顧客が「進歩」を買うとき、頭の中で起きていること
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子ども、ペット、家族の形見。ふだん、この3つを同じ仲間だと考える人はいません。
ところが「家が火事になったら持ち出すもの」と言われた途端、3つはひとつのまとまりになります。どれも、失ったら取り返しがつかないからです。
認知心理学者のローレンス・バーサロウ氏が1980年代に研究した「アドホック・カテゴリー」、つまり目的に応じてその場で作られる分類の例です。本人が2026年に書いた解説で、この例を挙げています。
クレイトン・クリステンセン氏らの『ジョブ理論』は、顧客は特定の状況で「進歩」を遂げるために商品を「雇用」する、と主張します。よく知られた考え方ですが、同書の根拠の多くは企業の事例です。
では、消費者心理学の実験はこの主張をどこまで支えているのか。研究を並べると、支えられる部分と、まだ分からない部分がはっきり分かれます。
顧客は、売り場の分類ではなく目的で商品を並べ直す
バーサロウ氏の研究でもう1つ面白いのは、目的で作られた分類にも「それらしさ」の順位がある点です。
1985年の研究によると、目的で作られた分類では、順位を決めていたのは仲間同士がどれだけ似ているかより、目的にとっての理想にどれだけ近いかでした。本人の解説の例でいえば、「ダイエット中に食べるもの」の理想はカロリーゼロです。
これを商品で確かめたのが、コネチカット大学のS・ラトネシュワー氏とバーサロウ氏らが2001年に発表した研究です。米国の大学生127人に食品を2つずつ見せ、どのくらい似ているかを0から10で答えてもらいました。
組み合わせは、たとえばプレーンのグラノーラバーとチョコバー、グラノーラバーとフルーツヨーグルトです。「人が食べるもの」として比べると、健康的な食品同士の組が似て見えやすい傾向がありました。
ところが「車に持ち込んで食べるもの」という場面を添えると、グラノーラバーとチョコバーの組がより似ていると判断されるようになりました。論文の説明では、グラノーラバーは車で食べやすく、フルーツヨーグルトはそうではないからです。
同じことは、個人の目的でも起きました。健康を重視する人ほど、健康的な食品同士を似ていると判断したのです。商品は同じでも、目的が変わると、顧客の頭の中で隣に並ぶ相手が変わります。
論文は説明のための例として、ドーナツチェーンも挙げています。外出先で手早く朝食を済ませたい人にはハンバーガー店と同じ棚に入り、家族へのおみやげを探す人にはスーパーのパン売り場と同じ棚に入る、というものです。
『ジョブ理論』も、競合は同業他社に限らず、「何もしないこと」や間に合わせの工夫まで含むと書いています。実験は大学生と食品に限られますが、この主張の土台にある心理は、実験で確かめられていると言ってよさそうです。
スペックは「自分に何が起きるか」に翻訳されて覚えられる
2つ目の研究の流れは、顧客が商品の特徴をどう意味づけているかを扱います。
マーケティング研究者のジョナサン・ガットマン氏は1982年、商品の属性とその人の価値観を結ぶモデルを示しました。「手段目的連鎖」と呼ばれます。属性は使ったときの「結果」を生み、結果は「価値」を満たすから大事になる、という3段の考え方です。
この連鎖を聞き出す面接法が「ラダリング」です。トーマス・レイノルズ氏とガットマン氏の1988年の論文によると、中心になる問いは「それはなぜ、あなたにとって大事なのですか」。答えが出るたびに、同じ問いを1段上に向けて重ねます。
論文には、スナック菓子の調査で1人の回答者から引き出された梯子が載っています。
味付きのポテトチップス → 味が濃い → 食べる量が減る → 太らない → 体形がよくなる → 自尊心
チップスの味が、自尊心に届いています。
味の濃さという属性が、この人の中では何段も経て自尊心までつながっていました。同じチップスでも、別の人なら「友人と盛り上がれる」につながるかもしれません。『ジョブ理論』がジョブには機能、社会、感情の3つの面があると言うとき、指しているのはこの梯子の上のほうです。
ここから先は私の解釈です。売り手の言葉は、たいてい梯子のいちばん下の属性にとどまります。かといっていちばん上の自尊心まで上がると、どの商品にも言えることになり、選ぶ理由としては弱くなります。
使いやすいのは真ん中の段、つまり「それを使うと自分に何が起きるか」です。この回答者には、「味が濃い」より「少しの量で満足できる」のほうが届くはずです。
梯子も「ジョブ」も、まだ検証の途中にある
ただ、話はここで終わりません。限界が2つあります。
