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『なるほどデザイン』筒井美希|デザインは「飾り」ではなく「翻訳」だった

コミュニケーション・文章術 ✍ 筒井美希
約9分で読めます

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『なるほどデザイン』
目次

同じ「朝ごはんのレシピ」でも、読む人が料理初心者か料理好きかで、正解のデザインはまるで変わります。

写真を大きくしてシンプルに削ぎ落とすのが正解のときもあれば、カラフルに賑やかに並べるのが正解のときもある。どちらが「うまい」かではなく、誰に届けたいかで決まる。この一点を腹落ちさせるだけで、資料づくりの景色は変わります。

筒井美希さんの『なるほどデザイン』は、この「なぜそうなるのか」を、ひたすら目で見て楽しめる形で解き明かす一冊です。デザイナーの頭の中にある暗黙知を、誰でも使える「道具」へと翻訳してくれる。

絵が描けるかどうかは関係ありません。この本が扱うのは「伝わる形に整理する力」だからです。だからこそ、デザイナーを名乗らない人——スライドを作る営業職、チラシを作る店主、企画書を抱えた会社員——にこそ届いてほしい本だと、編集部は読み終えて感じました。

図解

「飾る技術」ではなく「翻訳の技術」だと知る

多くの人は、デザインを「最後にきれいに飾る作業」だと思っています。中身は別の誰かが決め、デザイナーはそれを見栄えよく整える——そんなイメージです。本書はその通念を、最初の数ページでひっくり返します。

著者がいちばん強く言うのは、デザインに「何をどこにどう置くか」の絶対的な正解はない、ということ。けれど、その配置が「意図されたもの」であれば、それは正解になり得る。

つまりデザインとは、伝えたい中身を、相手に届く形へ「翻訳」する行為なのです。飾りではなく翻訳。この定義の置き換えが、本書全体の背骨になっています。

そして本書のいちばんの強みは、その思想を言葉で説明しきろうとしない点にあります。Before/Afterの比較や図解で、読者は「なるほど、つまりコレがダイジなんだ」を擬似体験する。

理屈で納得する前に、目で納得してしまう構成です。文章で「余白が大事」と百回読むより、余白のあるページとないページを並べて見せられた方が一瞬で分かる——本書自体が、その効果を体現しているわけです。

デザインの本でありながら、デザインそのもので説得してくる。読書体験として、ここがいちばん気持ちいい。

正解は「相手」が決める――朝ごはんの実験

本書の出発点は、デザインに絶対的な正解はない、という割り切りです。何をどこにどう置くかに唯一解はない。だからまず問うべきは「なんのためにデザインするのか」だと著者は繰り返します。

それを体感させるのが、有名な朝ごはんのケーススタディです。同じレシピを三人の読者に向けて作り分ける。料理初心者向けなら、情報を最大限まで削ぎ落とし、大きな完成写真と簡潔な手順だけにする。

料理好きの女性向けなら、切り抜き写真を多用し、可読性よりリズムを優先したカラフルで賑やかな誌面にする。生活にこだわる人向けなら、空気感のある写真と物語性のある長めの本文で見せる。

ここで効くのが、初心者向けほど情報を「足す」のではなく「引く」のが正解だ、という逆説です。親切心で説明を増やすと、かえって小難しく見えてしまう。

自信がない作り手ほど「念のため」と要素を盛り、結果として初心者を遠ざけてしまう——この心理に思い当たる人は多いはずです。同じ素材が読者次第で真逆の形になる。

その振れ幅を目で見たとき、「正解は相手が決める」が初めて実感に変わります。

そして著者は、この見極めを飛ばして手を動かすことを強く戒めます。

「『なんのためにデザインするのか』を理解しないままで手を動かしてしまうことはとてもキケン。デザインの迷宮入り、まっしぐらです」

だからいきなりアプリを開かない。紙に「○」や「□」でラフを描き、情報の親子関係を整理してから手を動かす。手描きから始めるのは原始的に見えますが、ツールを開いた瞬間に人は「フォントは何にしよう」「色は」と細部へ気を取られ、全体構成を見失う。

アナログのラフは、その誘惑を物理的に断ち切る装置でもあるのです。この順序を守るだけで、構成の見落としはぐっと減ります。

色や書体は「最後」――手順には意味がある

本書は制作の手順そのものも、抽象から具体へと段階を追って示します。まず図解とラフで完成イメージを固め、次に「表現」と「構造」の両面から方向性を決める。そして色や書体に頼らず配置だけで伝わる骨格をつくり、各要素にキャラを立たせ、足し算と引き算で調整し、最後にブラッシュアップする。

