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『LIFESPAN(ライフスパン)―老いなき世界』デビッド・A・シンクレア氏|老化は治せる病気だった

健康・メンタル ✍ デビッド・A・シンクレア氏
約9分で読めます

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『LIFESPAN(ライフスパン)―老いなき世界』
目次

「もう歳だから」。階段で息が切れたとき、健康診断の数値が悪化したとき、私たちは反射的にそう口にします。年齢は動かせない事実で、衰えはその当然の帰結だ、と。

ハーバード大学医学大学院で遺伝学を教えるデビッド・A・シンクレア氏は、この前提をまるごと疑ってかかります。老化は寿命に組み込まれた運命ではない。それどころか、老化そのものが「1個の疾患」であり、治療の対象になる、と。

本書『LIFESPAN―老いなき世界』が並のアンチエイジング本と違うのは、希望的な物言いが膨大な実験データに裏打ちされている点です。著者は酵母から始めた基礎研究者であり、語り口は熱いのに足元は実験室の床に着いている。その温度差こそが、この本を読み応えのあるものにしています。

図解

老化の正体は「情報の喪失」だった

本書の核は「老化の情報理論」という一つの仮説に集約されます。

長らく、老化はDNAそのものの傷、つまり遺伝子の突然変異が積み重なった結果だと考えられてきました。シンクレア氏はここで方向を変えます。問題は文字(DNA配列)ではなく、その文字を「どう読むか」を決める仕組み、すなわちエピゲノムの混乱こそが老化の根本原因だと主張するのです。

著者はDNAを「ピアノの鍵盤」、エピゲノムを「ピアニスト」に例えます。鍵盤は最後まで壊れていない。年を経るにつれ、弾き手が正しい弾き方を少しずつ忘れていく。それが老化だ、というわけです。

もう一つの比喩がDVDです。ディスクに刻まれたデジタル情報(DNA)は無傷でも、表面に傷が増えればプレーヤーは読み取りに失敗し、映像が乱れる。細胞も同じで、長年のダメージでエピゲノムにノイズが溜まると、肝細胞が肝細胞らしさを、神経細胞が神経細胞らしさを忘れていきます。

この比喩がうまいのは、希望の在り処まで同時に示している点です。傷ついたDVDは表面を磨けば再生できる。配列が無事なら、読み手側を整え直すだけで細胞は若さを取り戻せるはずだ——著者の楽観はここに根拠を持ちます。

ついでに言えば、この理論は世間に根強い「フリーラジカル説」を退けるものでもあります。抗酸化物質を謳う市場は世界で30億ドル規模ですが、著者は活性酸素の蓄積を老化の主因とは見なしません。サプリ棚の前で迷ってきた人ほど、この一節は効くはずです。

なぜ「生き延びる仕組み」が私たちを老けさせるのか

ではエピゲノムはなぜ混乱するのか。鍵を握るのが、生物が太古から受け継ぐ「サバイバル回路」です。

飢えや寒さといったストレスにさらされると、生物はエネルギーの使い道を「生殖」から「修復と防御」へ切り替えます。子孫を残すどころではない、まず生き延びろ、という非常モードです。

この回路の中心にいるのがサーチュインという酵素で、哺乳類には7種類あります。普段は遺伝子のオンオフを管理し、DNAの修復も助ける、いわば細胞内の現場監督です。そして、この酵素が働くにはNADという補酵素が燃料として欠かせません。

問題はここから生まれます。DNAの損傷が増えすぎると、サーチュインは修復作業に駆り出され、本来の持ち場である「遺伝子のオンオフ管理」を留守にします。

監督が火消しに走っている間に、現場の指示系統が乱れる。遺伝子のスイッチが本来とは違う状態になり、エピゲノムにノイズが蓄積する。これが情報理論の描く老化のメカニズムです。

しかも燃料であるNADは加齢とともに減っていきます。火事は増えるのに消火剤は目減りする。栄養を感知するmTOR、エネルギー不足を感知するAMPKといった経路も、この長寿の制御に関わっています。

著者の表現を借りれば、こうなります。

原初のサバイバル回路を受け継いでいることこそが、私たちが年をとる原因でもある

生き延びるために獲得した仕組みが、そのまま老いる仕組みでもある。この皮肉な二重性が、本書のいちばん知的に面白い部分だと私は感じました。敵は外から来るのではなく、最初から内側に組み込まれている、というわけです。