1つ目は、手段目的連鎖そのものの検証です。デンマークのオーフス・ビジネススクールのヨアヒム・ショルデラー氏とクラウス・グルネルト氏は、この理論を検証できる形に組み直し、2004年の研究報告書で6つの実験の結果をまとめました。
参加者にまずラダリングで自分の梯子を作ってもらい、期間をあけてから、その言葉同士が頭の中でどうつながっているかを反応の速さで測る方法です。参加者は実験ごとに30人から120人でした。
ラダリングで測った連鎖は、記憶にある程度根づいていました。一方で、「属性→結果→価値」という3層の順序が確認できたのは、6つの実験のうち1つだけでした。著者らは、つながりは階層というより、重なり合った平らな網に近いと述べています。
梯子は、顧客の頭の中にそのまま埋まっている構造というより、面接の問いに沿って言葉にした部分を含んでいるのかもしれません。聞き出した梯子を、そのまま顧客の本音とみなすのは危ういわけです。
2つ目は、ジョブ理論そのものの検証です。同書の根拠は、社会人向けの大学や車載サービスなど企業の事例が中心で、比較の対照を置いた実験ではありません。私が調べた範囲では、理論そのものを実験で確かめた研究は見つかりませんでした。
定義も論者によって揺れています。ソフトウェアの要求工学を研究するユトレヒト大学のガーム・ルカッセン氏らは2018年の論文で、ジョブ理論には複数のアプローチが並立していると指摘しました。ジョブを1文で書き出す「ジョブストーリー」という手法についても、科学的な裏付けがまだなく、実務で使える具体的な手順もない、と書いています。
言えるのは、「顧客は目的で商品を分類し直し、特徴を自分への結果に翻訳する」という土台の心理までです。「ジョブを見つければイノベーションを予測できる」という強い主張は、まだ事例の段階にあります。
「進歩」を仮説として扱い、行動で確かめる
誤解:競合は、同じ売り場に並ぶ商品だ → 目的が変わると、顧客の頭の中で隣に並ぶ商品も変わります。
正しいアプローチ:「〜のときに、〜するためのもの」と場面ごとに書き、その場面で顧客が代わりに使っているものを挙げる → たとえば会議用の弁当を「午後の会議を眠くならずに乗り切るためのもの」と書くと、競合の欄にコーヒーや短い仮眠まで入ってきます。
誤解:「軽量1.2kg」のような数字を並べれば伝わる。あるいは「毎日を豊かに」と大きく語れば響く → 属性は顧客の中で翻訳されないと届かず、最上段の価値はどの商品にも当てはまってしまいます。
正しいアプローチ:「それはなぜ大事か」を2回だけ重ね、真ん中の段の言葉で書く → 3回以上重ねると、自尊心や幸せのような、どの商品にも言える言葉に行き着きやすくなります。
誤解:インタビューで聞き出したジョブが答えだ → 梯子には面接の中で組み立てられる面があり、ジョブの定め方にも決まった手順がありません。
正しいアプローチ:聞き出したジョブを仮説にして、行動のデータで確かめる → 『ジョブ理論』も、初めて買う瞬間(ビッグ・ハイア)だけでなく、繰り返し使う瞬間(リトル・ハイア)を追うよう勧めています。たとえば2つの「進歩」を訴求した広告を出し分け、どちらが購入や継続利用につながるかを比べます。
5分でできることもあります。自社の商品説明の冒頭3行を読み、1文ずつ「属性」「結果」「価値」のどれに当たるか印を付けてみてください。「結果」が1つもなければ、翻訳の作業をすべて顧客に任せています。
おわりに
顧客が買う「進歩」は、商品のスペック表には書かれていません。顧客がその場の目的で作った棚と、頭の中で組み立てた梯子の上にあります。
そしてその棚と梯子は、聞けばそのまま答えてもらえるものではありません。だから仮説として立て、行動で確かめる価値があります。
この記事で参考にした本
『ジョブ理論』クレイトン・M・クリステンセン氏ほか → 顧客は特定の状況で遂げたい「進歩」のために商品を雇用する、という枠組みと、「何もしないこと」や間に合わせの工夫まで競合に含める見方
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『“未”顧客理解』芹澤連さん|売上を伸ばすのは、あなたを買わない人 同じ商品でも、置かれる文脈が変わると意味と価値が変わるという見方を、実務の手順に落とした本です。目的で棚が組み替わるという本記事の話を、まだ買っていない人の獲得に広げて読めます。
「顧客の声」だけでは、未来は見えない。 誰の声を聞くかでイノベーションの成否が変わることを、リードユーザー研究から整理したコラムです。聞き出した答えをそのまま信じない、という本記事の結論と対になります。
スペックでは勝っていた。選ばれたのは別の会社だった。 機能の多い製品が、使った後に選ばれなくなる研究などを紹介しています。属性を並べても価値は伝わらないという話を、製品開発と販売の側から確かめられます。