自分のために時間を使った人と、他人のために時間を使った人を比べた実験があります。体感時間が長かったのは他人のために動いた側で、その差はおよそ2倍。その日は時間に余裕があったと答える人の割合も大きく伸びました。手持ちの時間を人に差し出したほうが、時間に余裕を感じたことになります。
科学ジャーナリストの鈴木祐は、この種の研究を4063件集めて、時間術の効き目を検証し直しました。結論は二つあります。どんな人にも効く時間術はまだ見つかっていないこと。そして時間が足りないという感覚の正体は、物理的な24時間の不足より、脳が描く未来の見込みと過去の記憶のズレにあること。本書はそのズレを8つのタイプで診断し、タイプ別の技法を処方したうえで、最後に効率化という発想そのものを疑います。診断、対症療法、根本治療という医療の順序で組まれた一冊です。
向いているのは、手帳術やタスク管理アプリを渡り歩いて、どれも定着しなかった人です。作業時間の見積もりが毎回外れて残業になる人や、効率化を進めても忙しさが減らない人にも響きます。反対に、今日から使える決定版の技法を一つだけ知りたい人には回りくどく感じるはずです。本書は、自分を診断してから技法を選ぶ手間を読者に求めています。

万人に効く時間術は、まだ一つも見つかっていない
万人に効く時間術は、まだ一つも見つかっていません。本書の出発点は、既存の時間術への冷ややかな評価です。著者が集めたデータでは、時間術の活用度と仕事の成果との相関はr=0.25にとどまります。関係がないわけではありませんが、時間術をよく使う人ほど成果が高いという傾向が、ばらつきに埋もれてかろうじて見える程度の強さです。広く使われている技法の多くは、効果をまともに検証されたことすらないといいます。著者の言葉を借りれば「万人に効果がある時間術は、いまだひとつも見つかっていない」(本書より)。
効く人と効かない人が分かれる理由として、著者は個人差を挙げます。
- 作業の進め方:一つずつ片付けたいか、並行して進めたいか
- 仕事と私生活:はっきり分けたいか、混ざっても平気か
- 時間の値段:自分の時間にどれだけ値段をつけているか
- 職場:所属する職場が時間をどう扱っているか
- 時計:時計を見る回数が多いか少ないか
こうした違いが重なるので、隣の席の同僚に効いた方法が自分に効かないのは不思議ではありません。
管理すべきは時計ではなく、未来の見込みと過去の記憶だ
時間術が効くかどうかは、技法の出来より、使う人の予期と想起のどこがズレているかで決まります。では何を管理すればよいのか。著者は時間の正体から説き起こします。脳は絶えず確率の計算をしていて、二つの働きを使っています。
予期:これから起こりそうな変化を見積もること。
想起:少し前に起きたはずの変化を呼び出すこと。
私たちが感じる時間の流れは、この二つの計算結果に、あとから時間という名札を貼ったものにすぎないといいます。記憶を失った人は未来の見通しも立てにくくなるという神経学の知見も、予期が想起に支えられていることを示しています。
この見方に立つと、定番の道具の効き方が説明できます。カレンダーが役に立つのは、先の予定に現実味を感じにくい人です。書き込むことで、来週の自分が手の届く距離に引き寄せられます。To-Doリストの効果は、終わっていない仕事を紙に預けることで頭が落ち着き、目の前の作業に集中しやすくなる点にあります。予期の現実感が濃い人ほど総資産額が30%多いというデータも紹介されており、未来を身近に感じる力は時間以外の成果にも表れます。
予期のズレは、薄い・濃い・多いの3方向で直し方が変わる
予期のズレは、薄い・濃い・多いの3方向で直し方が変わります。本書の時間感覚テストは、各項目を5点満点で自己採点する形式で、予期と想起の組み合わせから8つのタイプが出ます。怖がり、楽天家、悲観主義、容量超過、無気力、禁欲家、浪費家、自信家の8つです。点数が高いほど優秀という性質のテストではなく、どちらに偏っているかを知るための道具です。
予期が薄い人、つまり締め切りや先の予定に実感がわかない人へのメインの処方は、タイムボクシングです。作業ごとに時間枠を決めてカレンダーに固定してしまいます。大きな仕事を具体的な手順に割るアンパッキングや、締め切り直前の自分を細かく思い描くビジョン・エクササイズも、未来の自分との距離を縮める技法として並びます。
逆に予期が濃すぎる人は、先のことが気になりすぎて働きすぎに傾きます。こちらには、休憩や遊びの予定を先にカレンダーへ入れてしまうプレコミットメントが勧められています。予期が多すぎる人は、抱えた仕事の数に押しつぶされる容量超過タイプです。タスクを洗い出して価値の低いものをやめるか人に渡すかを決めるSSCエクササイズが、労働時間の削減につながる可能性があるとされます。起こりうる障害を先に書き出して対策を用意しておく障害プランニングもここに入ります。
見積もりの甘さは、記録を取るまで自分では気づけない
見積もりの甘さは、実際にかかった時間を記録するまで自分では気づけません。想起のズレも3方向あります。記憶の誤りが大きい人は、思い出しやすい場面や最初に頭に浮かんだ数字に引っぱられ、作業時間を読み違えます。この型に最も効果が高いとされるのが、実際に何に何分使ったかを書き留めるタイムログです。記憶に頼る限り、見積もりの癖は自分では見えません。
