自分を責めても、人は変わらない
目次
自分を責めるほど、人は変われません。むしろ、同じ失敗を繰り返しやすくなります。
「厳しく反省したほうが、次はうまくやれる」。多くの人がそう信じています。私もそうでした。
でも、心理学の研究はずいぶん前から逆の答えを出しています。自分を追い込むより、いったん受け入れたほうが、人は立ち直って、また挑戦できる。
自己批判は、やる気の燃料になりません。ここから、その仕組みを一緒に見ていきます。
「反省」と「自分いじめ」は、別もの
失敗したあとの心は、たいてい2つのことを同時にやっています。
1つは「何が起きたか」を確かめる作業。もう1つは「だから自分はダメだ」と決めつける作業。
前者は反省です。次に活きます。後者はただの自分いじめで、次を奪います。
やっかいなのは、この2つが本人のなかで混ざってしまうこと。反省したつもりで、自分を殴っているだけ、ということがよく起きます。
行動経済学で知られるダニエル・カーネマンらの研究では、人はマイナスをプラスの2〜3倍ほど強く感じるとされます。
だから「ダメだ」という一言は、実際の失敗より重く心にのしかかります。重すぎる自己批判は、心を萎縮させます。
加藤諦三さんは『自分に気づく心理学』で、自己評価の低い人ほど、他人には何でもない些細な事実に激しく傷つく、と指摘しています。
傷つきやすい心が、さらに自分を責める。責めるから、動けなくなる。この悪循環が、人を同じ場所に引き止めます。
「自分はダメだ」は事実ではなく、心が下した”判断”
ここで効いてくるのが、僧侶の草薙龍瞬さんが『反応しない練習』で言っていることです。
「自分はダメだ」は、事実ではありません。あなたの心が下した「判断」にすぎない。そして判断は、頭の中にしか存在しない妄想だと草薙さんは指摘します。
テストが30点だった。これは事実です。「だから私は価値がない」。これは判断です。
事実は動かせません。でも判断は、あなたが今つけ足したもの。だから外せます。
草薙さんは、この自分の価値へのこだわりを「慢(まん)」と呼びます。おもしろいのは、慢には「自分は優れている」という高慢だけでなく、「自分はダメだ」という劣等感も含まれること。
どちらも「自分の値打ち」に強くこだわっている点で、根は同じです。
たとえば草薙さんは、学歴コンプレックスを抱えた母親の話を紹介しています。自分への「ダメだ」という判断が消えないまま、その怒りが娘に向かい、スパルタ教育で追い詰めてしまった。
自分を責める癖は、自分だけの問題で終わりません。まわりにもこぼれていきます。
では、どうするか。草薙さんの答えはシンプルで、「あ、また判断した」と心の中でラベルを貼ること。事実と判断を、いったん切り離す。
これだけで、責める勢いは少し止まります。
責めた人より、受け入れた人のほうが、次に動けた
「でも、自分に甘くしたら成長しないのでは?」
そう思いますよね。ここに、けっこう有名な実験があります。
カリフォルニア大学バークレー校のジュリアナ・ブレインズとセリーナ・チェンが2012年に行った、一連の実験です。学生に失敗や自分の弱さを思い出させたあと、グループを分けました。
一方には「自分に優しく、失敗は誰にでもあると受け止めて」と促す。もう一方には自尊心を高める言葉をかける。
結果はどうだったか。自分を受け入れたグループのほうが、次の難しいテストに向けて長く勉強しました。「自分は変われる」という信念も強く、弱点を直したい気持ちも高かった。
自分を責めなかった人のほうが、努力していた、という結果です。
セルフコンパッション研究の第一人者、テキサス大学のクリスティン・ネフも同じ方向を示しています。自己批判は、思われているほど人を動かさない。むしろ自分に優しい人ほど、失敗を恐れず、ミスの責任をきちんと引き受ける傾向がある。
理由はシンプルです。責められている人は、まず身を守ろうとします。言い訳したり、目をそらしたり。受け入れられている人は、安心して現実を見られる。だから次の手を打てる。
中島輝さんの『自己肯定感の教科書』にも、同じ発想があります。高すぎる目標は自己否定を生み、挫折につながる。だから小さく区切って、小さな成功を積む。
たとえば本書には、ダイエットに何度も失敗していた女性の話が出てきます。「夜20時以降は食べない」と自分を縛っては失敗し、自己否定に陥っていた。それを「ま、いっか」と自分を許して、小さな目標に切り替えた。すると、続くようになった。
「ま、いっか」は、あきらめではありません。次に進むための、いちばん現実的な一歩です。
