ポイントで囲い込んだ客は、最初から常連だった
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会員は、非会員の3倍買っている。
ポイントカードや会員アプリを持つ会社なら、似た数字を社内の報告で見たことがあるかもしれません。制度を始めてから、会員の購買額はずっと非会員を上回っている。だから制度は効いている、という結論になります。
ところが、この比較には大きな穴があります。3倍の差のうち、制度が生んだ分はどれくらいなのか。数字はそれを教えてくれません。
ポイント、会員ランク、定期購入、解約の手間。客を自社に留めておこうとする施策は、なぜ期待したほど効かないのか。研究と3冊の本から、その構造を順に見ていきます。
会員と非会員の差は、入会する前から開いている
仮の例で考えます。
あるドラッグストアがポイント会員を募ったとします。レジで「カードをお作りしますか」と聞かれて、作る人と断る人がいます。
週に2回寄る近所の人なら、ポイントがすぐ貯まるので作ります。旅行先でたまたま寄った人は断ります。つまり会員には、制度がなくてもよく来る人が最初から多く集まります。3倍の差の大半は、この「誰が入会したか」で説明できてしまうかもしれません。
南オーストラリア大学のバイロン・シャープ氏とアン・シャープ氏は、1997年にこの問題に取り組みました。オーストラリアの大規模な共通ポイント「FlyBuys」について、消費者の購買パネルデータを分析しています。
2人が使ったのは、各ブランドの市場シェアから予測される標準的なリピート購買の水準です。これをものさしにして、参加ブランドがどれだけ上振れしたかを測りました。結果、見られた上振れは弱いものでした。
2人は1999年の学会報告で、ニュージーランドのガソリン市場でも同じ方法を試しています。こちらでは1997年より強い上振れが出ました。ただし報告は、ブランドをよく買う人ほど入会するので、会員と非会員を比べてもわかることは少ないと注意しています。そのうえで、効果は既存の客の購買を守る防衛的なものだったとまとめています。
あるコンビニチェーンのデータを長期で追った、ユーピン・リウ氏の2007年の研究も同じ方向です。制度開始時点でよく買っていた客は、特典をいちばん多く受け取りました。それでも、買い方は変わりませんでした。買う量が少しずつ増えたのは、もともと利用が少ないか中くらいだった客のほうです。
垣内勇威さんの『LTVの罠』も、顧客調査から同じ姿を描いています。ホテルのアプリを使い続けるのは、頻繁に泊まるヘビーユーザーで、目的はポイントとスムーズな予約くらい。称号やポイントを喜ぶのは、すでにそのブランドが好きな客に限られる、と垣内さんは書いています。
ポイントの原資の多くは、制度がなくても来ていた客に配られている。効いているかを測るなら、入会前の購買額がそろった会員と非会員を比べる必要があります。
長く続けている客ほど稼いでいる、とは限らない
囲い込みの前提には、もうひとつの思い込みがあります。長く付き合う客ほど利益をもたらす、という考えです。
ヴェルナー・ライナーツ氏とV・クマー氏は2002年、この前提を4社の顧客データベースで確かめました。米国のハイテク法人向けサービス企業、米国の通販会社、フランスの食品小売、ドイツの直販型証券会社です。16,000を超える個人と法人の客を、4年間追っています。
取引の継続期間と利益の相関は、4社とも弱いか中程度で、相関係数は0.20から0.45でした。
ハイテク企業では、2年以上買い続けた「ロイヤル」な客の約半数が、ほとんど利益を生んでいませんでした。逆に、最も利益の大きい客の約半数は、利益率の高い商品を短期間に大量に買って去っていった客でした。長く付き合う客は対応コストが低い、値段に鈍感、新しい客を連れてくる。この3つの通説も、ほとんど裏付けられませんでした。
芹澤連さんの『戦略ごっこ』は、別の角度からこの前提を崩します。上位の客は、毎年かなりの割合が入れ替わる。ある年にたまたま多く買った人は、翌年は平均に近づきやすいからです。統計でいう平均への回帰です。さらに芹澤さんは、ロイヤルティの多くは愛着より習慣や無関心から生まれていると指摘します。
「離反を5%減らせば利益は25%増える」という有名な格言にも、同書は注意を促しています。この5%は5パーセントポイントのことです。たとえば離反率10%を5%に下げる、つまり離反を半分にするという前提になります。それだけ減らせれば利益が増えるのは当然で、簡単にできる話ではありません。
