではない。顧客の費用対効果が変わらないなら、あえて前世代のチップを使うことすらある。技術至上主義を徹底的に排しているのです。

技術好きほど「最新であること」と「顧客が得すること」を混同しがちなので、この冷静な線引きにはハッとさせられます。

マス・カスタマイゼーションと「技術のレバレッジ」

アート思考だけでは、特注品の世界で終わってしまいます。

そこで効くのがマス・カスタマイゼーションです。特定の顧客向けに専用設計したかのような高い価値を、標準設計のまま多数の顧客に展開する。カスタマイズの満足度と、大量生産によるコスト低減を両立させる戦略です。

個別の顧客に向けて専用設計(カスタマイズ)をしたかのような高い顧客価値を実現しつつ、同時に同じ設計で多くの顧客に販売して、大量生産によるコスト低減も実現する

これを可能にするのが、多数の顧客現場に入り込んで共通の課題を吸い上げる学習能力です。キーエンスの顧客企業は全世界で30万社を超え、営業拠点は世界46カ国230拠点。

膨大な現場情報が集まるから、汎用品でありながら個々の現場で大きな価値を出せる商品が設計できる。一社のためのカスタムに見えて、その実、多くの現場で共通する「困りごとの最大公約数」を製品化しているわけです。

ここで生まれるのが「技術のレバレッジ」です。技術者が機能的価値だけを追うのではなく、営業のソリューション提案力(意味的価値)と掛け合わせる。

1990年代には直径3.8mmという当時世界最小の近接センサを投入しました。技術と提案力が組み合わさったとき、顧客への経済的価値が倍増する、という発想です。

点で見れば一つの部品でも、提案力という別の軸と掛け算されると、顧客の現場で生む価値が跳ね上がる。本書の中盤は、この「点と点がつながっていく」設計図を読む快感があります。

「長」ではなく「責任者」――論理がすべての組織

組織論のパートも面白い。

キーエンスでは「事業部長」と呼びません。「事業部責任者」と呼びます。役職は階層や偉さではなく、ただの役割分担だという考え方です。新入社員から社長まで「さん」づけで呼び合う。

部門トップは階層として上に位置づけられる「長」ではなく、役割分担として、責任を持ってまとめる「責任者」なのだ

この文化の核心は、論理がすべてを決めることです。

正しい論理や判断であれば、組織上の役職は関係なく、新入社員の発言でも、それが採用される

誰が言ったかではなく、何を言ったか。事実と論理で判断する。だから若手が萎縮しません。そしてもう一つ、結果だけでなくプロセスと、その因果関係を重視する。

なぜ売れたのか、なぜ顧客のコストが下がったのか。「なぜ(Why)」を繰り返して検証することで、偶然の成功を再現可能なノウハウに変えていきます。

一発当てて終わり、ではなく、当たった理由を分解して次に渡す。この地道さが効いています。

組織構造も独特です。商品企画グループ、商品開発、販売促進、営業が事業部ごとに一体となり、本社のワンフロア(大部屋方式・コ・ロケーション)で密接に連携する。

部門の壁がないから、現場の情報が即座に開発に届く。興味深いのは、商品企画グループの半分程度が文系出身だという事実です。技術だけでなく、顧客への提案力に秀でた人材が抜擢されている。

これも「技術は手段」という哲学の表れでしょう。

若手が一流になる「外報」という仕組み

属人化を嫌うキーエンスが、人をどう育てるか。

その答えが外出報告書、通称「外報」です。名前は報告書ですが、実態は1on1のコーチングです。営業に出る前日、誰に・何を・どんなロジック(費用対効果)で提案するのかを上司や先輩に報告し、具体的な助言を受けます。

訪問後も結果を検証し、プロセスと成果の因果関係を確かめる。提案の質が、行く前の段階で何度も研がれていくわけです。

著者は念を押します。これは監視ツールではない、と。あくまで若手の成長を助けるための仕組みです。

これを支える文化が、徹底した助け合いです。

後輩や同僚から、何かを質問されたら、自分の業務よりも優先して、丁寧に答えなくてはならない

個人が情報を囲い込まない。営業所の日々のミーティングや勉強会で、顧客情報も優れた提案アイデアも頻繁に交換される。成功した「お役立ち事例」は出し惜しみなく全国に共有される。

新商品開発に直結しそうな現場の声を拾う「ニーズカード」も、この情報共有の仕組みの一部です。だから若手でも、驚くスピードで一流の提案力を身につけられる。

個人の能力を、出し惜しみなく組織の能力に変換する。これがキーエンスの再現性の正体でした。属人化に悩む人ほど、この章を自分の職場に重ねて読むはずです。

明日から試せる4つのアクション

本書は経営の話ですが、一人のビジネスパーソンとしても持ち帰れるものがあります。本に書かれている提案から、4つに絞りました。

1. 提案資料を「スペック」から「顧客の利益額」に書き換える 自社の商品やサービスを導入すると、顧客の人件費(時給×削減時間)や不良品ロスがいくら減るのか。機能の説明ではなく、削減できる金額で語る。

2. 「なぜ欲しいのか」を一段深く聞く 顧客や上司から「これが欲しい」と言われたら、すぐ動かない。「最終的に何を達成したいのか」「その前後で誰が何をしているのか」を質問し、本当の目的を掴む。

3. 受注・失注の「因果関係」をチームで振り返る 売れたときも失注したときも「なぜそうなったか」を分析する。偶然の成功で終わらせず、再現できるノウハウとして言語化して共有する。

4. 会議で「誰が言ったか」を判断基準から外す 役職や年次ではなく、「顧客価値の最大化という目的に照らして論理的に正しいか」だけで決めるルールを、まず自分のチームから試す。

増やしすぎると続きません。1番から手をつけるくらいでちょうどいいです。

おわりに

読み終えて残るのは、派手な経営テクニックではありませんでした。

顧客の利益をどれだけ増やせたか。その一点に、開発から営業、評価制度、組織文化まで、すべてを一貫させる。当たり前のことを、当たり前ではない徹底度でやり切る。それがキーエンスの強さの正体でした。

著者は、組織変革の難しさにも正直です。歴史の長い大企業ほど、過去の慣習や利害のイナーシャ(慣性)に逆らうのは難しい、と認めています。だからこそ、表面的なツールだけ真似ても機能しません。「外報」も「ニーズカード」も、顧客の利益最大化という哲学が全社で共有されて初めて回る。

それでも、明日の仕事で一つだけ変えられることがあります。「この機能が欲しい」と言われたとき、すぐ作りにいく前に「で、何がしたいんですか」と一段深く聞いてみる。キーエンスの50%という数字は、結局、その問い一つから始まっていました。


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