過去の自分を甘く評価しすぎる型の代表が楽天家タイプで、必要な時間を短く読み、自分の力を疑わないために期限を破りやすいです。過去の失敗が次に生きにくいのもこの型の特徴です。処方の一つがごまかし率で、見積もった時間と実際にかかった時間の比を出し、次の見積もりに掛け合わせます。見積もりを気合いで直そうとせず、過去の実績から補正をかける発想です。
今週、仕事の作業を3つ選び、着手前に見積もり時間をメモし、終えたら実際の時間を書き足して、金曜日に両者の比を計算します。比が1.5なら、来週の見積もりはすべて1.5倍で置けばよいです。
反対に、過去を悪く評価しすぎる型もあります。怖がりタイプは失敗や批判を恐れてなかなか手をつけられませんが、始めてしまえば計画どおりに進められます。悲観主義タイプは見積もりが苦手なうえに過去の自分への印象が暗く、落ち込みや苛立ちを抱えやすいです。こうした人には、作業を細かく分けて、予想した難しさと実際の難しさ、満足度を並べて記録するシートが用意されています。書いてみると、多くの作業が思っていたより楽だったと分かります。日々の小さな前進を拾うマイクロ・サクセスも同じ狙いの技法です。
効率を突き詰めるほど、時間は足りなくなる
効率を突き詰めるほど、時間はかえって足りなくなります。第4章で、本書は時間術の土台にある効率化そのものに矛先を向けます。目の前のタスクに追い立てられて処理能力が限界に達すると、視野が狭まり、まともな判断ができなくなります。これがトンネリングで、ムッライナタンら経済学者のチームによる研究では、この状態に陥った人のIQは平均で13ポイント下がったといいます。時間を気にしすぎると発想を広げる思考が妨げられ、時計を何度も見るほど焦って見積もりも狂います。
生産性を上げれば上げるほど、こなすべき作業も増え、忙しさは一向に減りません。仕事への意欲もむしろ下がりやすいことが、データで示されています。「緊急と重要」で仕事を仕分ける定番のマトリクスもうまく機能しないと著者は指摘します。背景にあるのは、時間をお金と同じ物差しで測る考え方と、時計が刻む一直線の時間に生活を合わせる習慣です。時間が一方向に流れると考えるほど、まだ来ない未来に備えるためのタスクが際限なく生まれます。
根本治療として本書が勧めるのは、どれも効率とは逆向きの実践です。楽しいこと、得意なこと、世の中に必要とされること、お金になることの四つの重なりを探す生きがい分析は、何に時間を使うかの判断基準になります。冒頭の実験のとおり、他人のために動く時間は、残ったタスクから意識を引きはがしてくれます。目的を持たずに退屈な時間を少しずつ過ごす退屈トレーニングは、答えの出ない状態に耐える力を養います。時計を見ない日をつくり、出来事の区切りで動くイベントタイムも、その延長にあります。
日本の会社員が実践するときの留保
本書の技法は、個人が自分の時間を動かせることを前提にしています。日本の会社員がそのまま使うと、ずれる箇所がいくつかあります。
一つ目は、予定の主導権です。共有カレンダーに他人が会議を入れられる職場では、タイムボクシングで確保した枠も、プレコミットメントで入れた休憩も簡単に上書きされます。まずは週に一つ、動かされにくい時間帯から枠を守るほうが続きやすいです。SSCエクササイズで仕事をやめたり渡したりする判断も、決裁権のない立場では一人で下せません。手放す候補を一覧にして上司と合意を取る手順が要ります。
二つ目は、職場の時間の文化です。著者自身が個人差の一つに所属先の時間に対する考え方を挙げているとおり、長く働く人が評価される職場では、個人の技法の効き目は削られやすいです。イベントタイムも、分刻みの会議が並ぶ平日には試しにくく、休日から始めるのが現実的でしょう。
三つ目は、他者貢献の読み違いです。他人のために動くと時間を長く感じるという知見を、頼まれ仕事を断らない理由にすると、容量超過タイプはさらに追い詰められます。本書が扱っているのは主に時間が足りないという感覚であり、物理的な業務量が多すぎるなら、感覚を整えても残業は減りません。また、紹介される技法の根拠には、メタ分析のような強いものから小規模な実験まで幅があります。タイプテストも自己採点なので、結果は仮の見立てとして扱い、合わなければ別の技法に乗り換えてよいです。
それでも、見積もりと実績を並べて書くという最小の一歩は、職場の事情に左右されずに試せます。自分の予期と想起のどちらが、どの方向にズレているのか。それが分かれば、次に試す時間術を選ぶ手間は大きく減ります。
合わせて読みたい
『限りある時間の使い方』オリバー・バークマン 人生はおよそ4000週間という前提から、効率化で時間を増やそうとする発想そのものを問い直します。本書の第4章と同じ方向を向いた一冊。
『エッセンシャル思考』グレッグ・マキューン 本当に重要な少数に絞り、それ以外を断る技術をまとめた本。容量超過タイプが仕事をやめる・渡す判断をするときの物差しになります。
『あっという間に人は死ぬから』佐藤舞 時間術が効くのは「仕事のための仕事」までで、何に時間を使うかは別の問いだと説きます。本書の生きがい分析と合わせて読むと、時間の使い道まで考えやすいです。