「カロリーを減らすと長生きする」は100年前から見えていた

著者の主張に重みがあるのは、思いつきではなく長い観察の蓄積に乗っているからです。

カロリー制限と寿命の関係は、第一次世界大戦末期にはすでに気づかれていました。餌を制限されて発育の遅れたメスのラットが、たっぷり食べたラットより長生きした。1935年にはコーネル大学のマッケイ教授が、低栄養の餌で育てたラットが大幅に長生きすることを確かめています。

人間でも同じ兆候があります。1978年の沖縄の研究では、100歳以上が多い地域で児童のカロリー摂取が本土の3分の2に満たず、成人も約2割少なかった。長寿との相関が、そこにくっきり見えたのです。

サーチュインを狙い撃つ分子は、皮肉なことに偶然から見つかっています。研究者がSIRT1という酵素を「阻害する」物質を探していたら、逆に活性化させるレスベラトロールなどの天然分子に行き当たった。

肥満マウスに与えると寿命が約20%延びた、という劇的な結果が2006年に報告されました。狙いと逆の発見、というのは科学史でよくある痛快なパターンです。

著者自身、1997年に酵母の老化原因につながる発見を『セル』誌に発表し、世界的なニュースになった人物です。パン種の微生物から人間の若返りまでが一本の線でつながっている——その射程の長さが、本書の凄みを支えています。

病気を一つずつ叩いても、寿命はほとんど延びない

本書でいちばん挑発的なのが、医療の発想そのものを問い直す主張です。

私たちはがん、心臓病、アルツハイマー病を、それぞれ別の敵として一つずつ治療しようとします。著者はこれを「モグラ叩き式の医療」と呼びます。

なぜ非効率なのか。著者は読者を黙らせる数字を出します。仮にすべての種類のがんを撲滅できたとしても、平均寿命はわずか2.1年しか延びないというのです。一匹叩いても、すぐ次のモグラが顔を出す。

加齢そのもののリスクはもっと露骨です。がんの発症リスクは50歳に達するだけで100倍、70歳では1000倍に跳ね上がる。喫煙による肺がんリスクの上昇が5倍であることを思えば、「年齢」という因子がいかに巨大かが分かります。

喫煙を5倍のリスクと恐れる私たちが、1000倍の年齢を「仕方ない」で済ませているのは、確かに奇妙です。

だから著者は、すべての病の上流にある「老化」を直接の標的にせよと説きます。コストの試算も挑発的で、がん治療薬が約49万ドル、糖尿病予防新薬が約14万ドルかかるのに対し、健康寿命を10年延ばすアンチエイジング化合物の試算コストは8790ドルにとどまる、と。

一桁も二桁も違う、というのが著者の見立てです。

長寿スイッチは、適度なストレスで入る

理論はわかった、では未来の薬を待たずに今できることは何か。答えはホルミシスです。

ホルミシスとは「死なない程度の毒は、かえって体のためになる」という現象を指します。空腹や運動といった一時的なストレスがサバイバル回路を起動させ、修復と防御を底上げする。本書が勧める実践は、すべてこの一点に集約されます。

一つ目は食事の量と回数を減らすこと。著者が「今すぐ実行できて一番確実」と言い切る方法です。常に満腹でいるのをやめ、空腹の時間を作るとサバイバル回路が始動します。

閉鎖型の人工生態系バイオスフィア2で2年間カロリー制限を強いられた8人は、体重が15〜20%、血圧が25%、血糖値が21%下がり、長生きしたマウスと酷似した変化を示しました。

二つ目はアミノ酸(とくに肉)を控えること。肉や乳製品を減らすとmTORが抑えられ、細胞が古いタンパク質を分解して再利用する「オートファジー」が働きやすくなります。

三つ目は息が上がる運動です。高強度インターバルトレーニング(HIIT)でNADが増え、AMPKやサーチュインが活性化する。定期的に運動する人のテロメアは、座りがちな人より約10歳分も若い、という報告も紹介されます。

四つ目は寒さと暑さの刺激です。寒さは褐色脂肪細胞を活性化させ、サウナの高温もNADを増やす。マウスの深部体温を約0.5℃下げた実験では、メスの寿命が20%、オスが12%延びました。

四つに通底するのは「快適すぎる状態を、意図的に少しだけ崩す」という思想です。現代生活は空腹も寒さも運動も丁寧に排除してきましたが、その快適さがサバイバル回路を眠らせている、という逆説がここにあります。

