本文へスキップ
ブクドリ | BOOK DRIP
戻る

『できるリーダーは、「これ」しかやらない』伊庭正康|「自分でやったほうが早い」を捨てる技術

リーダーシップ・組織 ✍ 伊庭正康
約9分で読めます

※ 本記事はアフィリエイトリンク(Amazonアソシエイト)を含みます。

『できるリーダーは、「これ」しかやらない』
目次

部下に仕事を任せたつもりでした。なのに、なぜか不満そうな顔をされる。

この一文に胸がざわついた人は、たぶん「いいリーダーであろう」と頑張ってきた人だ。サボっている上司ではない。むしろ熱心に、丁寧に、自分なりに任せてきたつもりの人ほど、この本のページをめくる手が止まる。

本書には、部下が「もっと信頼して任せてほしい」「チームでできることはあるのに」と感じていた、という調査が出てくる。任せていたのではなく、放っていただけだった——その落差が、最初に突きつけられる。

『できるリーダーは、「これ」しかやらない』は、リクルートで活躍した伊庭正康さんが、「任せる」と「放任」のあいだにある深い溝を埋めるために書いた一冊だ。プレイヤーとして優秀だった人ほど落ちる罠を、現場で磨いた技術で言語化していく。

図解

この本が言いたいのは、たった一つ

著者の主張は乱暴に縮めれば一行に収まる。リーダーが頑張る場所を「いかに速くやるか」から「いかに任せるか」へ移すこと。これしかない、と。

背景には労働環境の変化がある。産能大学の2017年の調査では、課長の99.2%がプレイヤー業務を兼務し、約半数は業務の半分以上が個人作業だった。残業規制が強まり、ハラスメント相談はこの10年で3倍に増えている。一人で抱え込むやり方は、もう物理的に回らない。

だから著者は、リーダーの役割を「自分の業績を上げること」から「部下に経験させ、成長の機会を渡すこと」へ転換せよと説く。過去の経験でうまくやるのではなく、未来へ投資する。これが本書を貫く軸だ。

著者自身、その効果を体で知っている。駆け出しの管理職だった頃、部下から「この職場で楽しそうに働いている人が何割いますか」と問われてノックダウンしたという。そこからリーダーシップのセオリーを真剣に研究し、ある組織では当初わずか5%だった従業員満足率を、95%まで引き上げた。

机上の理論ではなく、現場で削り出された話なのだと分かると、説得力の質が変わってくる。タイトルの「これ」しかやらない、という挑発的な物言いも、裏に痛い経験があると知れば腑に落ちる。

「放っておく」と「任せる」は、まるで違う

本書の背骨は、この線引きにある。良かれと思って口を出さずにいることが、部下からは「放置されている」と受け取られる。これが最大の落とし穴だと著者は言う。

おもしろいのは、両者を分ける基準をかなり具体的に示している点だ。任せている上司は、部下が今やっている作業を具体的に答えられ、部下が抱える不便・不安・不満を「事実」で把握し、結果にフィードバックを返している。

一方の放任は、作業を曖昧にしか語れず、感情を「憶測」でしか語れない。違いは結局、関心と関わりがあるかどうかに尽きる。専門外の業務でも一度は流れを経験し、「あの件、◯◯さんに相談してみたら?」と言える距離を保つ。手放すことと、見放すことは違うわけだ。

刺さったのは、こんな一節だ。

「自分でやったほうが早い」という感覚は、業務に精通したがゆえのエゴである(伊庭正康『できるリーダーは、「これ」しかやらない』より)

世の中が自分レベルの人ばかりなら組織は伸びない。自分以外の他者の能力を活かし尽くすことこそリーダーの仕事だ、という指摘は、優秀だった人ほど耳が痛い。

しかも任せるタイミングは早いほどいい。リクルートワークス研究所の調査では、入社後3年間で上司が厳しい仕事を任せなかったために、4年目以降の成長が遅れるという結果が出ている。

元日本マクドナルド社長の原田泳幸さんも、「『まだ早い』と言って部下に任せない店長は害でしかない」と言い切ったという。任せないことは優しさではなく、機会損失なのだと。

細かく口を出すリーダーが、成長を止める

任せた後にやりがちなのが過干渉、いわゆるマイクロマネジメントだ。象徴的なのが、名古屋のある食堂の「早回し店長」のエピソードである。店長が一人でテキパキ動き、立ち尽くすアルバイトに「今は何をする時?」と細かく指示を出し続けた結果、バイトはどうしていいか分からず恐怖を感じ、職場が地雷原のようになった。

