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ブクドリ | BOOK DRIP

名作を生む会社ほど、1本の失敗で潰れかける

戦略・経営・事業
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目次

『トイ・ストーリー』を作っていた頃のピクサーには、給料を払う現金がありませんでした。

毎月の不足分は、オーナーのスティーブ・ジョブズが個人の小切手で埋めていました。つぎ込んだ額は5000万ドル近く。世界初の長編フルCGアニメを生んだ会社の、これが台所事情です。

当時CFOとして財務を任されたローレンス・レビー氏の『PIXAR 〈ピクサー〉』を読むと、足りなかったのは才能ではないと分かります。才能を載せている事業の形が、1本の失敗で崩れるようにできていました。

外れれば沈み、当たっても残らない

レビー氏が着任した当時のピクサーには、弱点が3つ重なっていました。

1つ目は、作品への依存です。長編映画は1本に数年かかります。本書が引く1980年代の業界の経験則では、劇場用映画は10本のうち6〜7本が採算割れで、1本がとんとん、利益が出るのは2本だけでした。数年に1本しか打席に立てない会社にとって、外れは1回でも致命傷になりえます。

2つ目は、固定費です。実写映画は作品ごとにスタッフを集め、撮り終えたら解散します。アニメーションは制作者を社員として抱え続けるので、次の作品が動き出すまでの間も給与が出ていきます。本書はこれを「持越費用」と呼び、ヒットの後でさえ会社を吹き飛ばしかねない重しとして描いています。

3つ目は、取り分です。ディズニーとの最初の契約は長編3本。制作費をディズニーが出す代わりに、収益の大部分はディズニーに入りました。本書によれば、ピクサーの取り分は1割前後。契約期間中は他社と組めず、続編をディズニーだけで作る権利まで先方が握っていました。

この3つは掛け算で効きます。外れれば固定費で沈む。当たっても取り分が小さいので、次の外れに備える蓄えが溜まらない。

ここが核心です。名作を出すほど次の1本への期待と人件費が膨らみ、会社の体力はそのままという構図でした。

ヒットの世界では、打席の数が生存を決める

ピーター・ティール氏は『ゼロ・トゥ・ワン』で、ベンチャー投資のリターンはべき乗則に従うと書いています。一握りの成功が、それ以外すべての合計を上回るという法則です。最も成功した1社のリターンが、ファンド内のほかの投資をすべて足した額に匹敵するか、それを超えます。

10本中2本しか儲からない映画も、似た分布をしています。ただ、ここからは私の解釈ですが、投資家とスタジオでは立場がまったく違います。

投資家は多くの案件に賭けているので、外れが続いても大当たりの1社を待てます。数年に1本しか作れないスタジオは、手持ちの打席が少なすぎて、大当たりが来る前に資金が尽きかねません。

ティール氏自身は、この法則から「分散するより、最も価値を生む一つに集中せよ」と説いています。ピクサーもアニメーション映画に絞り、実写には手を出しませんでした。だからこそ、同じ一本の柱の上で打席を増やし、1回の外れに耐える体力をつける必要がありました。

レビー氏がまとめた戦略は、4本の柱でできています。

  • 映画収益の取り分を50%以上に引き上げる
  • 制作費を自前で出せるよう、株式公開で7500万ドル以上を調達する
  • 会社を大きくして、制作本数を増やす
  • ピクサーの名前を世界的なブランドにする

それぞれが弱点に対応しています。本数は作品依存への手当てで、取り分とブランドは、当たったときの果実を自社に残すための手当てです。

そして柱同士はつながっています。たとえば取り分を半分にしたいなら、制作費も半分出すのが筋です。その現金が無いから、上場が必要でした。

上場で手にしたのは、現金と「対等に座る資格」

ピクサーが上場したのは1995年11月29日。『トイ・ストーリー』公開の1週間後です。公募価格は22ドルで、初日の終値は39ドル。本書によれば、約1億5000万ドルを調達しました。

もし映画が外れていたら、上場そのものが成り立たなかった計画です。実際、引き受けてくれる投資銀行を探す段階から苦戦しています。

結果は、公開初週末の興行収入が約3000万ドル。ジョブズが目標にしていた1500万〜2000万ドルを大きく上回り、北米での最終的な興行収入は1億9200万ドル弱に達しました。上場は、この勢いに乗った形です。