ここで肝心なのは順番です。色や書体をいじるのは、最後の最後。多くの人は逆をやります。まず気分の上がる色を選び、好きなフォントを当て、それから中身を流し込む。

すると土台がないまま化粧だけが進み、いくら色を足しても伝わらない資料ができあがる。本書は、配置だけ・白黒だけの段階で「これで伝わるか」を確かめておけ、と言います。

骨格が立っていれば、あとから色を乗せても崩れない。逆にここを飛ばすと、後工程でいくら時間をかけても土台の弱さは隠せません。料理で言えば、味付けの前に下処理と火加減を決めておく、という当たり前の順序です。

「全部伝えたい」が、何も伝わらないをつくる

整理した情報に強弱をつける道具が「ダイジ度天秤」です。要素を「どっちがよりダイジか?」と天秤にかけ、ダイジなものほど大きく、多く、目立つ場所に、目立つ色で置く。優先順位を、サイズと位置と色という目に見える形に変換する道具だと考えると分かりやすい。

ここで著者が突くのが、発信者の落とし穴です。デザインとは「伝えたい量」と「伝わる量」との戦いであり、全てを伝えようとするデザインは、結局のところ何も伝わらないデザインにしかなり得ない。この逆説を言い切るくだりは、資料を盛りがちな人ほど胸に刺さるはずです。

情報を載せれば載せるほど、一つひとつの声は小さくなる。全員にマイクを渡せば、会場はただの騒音になる。主役を一つ決め、脇役との差を極端につける。

引き算の勇気こそが伝わるデザインをつくります。

編集部が特に効くと感じたのは、その次の指摘でした。つくった本人は主役がどれかすぐ分かる。でもそれは「既に内容を理解しているから」にすぎない、と。

作り手の頭の中には完成された地図があるので、どんなに雑なレイアウトでも迷わない。けれど初めて見る人は、その地図を持っていません。だから背景を知らない人に見てもらい、意図どおり主役が伝わるか確かめる。

この「わかったつもり」を疑う一手間こそ、独りよがりを防ぐ最大の防波堤です。

道具箱をのぞく――視線・人格・連想・翻訳

決めた主役を際立たせる道具が「スポットライト」です。主役だけ色をつけて他を白黒にする、背景をつくって浮かせる、思い切って大きくする、まわりに余白をとる。

面白いのは、目立たせる方向が状況で逆転すること。色がないなら足し算で、色がありすぎるなら引き算で目立たせる。カラフルなページで何かを際立たせたいなら、あえて無彩色を使ったほうが目を引く。

スポットライトは、まわりが暗くなければ意味をなさないからです。グループ分けも同じ発想で、ケイ線で囲むより余白だけで「差」をつくった方が、離れて見たとき一瞬で区別できる。

脳がおおまかな空間に反応する性質を、図と地の関係として古くから示してきたのが、あの「ルビンの壺」です。

「擬人化力」は、デザインに人格を与える道具です。同じ「おはようございます」でも、明朝体ならしっとりした女性の声に、太いゴシック体なら応援団長の大声に聞こえる。

書体は声色、文字組みは話し方のテンポ、レイアウトは立ち姿、あしらいはファッションやメイク。狙ったキャラを一人の人物として想像すれば、ふさわしい形は自然と選べます。

「良いデザインには人格みたいなものがあり、だからこそ心に残る」という著者の言葉は、抽象的なようでいて、いざ手を動かすときの強力な羅針盤になります。

近い道具に「連想力」があります。アイデアが浮かばないとき、いきなりデザインを作ろうとしない。まずテーマから言葉を書き出し(海→波、南国、リラックス)、そこからイメージや情景を膨らませ、水彩のテクスチャや南国の花の色といった具体的なヒントへ落としていく。

発想を「ひねり出す」のではなく「探し出す」作業に変える道具です。センスのなさを言い訳にしてきた人ほど、この手続きの存在に救われるはずです。

さらに「翻訳機」は、言葉(言語)と写真や図(非言語)を行き来する道具。言葉は正確に深く説明できる代わりに退屈になりがち、非言語は速く直感的に伝わる代わりに受け取り方に個人差が出る。

