「正しい」と感じた瞬間、人は探すのをやめる
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2004年、FBIの指紋鑑定官たちは「絶対の確信がある」と言い切りました。その指紋は、別人のものでした。
同年5月、FBIはアメリカの弁護士ブランドン・メイフィールド氏を逮捕しました。決め手は、マドリードの列車爆破事件の現場で見つかった起爆装置入りの袋に残っていた指紋です。FBIの鑑定官3人が、彼の指紋と一致すると判断していました。
米司法省の監察官室が2006年にまとめた報告書は、この誤りをまず指紋の「きわめてまれな類似」で説明しています。現場の指紋には、メイフィールド氏の指紋と位置や向きが対応する特徴点が最大10か所あり、裁判所が選んだ外部の鑑定人まで同じ結論に達していました。
ただ、報告書が重く見たのは最初の誤りだけではありません。4月中旬、スペイン国家警察の鑑定部門は「一致しない」と結論していました。それを知ったFBIの鑑定官たちは、相手が何を根拠に異論を唱えているのかを確かめる前に「絶対の確信がある」と表明しています。
報告書は、自分たちの鑑定官への過信が、スペイン側の結果を真剣に受け止めることを妨げたと結論しました。最初の判断を誤ることは、誰にでもあります。見直すきっかけが目の前に来ても見直せなかった理由は、どこにあったのでしょうか。
確信の強さは、正しさとは別に作られる
確信は、正しさを確かめた結果として生まれるように感じられます。ところが記憶の研究は、両者が別々に動くことを示しています。
2001年9月12日、米デューク大学のジェニファー・タラリコ氏とデイヴィッド・ルービン氏は、学生54人に、前日の同時多発テロを知った場面と、最近あった日常の出来事を書いてもらいました。そして1週間後、6週間後、32週間後のいずれかに、同じ出来事をもう一度思い出してもらいます。
最初の記述との食い違いは、テロの記憶も日常の記憶も同じように時間とともに増えていました。違ったのは本人の感覚です。日常の記憶では鮮明さも「正確に覚えている」という確信も下がったのに、テロの記憶では下がりませんでした。
中身は崩れても、確信は残る。
2003年の論文は、この結果を「鮮烈な記憶が特別なのは正確さではなく、正確だと感じる強さのほうだ」とまとめています。9月11日の記憶を10年追ったウィリアム・ハースト氏らの研究(2015年)でも、記憶の一貫性は最初の数年で下がった一方、確信は10年間高いままでした。
神経内科医のロバート・バートン氏は、著書『On Being Certain』(2008年)で、確信は推論の結論というより、意志と無関係に湧いてくる「知っているという感覚」だと論じています。これは実験の結論ではなく臨床医としての主張ですが、上の記憶研究とはよく噛み合います。
実務に置き換えると、「これは間違いない」という感覚の強さは、判断を採用する根拠になりません。たとえば企画会議で「この施策は当たる」と強く感じたとき、その強さが表しているのは、施策が当たる確率より、自分の頭の中で筋が通った度合いのほうかもしれません。
確信は「もう探さなくていい」という合図になる
確信が正しさの測定値でないとしたら、何の役に立っているのか。有力な見方の一つが、情報集めをいつやめるかを決める合図だというものです。
コーベ・デゼンダー氏らの研究チームは2018年、色の付いた図形8つの平均色が赤寄りか青寄りかを答える課題を使いました。色のばらつき方を工夫して、正答率は同じなのに自信だけが低くなる条件を作ったのがポイントです。参加者は1ポイント払えば、少し見分けやすくした図をもう一度見られました。
正答率が同じでも、自信が低い条件ほど、参加者はもう一度見るほうを選びました。20人の実験のあと、事前に計画を登録した50人の追試でも同じ結果が出ています。
決め手は、正しさより自信でした。
逆向きの実験もあります。ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのマックス・ロールヴァーゲ氏らは2020年、画面の点が動く方向を判断させたあと、正しい方向を示す追加の映像を見せ、最初の判断を変える機会を与えました。正答率を変えずに自信だけを高める操作をすると、自信が上がった人ほど判断を変えなくなりました。
脳の活動を脳磁図で追うと、確信が高いときは、最初の判断を支持する追加情報の取り込みが強まり、反する情報の処理はほぼ見られなくなっていました。論文のタイトルは「確信は神経レベルの確証バイアスを駆動する」です。
どちらも点や色を見分ける単純な課題で、参加者は1つの実験で20〜50人ほどです。会議や投資の判断にそのまま当てはまるとは言えません。それでも、確信が高まると探索が止まり、反対の証拠が入りにくくなるという方向は、冒頭の事件の経過と重なります。
科学ジャーナリストのデビッド・ロブソン氏は『知性の罠』でこの事件を取り上げ、鑑定官たちが自分の直感と矛盾する情報を切り捨て、容疑を支える情報にだけ目を向けたと描いています。
たとえば競合調査で、自説を裏づける数字が3つ揃った瞬間を思い浮かべてください。「やっぱりそうだ」と感じたときは、考え終えた合図であると同時に、反証がいちばん頭に入りにくい瞬間でもあります。
締め切りと疲れは、確信を早める
確信が生まれるタイミングは、証拠の量だけでは決まりません。状況によって前倒しになります。