1997年2月、ピクサーとディズニーは新しい契約を発表します。ピクサーの年次報告書によると、中身は次のとおりです。

  • 今後およそ10年で長編5本を作る
  • 制作費は両社で出し合う
  • 配給経費などを差し引いた利益を折半する
  • 作品は両社の共同ブランドにする

この5本は『バグズ・ライフ』『トイ・ストーリー2』『モンスターズ・インク』『ファインディング・ニモ』『Mr.インクレディブル』として、1998年から2004年にかけて公開されました。数年に1本だった打席が、ほぼ1年半に1本まで増えています。

取り分1割前後の下請けから、費用もリスクも半分ずつ負うパートナーへ。この転換を支えたのは、手元の現金です。制作費の半分を払えない会社は、利益の半分を求める理由を持てません。

交渉の中身にも学ぶ点があります。橋下徹さんは『交渉力』で、絶対に譲れない要望を1つか2つに絞り、それ以外は相手に譲るカードとして使う覚悟がなければ交渉はまとまらない、と書いています。

ピクサーが決裂覚悟で譲らなかったのは、ブランドの扱いでした。ポスターやグッズに、ディズニーと同じ大きさでピクサーのロゴを載せること。私はこれを、プライドの問題であると同時に、作品の評判をピクサーの名前に積み上げるための条件だったと読んでいます。

構造は、一度直しても形を変えて戻ってくる

話はここで終わりません。ヒットを重ねたピクサーは、2005年には別の弱点を抱えていました。

株価が高くなりすぎたことです。期待が高いぶん、作品1本の不振で株価が大きく崩れかねない。株価には、この先もヒットが続くという前提が織り込まれていて、1本の不振はその前提ごと崩すからです。レビー氏はジョブズに、株価が太陽に近づきすぎていると伝え、事業を広げるか、大企業の傘下に入るかという選択肢を示します。

2006年1月、ディズニーはピクサーを74億ドルで買収すると発表しました。ジョブズはディズニーの筆頭株主になります。

1本の失敗で揺らぐ構造は、最初は現金の枯渇として、成功した後は市場の期待として現れました。直すべき場所は、会社の段階によって移っていきます。

自分の仕事なら、才能の外側にある数字を見る

ピクサーほどの規模でなくても、同じ形の弱さはあちこちにあります。たとえば数人の制作会社、社内の新規事業チーム、個人で受託するクリエイターです。

誤解:良いものを作り続ければ、いずれ安定する → 外れの確率と固定費と取り分が変わらないかぎり、ヒットは次の外れまでの時間稼ぎにとどまります。

見直したい点:作品の質と別に、事業の形を点検する → ピクサーの4本の柱は、そのまま点検の項目になります。

具体的には、次の3つです。

  1. 最大の1件への依存度を出す:売上や評価のうち、いちばん大きい案件や取引先が占める割合を計算します。5分あれば出せます。たとえば売上の半分を1社が占めているなら、その1社の方針転換がピクサーにとっての「外れの1本」です。
  2. 契約の「続き」が誰のものかを確かめる:続編、二次利用、名前の表記が相手側にあると、当たっても果実は残りません。フリーランスなら、納品物を自分の実績として公開できるかも同じ項目です。次の契約で絶対に譲れない1点を、先に決めておきます。
  3. 条件を求める前に、費用を分け持てる体力をつくる:取り分を増やしたいなら、リスクも一部引き受けられる状態が先です。蓄えや自前の資金は、守りであると同時に、対等に話すための入場券になります。

おわりに

ピクサーの物語は、創造性の勝利として語られることが多い。けれどもレビー氏が書き残したのは、才能が外れの1本で消えないための設計の記録でした。

名作は、潰れずに次の打席に立てた会社からしか生まれません。


この記事で参考にした本

『PIXAR 〈ピクサー〉 世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話』ローレンス・レビー氏 → 赤字のスタジオを、上場と契約の見直しで自立させた元CFOの記録。作品依存、持越費用、取り分という弱点と4本の柱の戦略を借りました。

『ゼロ・トゥ・ワン』ピーター・ティール氏 → 一握りの成功がそれ以外の合計を上回る「べき乗則」。ヒット頼みの事業で打席の数が問題になる理由を考える足場にしました。

『交渉力』橋下徹さん → 譲れない要望を1つか2つに絞り、残りは譲るカードにするという考え方。ピクサーがブランドの扱いにこだわった交渉を読む補助線にしました。


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