本音が出ないチームでは、黙るほうが得になっている
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「何でも言ってね」と伝えているのに、誰も何も言わない。その沈黙は、臆病さより計算の結果です。
たとえば、週の定例の終わりにリーダーが「気になっていることがあれば何でも」と聞く。数秒の沈黙のあと、「では今日はここまで」で会議は閉じる。帰り道の雑談では、会議で出なかった懸念が普通に語られている。
こういう場面を見ると、メンバーの主体性や勇気の問題に見えます。でも、沈黙を調べた研究を読むと、見え方が変わります。黙っている人は、かなり合理的に判断しているんです。
言う得は遅くて不確か、黙る得はすぐ確実
ハーバード・ビジネス・スクールのエイミー・C・エドモンドソン氏は『恐れのない組織』で、発言と沈黙の「非対称性」を指摘しています。
発言の利益はチームや組織に入り、しかも後から、あるかどうかも分からない形で届きます。一方、沈黙の利益は自分に入り、今すぐ確実に手に入る。無知だと思われない。面倒な人だと思われない。上司の機嫌を損ねない。
この損得表を前にすれば、黙るほうが得です。
同書で例に挙げられている新生児集中治療室の看護師は、薬の投与量がおかしいかもしれないと感じながら、医師の機嫌を損ねるのを恐れて黙りました。このときは事なきを得ています。でも黙った本人にとっては、言わないほうが確実に安全だったわけです。
調査でも確かめられています。ニューヨーク大学のフランシス・ミリケン氏らが2003年に発表した研究では、さまざまな業界で働く40人に面接し、34人(85%)が「重要だと思う問題を上司に言えなかった経験がある」と答えました。
黙った理由で多かったのは、「トラブルメーカーや不平屋と見られる」が30%、「頼っている相手との関係が壊れる」が27.5%、「言っても何も変わらない」が25%です(複数回答)。
前の2つは言うコスト、3つ目は言う利益の小ささです。40人の探索的な研究なので割合そのものは一般化できませんが、沈黙が損得で説明できることは十分に読み取れます。
個人には合理的な沈黙も、チームの成果には響きます。Googleが社内の180チームを調べた「プロジェクト・アリストテレス」では、効果的なチームを分ける5つの要因のうち、心理的安全性が最も重要だったと報告されています。
ただしこれは社内の相関の調査で、効果は経営層、リーダー、メンバーによる評価と営業成績で測られています。発言が増えれば業績が上がる、とまで言える調査ではありません。
だから「もっと発言して」と頼んでも、損得表は変わりません。変えるべきは表のほうです。
部下は、あなたに会う前から黙り方を知っている
厄介なのは、この損得表が今の上司だけで決まらないことです。
エドモンドソン氏とジェームズ・デタート氏は2011年の論文で、職場の沈黙を「暗黙の発言理論」という概念で説明しました。発言がいつ危険か、いつ不適切かについて、本人も意識しないまま持っている思い込みのことです。
たとえば「確かなデータか解決策がないなら言うべきでない」「上司を人前で困らせてはいけない」。大企業での面接調査から見つかったこうしたルールは、組織に役立つ提案さえ引っ込めさせていました。続く質問紙調査では、こうした思い込みが広く共有されていて、ほかの要因に上乗せして職場の沈黙を説明することも確かめられています。
ミリケン氏らの研究でも、黙ることを自分の痛い経験から学んだ人だけでなく、同僚の話や周りの様子から学んだ人がいました。前の職場、前の上司、隣の席の誰かが叱られた場面。部下はそれを持ち込んでいます。
2人の研究を紹介したハーバード・ビジネス・スクールの記事は、組織全体が発言を歓迎しているように見えても、自分の上司には言えないことがあると伝えています。
ピョートル・フェリクス・グジバチ氏は『心理的安全性 最強の教科書』で、「何でも提案して」と言いながら、いざ提案されると却下する上司の矛盾を「ダブルバインド」と呼び、メンバーを萎縮させると指摘しています。部下が信じるのは宣言より、宣言のあとの反応です。