社会心理学者のアリー・クルグランスキー氏とドナ・ウェブスター氏は、はっきりした答えを早く手に入れたいという動機を「認知的閉鎖欲求」と呼びました。1996年の総説では、この欲求が高まると、人は早い段階の情報に飛びつき、いったん固まった判断に凍りつくとまとめています。
この欲求を高める条件として挙げられているのが、時間の圧力、騒音、退屈な作業、疲労です。そうした条件の実験では、参加者が考える仮説の数も、判断の前に目を通す情報の量も減りました。それなのに、判断への確信はむしろ高まっていました。総説はこれを「根拠のない確信」の逆説と呼んでいます。
集団でも同じ傾向が報告されています。議論の締め切りが近いと感じているグループや、プリンターの騒音が鳴る部屋で議論したグループは、多数派に反対し続けるメンバーをより低く評価しました。
ただし、これらの多くは1980〜90年代の比較的小さな実験です。私が調べた範囲では大規模な事前登録の追試は見つからず、効果の大きさは割り引いて読む必要があります。
漫画編集者の佐渡島庸平さんは『観察力の鍛え方』で、「わかった」を心のシャッターを下ろす言葉だとしています。観察とは仮説と現実のズレに気づいて仮説を更新し続けることで、「わかった」と思った時点でそのサイクルが止まる、という指摘です。
認知的閉鎖欲求の研究は、そのシャッターが締め切りや疲れによって早く下りることを示している、と私は読んでいます。たとえば金曜の夕方、疲れた頭で「この候補者で決まりだ」と感じた採用判断は、同じ材料を月曜の朝に見たときとは違う確信で下されている可能性があります。
確信を持ったまま、見直しの回路を残す
確信を捨てる必要はありません。問題は、確信した瞬間に見直しの入口まで閉じてしまうことです。
米デューク大学の心理学者マーク・リアリー氏らは2017年、自分の信念が間違っているかもしれないと認める程度を「知的謙虚さ」として測りました。知的謙虚さが高い人は、デンタルフロスの効果をめぐる文章を読んだとき、根拠の強い議論と弱い議論をよりはっきり見分けました。考えを変えた政治家を「ぶれた」と責める傾向も低めでした。
リアリー氏は、知的謙虚さの高い人も強い信念を持ちうるが、自分が誤りうると認め、間違いを示されれば受け入れる、と説明しています。テネル・ポーター氏とカリーナ・シューマン氏の2018年の研究でも、知的謙虚さが高い人ほど、意見が対立したときに相手の考えを知ろうとし、反対側の政治的意見に多く触れていました。
どちらも主に相関を見た研究なので、謙虚になれば判断が良くなるという因果までは言えません。
投資家のレイ・ダリオ氏は、この姿勢を仕組みにした例です。『PRINCIPLES』によると、彼は1982年、米国経済が恐慌に向かうと強い確信を持ってテレビ番組や議会の公聴会で公言し、外しました。会社は社員を全員解雇して彼一人になり、父親から4,000ドルを借りるところまで追い込まれます。
以後、ダリオ氏は「自分は正しい」と考える代わりに「自分が正しいと、なぜわかるのか」と問い、思慮深い反対意見を持つ人に自分の考えを試してもらうことを原則にしました。
誤解:十分に確信できるまで調べれば、見落としは減る → 確信が高まった時点で探索は止まり、反対の証拠は入りにくくなります。確信は調べ終えた合図にはなっても、見落としがない保証にはなりません。
やること1:確信した時点で「考えを変える条件」を先に書く → 「この結論が間違っているなら、何が観察されるはずか」を1〜2行で書いておきます。5分でできます。監察官室の報告書も、鑑定官が比較を始める前に、現場の指紋で見えた特徴を記録しておくよう勧告しました。容疑者の指紋に引きずられて見え方が変わるのを防ぐためです。
やること2:反対の結論を持つ人に「どこが弱いか」だけを聞く → 賛成か反対かを聞くと、結論の応酬になりがちです。欠陥の場所を尋ねる質問にすると、自分の頭の中では処理されにくい反証が外から入ってきます。
やること3:締め切り直前や疲れているときに固まった結論は、時間を置いて見直す → 重要な判断なら、最初の結論を伏せたまま、別の人に同じ材料を見てもらいます。報告書が手順の見直しを勧告した「ブラインド検証」(前の鑑定結果を知らせずに別の鑑定官が確かめる手順)と同じ発想です。
おわりに
確信は、脳が「もう探さなくていい」と出す合図です。合図としては便利ですが、正しさを保証してはくれません。
次に「これで間違いない」と感じたら、その感覚を結論の証拠に数える前に、何が出てきたら考えを変えるかを一行だけ書いてみてください。
この記事で参考にした本
『知性の罠 なぜインテリが愚行を犯すのか』デビッド・ロブソン → FBIの指紋誤認を例に、専門家ほど自分の判断に固執する仕組みと、知的謙虚さの価値を描いた一冊
『観察力の鍛え方』佐渡島庸平 → 「わかった」を心のシャッターを下ろす言葉とし、仮説とズレの更新を続ける観察の考え方
『PRINCIPLES 人生と仕事の原則』レイ・ダリオ → 1982年の予測の大外しから、「自分が正しいとなぜわかるのか」と問い、反対意見で考えを試す原則を作った経緯
合わせて読みたい
『ファスト&スロー(上)』ダニエル・カーネマン氏|あなたの直感は、思ったより当てにならない 直感が自信たっぷりに間違える仕組みを、数多くの実験で描いた一冊です。確信と正しさがずれる理由を、判断の仕組みの側から確かめられます。
意見を変えられる人が、いちばん正確になる 新しい証拠に合わせて考えを少しずつ更新するベイズの発想を扱ったコラムです。確信で止まった探索を、どう再開させるかの続きとして読めます。
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