住所は地図に、施設情報はアイコンに、開催日はカレンダーに置き換える。ただし「×」が「閉じる」か「削除」か迷うように、非言語は誤解も生むので、正確さがいる場面では言葉を選ぶ判断も要ります。

どちらが優れているかではなく、目的に応じて両者のバランスを取る——ここでも本書の「正解は相手が決める」という思想が一貫しています。

文字と色は、右脳と左脳で考える

本の最終章は、もっとも細かい部品——文字と色を扱います。読みやすい文字組みには基準があり、1行は40〜50字を最長、13〜15字程度を最短とし、行間は文字サイズの50〜75%が目安。

日本語は漢字を大きめ、ひらがなやカタカナを少し小さく調整すると美しくまとまります。こうした数値が示されることで、「なんとなく読みにくい」が「行間が詰まりすぎ」という具体的な指摘に変わる。

感覚を点検できる物差しが手に入るわけです。

書体は「らしさ」で選びます。明朝体は、はねやはらいがあり、伝統的で落ち着いた正式な印象。ゴシック体は直線的で力強く、視認性が高いので情報をはっきり伝えたい場面に向く。

色で要になるのが「右脳と左脳」の使い分けです。右脳的な色は情緒で、赤なら情熱、水色なら爽やかさを伝える。左脳的な色は機能で、路線図がもし全部白黒なら、どの線に乗ればいいか分からない。

色で分けることが情報の整理になっているのです。いま使おうとしている色の目的はどっちか——それを自問するだけで、無駄な色も足りない色も見えてきます。

多色でもまとまりを出すには、赤みや青みといったベースの色合いを揃える。なじませたいならトーン(明度×彩度)を統一し、引き締めたいなら正反対の色をほんの少しアクセントに入れる。

色は色相0〜360°、彩度0〜100%、明度0〜100%の3属性で表せると押さえておくと、感覚頼みの配色に座標が与えられます。

最後の数ミリと、二つの「愛」

仕上げの道具が「虫めがね」です。「神は細部に宿る」という意識で、視覚の解像度を一段上げる。見出しの句読点のツメ、英数字の全角半角を揃える、写真のトリミングを数ミリ調整する。

この細部の蓄積が完成度を決めます。ここで大事なのが、データ上の数値を盲信しないこと。きっちり揃えると、人間の目にはかえってズレて見えることがある。

だから少し離れて眺め、目に心地よい位置へ手で微調整する。最終的に信じるのは数値ではなく、人間の目だ、というわけです。

そして本書を貫くのは、カタチや色をデザイナーが勝手に決めるのではなく、伝えたい内容そのものから「自然に導かれていく」のが理想だ、という思想です。自己表現ではなく、中身から必然的に決まるのが良いデザイン。だからこそ著者が最後に置く道具は、技術ではなく「愛」でした。

二種類あります。一つは内容への愛。お決まりのパターンに内容を後からはめ込むのではなく、内容そのものからデザインを見つけ出す姿勢です。もう一つは届ける相手への愛。

受け取る人の身になって考えること——高齢者向けなら文字を大きくコントラストを強くし、本書は幼児なら20〜32Q、高齢者なら13〜16Qといった文字サイズの目安まで示します。

テクニックを並べた本が、最後に「愛」という言葉で締めくくられる。その着地に、この本の体温がにじんでいます。

「なんかダサい」の正体が、言葉になる

この本を読むと、「なんかダサい」の正体が言葉になります。

センスがなかったのではなく、目的を整理せず、主役を絞らず、相手の身になっていなかっただけ。逆に言えば、その三つは才能がなくても今日から変えられる。

デザインソフトを持っていなくても、次に資料を開く前に紙へ「誰に・何を・なぜ伝えるか」を一行書くだけで、迷宮入りはぐっと減ります。スライド一枚につき主役を一つだけ決めて思い切り大きくし、完成したら数メートル離れて眺める。

その距離で主役が一発で目に入れば、伝わるデザインになっている証拠です。

留保を一つ。本書は配色理論やツール操作を体系的に学ぶ専門書ではありません。すでに目的整理や主役の絞り込みが体に染みついた実務デザイナーには、物足りなく映る場面もあるでしょう。

けれど、人に何かを「伝える」仕事をしているほとんどの人にとって、この本の射程は十分すぎるほど広い。スライド、チラシ、企画書——伝わらなくて悔しい思いをした経験があるなら、まず一行、「これは誰のためか」と書くところから始めてみてください。

その先の答えは、本書の見開きが目で教えてくれます。

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