では、何が持ち込まれたルールを上書きするのか。石井遼介さんが『心理的安全性のつくりかた』で紹介している、トヨタの張富士夫氏の逸話が手がかりになります。
米国工場の責任者だった張氏のもとに、新任のマネージャーがトラブルを相談しに来た。本当に怒られないかを試すような相談だったそうです。張氏は怒らずに「よく報告してくれた。何が起きたんだ」と応じ、マネージャーは「本当に怒られないし、助けてくれる」と実感しました。
最初の悪い知らせは、部下にとって上司を試す実験なんです。
悪い報告が増えたら、回復のサインかもしれない
損得表を書き換え始めると、少し困ることが起きます。悪い報告が増えるんです。
エドモンドソン氏の研究の出発点がこれでした。2つの病院の8つの病棟で投薬ミスを調べたところ、チームワークの評価が高い病棟ほど、ミスの数が多かった。調べを進めると、ミスが多いのではなく、ミスを隠さず報告していたことが分かります。
職場に置き換えると、報告件数を減らすことを目標にした時点で、沈黙を増やす方向に力がかかります。「最近トラブル報告が増えた」は、今まで見えなかった問題が見え始めたサインの可能性があります。
たとえば、ミスの報告件数を部署の評価に入れたとします。件数が下がっても、ミスが減ったのか、報告が減っただけなのか、もう区別できません。
石井さんは行動分析の立場から、行動の直後に何が起きるか(本書の言葉では「みかえり」)が、その行動を次も繰り返すかを左右すると説明しています。そのうえで、報告の品質と、報告したという行動そのものを切り分けるよう勧めています。
たとえば、報告が遅かった、原因の整理が甘かった。そこを先に指摘すると、部下が受け取るのは「報告したら叱られた」という結果です。改善点は伝えていい。ただ、順番が逆なんです。
損得表を書き換える3つの反応
誤解:「何でも言って」と宣言すれば、言ってもらえる → 部下が信じるのは、最初の悪い知らせへの反応です。まず「知らせてくれてありがとう」。原因と再発防止は、そのあとで一緒に考えます。エドモンドソン氏は、悪い知らせを聞いた瞬間に無意識に顔をしかめる反応もやめるよう勧めています。
誤解:言うなら、裏付けと解決策をそろえてから → これは部下の側にある暗黙のルールそのものです。「確信は半分でいい」「解決策はなくていい」と、先に口に出して外します。「気になることは?」より「この計画で一番危ないと思う点は?」と具体的に聞くほうが答えやすくなります。
誤解:意見を聞いたら、それで終わり → 「言っても変わらない」は、黙る理由の上位にありました。採用しなかった意見にも「こう検討して、今回はこうした」と結果を返す。遅くて不確かな「言う利益」を、自分の手で近づける作業です。
3つ目は、ミリケン氏らの結果から私が引き出した解釈で、効果を実験で確かめた方法とは違います。ただ、損得表の見方に立つなら、自然な打ち手だと思います。
今日5分でできることもあります。直近で受けた悪い報告を1つ思い出し、自分が最初に口にした一言を書き出してみてください。それが、部下の損得表に書き込まれた最新の数字です。
おわりに
本音が言えないチームの正体は、臆病な人の集まりではありません。黙るほうが得だと、全員が正しく計算しているチームです。
計算の材料は、前の職場からも持ち込まれます。それでも、次の報告にどう返すかは、いまのリーダーが決められます。
この記事で参考にした本
『恐れのない組織』エイミー・C・エドモンドソン → 発言と沈黙の非対称性と、「優秀なチームほどミスの報告が多い」という発見
『心理的安全性のつくりかた』石井遼介 → 行動の直後の「みかえり」が次の発言を決めるという行動分析の視点と、張富士夫氏の逸話
『心理的安全性 最強の教科書』ピョートル・フェリクス・グジバチ → 「何でも言って」と言いながら否定するダブルバインドが、メンバーを萎縮させる仕組み
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