著者の結論は鮮やかだ。不安になるべきはミスが起きることではなく、部下の成長を止めてしまうこと。怖がる場所を間違えている、と。

カギになるのが「自己決定感」、つまり「自分で考えて決めた」という感覚だ。これがあると、人は失敗しても言い訳に逃げず、「次はどうするか」を自分で考えるようになる。

星野リゾートの星野佳路さんは、目標未達の社員に「よし、次はこうしよう」と声をかけ、自己決定感を引き出して前を向かせたという。

だから「どうすればいいですか」と聞かれても即答せず、「君はどう進めるのがベストだと思う?」と問い返す。答えではなく考える余白を渡す。言われてみれば当たり前なのに、忙しい現場でこれを実践するのがいかに難しいか、上司を経験した人なら分かるだろう。

沈黙が気まずくても、そこで答えを言わない我慢こそが部下を育てる。

相手に合わせて、引き出しを変える

本書のもう一つの魅力は、精神論で終わらないところだ。相手の成熟度に応じて関わり方を変える、という発想のもとで、具体的な型を用意してくれる。

知識のない新人には「ティーチング」。5W1Hで手順と理由を伝え、不安がないか確認し、最後に復唱させて認識のズレを防ぐ。合言葉は「一緒に、丁寧に」だ。

業務に慣れた中堅には「コーチング」。答えを先に言わず、問いかけで自ら気づかせる。ここで使うのがGROWモデルで、Goal(目的)→Reality(現状)→Resource(資源)→Options(対策案)→Will(意志)の順に問い、本人に解決策を見つけさせる。

ベテランや年上部下には「委任」。ただし遠慮は禁物だ。今や年上部下を持つ課長は過半数(51.9%)に達しており、接し方には三つの原則がある。判断軸を示すこと、支援者になると決めること、そして「ぜひ教えてほしい」という姿勢を持つこと。経験を借りながら、チームの力を引き出すわけだ。

全体に通じるのが、「厳しさ」を「丁寧さ」に変換する姿勢である。日本能率協会の2018年調査では、「叱ってくれる上司」の人気が4位→5位→10位と急降下した。

理想の上司の1位は傾聴する上司(33.5%)、2位は丁寧な指導をする上司(33.2%)。若手は甘やかしてほしいのではなく、丁寧に教えてほしいと望んでいる。

この機微を取り違えると、善意の厳しさが空回りする。

やる気は「Will-Can-Must」で引き出す

部下が本気にならない。そんなときの処方箋が「Will-Can-Must」の法則だ。やりたいこと(Will)・できること(Can)・やるべきこと(Must)、この三つが重なったときにモチベーションが最大化する、という考え方である。

たとえば「将来は自分で事業を立ち上げたい(Will)」という部下に、「月5件の新規開拓(Must)」という目標を渡す。本人が「頑張ればできる(Can)」と思えれば、ただのノルマが「夢に役立つ仕事」へと意味を変える。

本書が独自なのは、「やりたいことがない」という部下への対応まで踏み込む点だ。そんなときは仕事で大事にしたい「価値観」を尋ね、さらに「なぜそう思うのか」という背景のエピソードまで深掘りする。そこまで掘れば、必ず本人の意欲を見出せると著者は言う。

実装の入口が「未来を語る面談」だ。月に2〜3回、数分でいいので「直近のWill→将来のWill→大事にしたい価値観」の順に聞いていく。リンクアンドモチベーション社のサーベイで偏差値トップクラスの会社は、週1回必ず「やってみたいことはある?」と聞き、エンジニアの6〜7割が責任者を目指すようになったという。

ほめ方にも科学がある。結果や努力より、能力や内面をほめるほうが効果が続く。Grusecらの1978年の研究では、思いやりなど内面をほめる「自己帰属」のほうが望ましい行動が増え、2週間後も維持された。

「作業が早いね」より「いつも気配りがあって助かるよ」のほうが、人は長く動く。

仕組みとビジョンで、チームの軸を作る

個人の動機づけだけでなく、本書はチームの仕組みにも踏み込む。原則は「方針はトップダウン、方法はボトムアップ」。何をやるか(方針)はリーダーが責任を持って決め、どうやるか(方法)はメンバーに任せる。みんなに方針まで委ねると無責任になり、方法まで縛ると主体性が死ぬからだ。

象徴例がJR東日本テクノハートTESSEIの矢部輝夫さんである。「清掃を通して旅先の思い出を売る」という方針だけを打ち出し、方法は現場に委ねた。すると「ぬり絵」「ベビー休憩室」といった提案が次々生まれ、エクセレントカンパニーと呼ばれるまでになった。

仕組みづくりの設計図として紹介されるのがBSC(バランスト・スコアカード)だ。「ビジョン」「財務」「顧客」「業務プロセス」「学習と成長」の五要素のつながりで強いチームを作り、業績不振時には課題を特定する。スキルがなくても結果が出るよう業務を「型化」することも重視される。