NMNから視力回復まで——老化を「巻き戻す」最前線

ホルミシスを薬で模倣する研究も進んでいます。

代表がNMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)。減っていくNADの前駆体で、摂取すると体内のNAD濃度が回復します。65歳相当の高齢マウスに与えた実験では、ランニングマシンで走り続け、距離の上限でマシンが止まるほどの体力を見せたといいます。

ほかにも、サーチュインを活性化するレスベラトロール、AMPKを活性化し安価で副作用も少ない糖尿病薬メトホルミン、mTORを抑えるラパマイシン、老化して悪さをする「ゾンビ細胞」を選んで除去するセノリティクスが登場します。メトホルミンについては、68〜81歳の服用者4万1000人を9年追跡したところ、非服用者よりがん・認知症・心血管疾患のリスクが下がったというデータも添えられています。

そして最も衝撃的なのが細胞のリプログラミングです。山中伸弥教授が発見した山中因子のうち3つ(OSK)を使い、細胞に残る「若い頃のバックアップ」を呼び起こしてエピゲノムを初期化する。

高齢マウスの実験では、懸念された腫瘍は出ず、傷んだ視神経が再生して視力が戻った。著者が「細胞年齢は完全にリセットできる」と言い切る根拠が、ここにあります。

ただ、本書を信頼に足るものにしているのは、著者がここで立ち止まる冷静さです。NMNなどのサプリが長期的に人体へ及ぼす影響は、厳密な臨床試験ではまだ実証しきれていないと明言します。

著者自身は毎朝NMN・レスベラトロール・メトホルミンを摂取していますが、「これは自分を使った実験であって、他人への推奨ではない」と繰り返す。

希望を煽る本ほど、この留保を読み飛ばさないでほしいと思います。

120歳まで生きる社会は、何を変えるのか

後半、視点は個人から社会へ広がります。

健康寿命が120歳を超えれば、「教育→労働→引退」という直線的な人生は崩れる、と著者は見ます。途中で学び直し、別の分野で再出発するのが普通になり、年齢を理由にした定年やエイジズムは時代遅れになる。

「高齢者は仕事が遅い」という固定観念にも、職務遂行能力はむしろ年齢とともに高まる場合が多いと反論しています。

経済効果も大きい。アメリカ単独でも、老化を遅らせる効果は50年で7兆ドルを超えると試算され、著者はこれを「長寿の配当」と呼びます。それなのに、NIHの予算で老化の生物学的仕組みの研究に回るのは1%未満——この一点に、著者は強い苛立ちをにじませます。

倫理的な問いも避けません。寿命延長が富裕層だけの特権になる「寿命の格差」に警鐘を鳴らし、人口爆発の懸念には「出生率の低下が進む以上、人口は横ばいか減少に転じる」と応じます。

そして大事な釘を刺します。延ばすのは「ただ生きる時間」ではない。健康なまま長く生き、最期は準備のできたときに苦痛なく迎える。延命ではなく、尊厳ある時間を増やすことが目的だ、と。ここを取り違えると本書はただの不老不死願望になってしまうので、読む側も肝に銘じておきたいところです。

今日から始める3つの行動

未来の薬を待たずに長寿スイッチを入れるなら、本書が勧めるのはこの3つです。

1. 食事の時間を区切る。 1日のどこかで1食を抜くか、食べる時間帯を絞る。常に満腹の状態をやめ、意図的に空腹の時間を作ります。

2. 数食を植物中心に置き換える。 赤身肉や乳製品を減らし、豆類や野菜へ。アミノ酸を抑えることが細胞の防御システムを起こします。

3. 息が上がる運動と寒暖の刺激を入れる。 会話が苦しくなる強度の運動を週に数回。サウナの後の水風呂、冬に薄着で歩く——快適な温度から意図的に抜け出します。

どれも道具はいりません。共通項は、ただ一つ「快適すぎる状態を少し崩す」ことです。

この本を読み終えると、「もう歳だから」という言葉が少し言いにくくなります。老化が病気なら、私たちは患者であると同時に、毎日の食事と運動でその治療に関われる当事者でもある。

今夜の食事を少し早く切り上げ、翌朝までの空腹を1時間だけ延ばす。希望に手を伸ばす最初の一歩は、そのくらい地味で、そのくらい身近です。


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「もう歳だから」は、科学的に嘘です 老化を運命ではなく変えられるものとして捉える点で、『LIFESPAN』の核心と響き合う一本。年齢を言い訳にしてしまう前に読むと効きます。


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