自己肯定感は「気分」ではなく、自分への”接し方”
自己肯定感というと、「気分を上げること」だと思われがちです。ポジティブに、明るく、自信満々に。
でも中島さんは、自己肯定感は天気のように毎日揺れ動く、と言っています。無理に高い状態へ持っていく必要はない。むしろ、低い自分を「今日は低いな」と認めることが先だ、と。
彼が示す6つの感覚のなかで、土台になるのが「自己受容感」、ありのままの自分を認める力です。これが弱いと、その上に乗る自信も、やればできるという感覚も育ちません。
つまり、自信は「自分の良いところ」からではなく、「欠点ごと認める態度」から生まれる。
加藤諦三さんは、これをもっとはっきり言っています。欠点の少ない人が自信を持つのではない。欠点があるままの自分を嫌いにならず、それで満足している人が、自信を持てる。
立派な自分を演じ続けるかぎり、本当の自信は手に入らない、とも指摘しています。
だとすると、やることは「気分を上げる」ではなく「自分への言葉を変える」になります。
たとえば中島さんは、寝る前に「今日あった良かったこと」を3つ書く方法をすすめています。うまくいったことに目を戻すだけ。派手さはありません。
あるいは、落ち込みを点数にしてみる。「今の落ち込みは、10点満点で7点」。数字にすると、感情と自分のあいだに少し距離ができます。
気分は、直接は動かせません。でも、自分にかける言葉は、今すぐ選び直せます。
明日、自分への言葉を1つ変える
考え方を変えようとするより、行動を1つ決めたほうが早いです。
誤解:失敗したら、まず自分を責めて反省すべき。 → 責めるほど心は縮こまり、同じ失敗に戻りやすくなります。
正しいアプローチ:事実と判断を、紙で分ける。 → 紙を縦に2列。左に「起きた事実」、右に「そこへ足した判断」を書く。「資料でミスした」(事実)と「私は仕事ができない」(判断)を並べると、後者が勝手な決めつけだと目で見えます。5分あればできます。今日の失敗で、まず1回やってみてください。
誤解:自己肯定感は、無理にでも高い状態へ上げるべき。 → 気分の上下に振り回され、下がった日にさらに落ち込みます。
正しいアプローチ:低い自分を、まず認める。 → 「今、落ち込んでいる」と声に出すか、心の中でラベルを貼る。上げようとせず、「ある」と認めるだけ。
誤解:自分に甘くすると、成長できない。 → 受け入れた人のほうが、次に長く努力できたという実験があります。
正しいアプローチ:親友にかける言葉を、自分にかける。 → 同じ失敗をした親友に「お前はもう終わりだ」とは言わないはずです。「まあ、次があるよ」と言うはず。その言葉を、自分にも向ける。
おわりに
自分を責めるのをやめるのは、甘やかしではありません。次に動くための、準備です。
失敗した事実は変わらない。でも、その事実に「だからダメだ」という判断を足すかどうかは、あなたが選べます。
自分にどんな言葉をかけるか。自己肯定感は、たぶんそこから始まります。
なお、気分の落ち込みが長く続いたり、日常に支障が出たりするときは、言葉の工夫だけで抱え込まず、専門家に頼ってください。それも、自分を大切にする一つの形です。
この記事で参考にした本
『反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」』草薙龍瞬 → 「自分はダメだ」は事実ではなく心が下した判断(妄想)。事実と反応を分けて、責める勢いを止める。
『何があっても「大丈夫。」と思えるようになる自己肯定感の教科書』中島輝 → 自己肯定感の土台は、ありのままを認める「自己受容感」。高すぎる目標より、小さく認めて積むほうが続く。
『自分に気づく心理学(愛蔵版)』加藤諦三 → 欠点の少ない人ではなく、欠点ごと自分を認められる人が自信を持てる。立派さを演じるほど、自信から遠ざかる。
合わせて読みたい
『降伏論』高森勇旗|「一生懸命」をやめたら、結果が出始めた 自分を追い込むほど空回りする。力むのをやめたら結果が出た、という逆説。「責めるより受け入れる」を、成果の側から確かめられます。
『「なりたい自分」へ加速する 問いかけコーチング』一条佳代|モヤモヤは、変わるための招待状 責めても人は変わらないなら、どう変わるのか。その答えが「問いかけ」。自分を責める代わりに問いを向ける、次の一歩に。
感情に振り回されるのはなぜか──心の反応から自由になる3つの視点 「自分はダメだ」という判断も、心の反応の一つ。反応から距離を取る視点を、もう少し詳しく知りたい人へ。