そして語るべきビジョンは、社内No.1や目標達成ではなく、社会やお客様のために何をなすか、という「Theyの視点」だ。羽田空港の清掃リーダー新津春子さんは「自分の家だと思ってやる」という流儀を持ち、羽田を「世界一キレイな空港」に押し上げた。

仕事は「面白い」のではなく「面白くする」もの。意味づけがやりがいを生む。

TSUTAYAを創業した増田宗昭さんは、街を歩きながらお客様の「不(不満・不便・不安)」を考え続け、常識破りのビジネスを生んだ。仕組みは仕組みとして、その上に「誰のためか」という物語が乗ると、メンバーの本気が変わる。

本気にさせる仕掛けは、感謝の総量を増やすことにもある。上司のねぎらいだけでなく、同僚間のサンクスカードや顧客からの感謝の声をチームで共有する。

エン・ジャパンの2018年調査では、尊敬できる上司の要素の1位は「仕事ができる」ではなく「人柄が信頼できる」(約6割)だった。人を動かすのは、能力の高さよりも信頼なのだ。

課題を見極め、孤独を乗り越える

終盤は、リーダー自身の判断力と心の話に移る。問題が起きたとき、いきなり対策に飛びつかない。まず「あるべき姿と現状のギャップ」から「解決すべき鍵(課題)」を特定する。順番を間違えると、筋の悪い対策に時間を溶かすことになる。

未知の領域には「リーン・スタートアップ」、つまりリスクのない範囲で小さく実験して学ぶ姿勢で臨む。著者自身、朝礼を「週2回」に変える実験を1ヶ月試し、商談件数が増えたので正式導入したという。

新しい挑戦には「2:6:2の法則」も効く。賛成2割・傍観6割・反対2割。反対者を気にせず、まず賛成の2割を味方につけて6割を巻き込む。失敗学のデータでは新しい挑戦の99.7%は失敗するというのだから、小さく始めて前に進むしかない。

最後に、リーダーの孤独について。著者は「理不尽」と「不条理」を区別する。理不尽(虐げ)は乗り越える必要はない。でも不条理(自分の落ち度ではない貧乏クジ)は、乗り越えることで人間力が高まる試練だ、と。

元ローソンCEOの玉塚元一さんが、わずか3年で社長を辞めざるを得なかった不条理が、その後の飛躍につながった話が紹介される。

正直に言えば、引用される調査や法則の量は多く、シンプルな読み物を求める人にはやや盛りだくさんに感じられるかもしれない。逆に、根拠を示されないと動けないタイプのリーダーには、この情報密度がそのまま安心材料になる。ここは好みが分かれるところだろう。

結局、何を手放すか

読み終えて残るのは、技術論よりも一つの問いだった。あなたは、自分が握っている仕事のどれを手放せるか。

本書が示す一歩自体は難しくない。1〜2週間に一度でいいから部下と顔を見て話し、「困ってることない?」と不安や不満という負の感情に寄り添う。相談されても即答せず「君はどう進めるのがベスト?」と問い返す。やりたいことを聞いて今の仕事(Must)とつなげる。どれも明日からできる。

けれど、それを阻むのはスキル不足ではなく、「自分でやったほうが早い」という、慣れた手の感覚のほうだ。リーダーに必要なのは過去の経験でうまくやることではなく、未来への投資だと著者は言い切る。

手放した分だけ、部下とチームが伸びる。その因果を信じられるかどうかが、この本を読んだ後に問われる。

プレイングマネージャーとして走り続けて疲れている人ほど、一度立ち止まって読む価値のある一冊だ。


合わせて読みたい

『最高のコーチは、教えない。』吉井理人 「答えを教えず考えさせる」という本書の核心を、元プロ野球コーチの現場から掘り下げた一冊。自己決定感を引き出す関わり方をもっと知りたい人に。

『目標達成の神業』馬場啓介 「アドバイスしない」ことで人を動かす、という逆説が本書のマイクロマネジメント批判と重なります。口出しを我慢する技術を深めたい人に。

『新 コーチングが人を活かす』鈴木義幸 「引き出す」という言葉に潜む上下関係まで問い直すコーチングの定番。Will-Can-Mustや問いかけの技術を体系的に学びたい人におすすめです。


この記事をシェア:

次に読む一冊

同じテーマを、もう一段深く考えるための一冊です。

リーダーシップ・組織『フィードバック入門』中原淳|「褒めて伸ばす」の限界を超える、耳の痛い話の伝え方『フィードバック入門』(中原淳)の要約。部下に「それ、違うよ」と言えなくなったのは、いつからでしょうか。