今年の上位客の名簿を作って特典を厚くしても、その名簿は来年にはかなり書き換わっています。囲い込む相手は、動く的です。
出口をふさぐと、引き留めた分だけ信頼が減る
ポイントで引き寄せられないなら、出口を狭くすればいい。定期購入の解約を電話だけにする、解約画面を奥に置く。そう考える会社もあります。
『LTVの罠』は、都度買えるものを定期購入に変えても、客の側の得はほとんどないと書いています。企業の都合で無理にサブスク化すれば、LTVを損なうことさえある、とも。
出口をふさぐ施策は、法律の面でも危うくなっています。米国の連邦取引委員会(FTC)は2023年、Amazonを提訴しました。FTCの主張によれば、Prime会員の解約手続きは社内で「イリアス」と呼ばれ、4ページ、6クリック、15の選択肢を経る作りでした。ホメロスの長い叙事詩と同じ名前です。
2025年9月、Amazonは10億ドルの民事制裁金と、約3,500万人への15億ドルの返金で和解しました。違法性を認めたわけではありませんが、入会と同じ方法で簡単に解約できるようにすることを求められています。
日本でも、2022年6月施行の改正特定商取引法で、通販の最終確認画面に代金や契約の解除に関する事項などをはっきり示すことが義務になりました。誤認させる表示で申し込んだ消費者は、契約を取り消せる可能性があります。
佐藤尚之さんの『ファンベース』は、既存の客を「囲い込み、刈り取る」発想そのものが、ブランドへの信頼を傷つけると書いています。ファンは企業の価値を支持してくれる仲間で、対等に扱う相手だ、という立場です。
ここで、2冊の間には温度差があります。『ファンベース』は、上位2割のファンが売上の8割を支えることが多いとして、既存のファンを大切にするよう説きます。『戦略ごっこ』は、年単位で見れば上位2割の売上比率は5〜6割程度だとして、新しい客を増やすことを重く見ます。既存の客にどれだけ力を割くかでは、2冊の意見は割れています。
それでも、縛って引き留めることを否定する点では一致しています。私の解釈では、解約の手間が止めているのは、離れたい人の手続きです。離れたい気持ちは、そのまま残ります。
囲い込みの予算を、関係が途切れる場所に回す
では、何にお金を使えばいいのか。垣内さんの答えは、顧客との関係が途切れている場所を1つずつ見つけ、そこを部分的に直すことです。垣内さんはこれを「LTVボトルネック」と呼びます。
たとえば、コンビニアプリのクーポンが使われない理由を客に聞くと、レジでもたつきたくないから、という答えが返ってきます。特典を厚くしても解決しません。直すべきは、レジでの提示の手間です。
たとえば、満足しているのにリピートしない高級旅館の客もいます。垣内さんによれば、客は意外なほど売り込みを待っていることが多い。宿泊後にLINEで個別に案内するような、当たり前の営業が抜けていたわけです。
実務で変えられることを2つに絞ります。
誤解:会員は非会員の3倍買っているから、制度は効いている → 入会する人がもともとよく買う人なら、差の大半は制度と関係ありません。
正しいアプローチ:入会前の購買額をそろえてから比べる → 入会前1年の購買額が近い会員と非会員を組にして、入会後の変化を比べます。リウ氏の研究にならってヘビー層とライト層を分けて見ると、効いている層が見えてきます。
誤解:解約を面倒にすれば、継続率が上がる → 止まるのは手続きだけで、離れたい気持ちは残ります。法的な危うさも増えています。
正しいアプローチ:解約を入会と同じ手数にして、理由を1問だけ聞く → 解約理由は、関係が途切れた場所を教えてくれる、いちばん安い調査になります。
5分で始められることもあります。客が最初に買ってから2回目に買うまでの間で、会社から何の連絡もしていない期間を1つ書き出してみてください。そこが、最初に確かめるべきボトルネックの候補です。
おわりに
会員の数字が良く見えるのは、もともとよく来る人が集まっているからかもしれません。
次に会員制度の成果報告を見るときは、「この制度がなかったら、この客は来なかったのか」と一度だけ問い直してみてください。その答えが、予算の置き場所を決めます。
この記事で参考にした本
『LTV(ライフタイムバリュー)の罠』垣内勇威 → 会員プログラム、アプリ、サブスクによる囲い込みの限界と、関係が途切れる場所を直す「LTVボトルネック」の考え方
『戦略ごっこ』芹澤連 → 上位の客は平均への回帰で入れ替わり、ロイヤルティの多くは習慣や無関心から生まれるという指摘
『ファンベース』佐藤尚之 → ファンを大切にしつつ、「囲い込み、刈り取る」発想は信頼を傷つけるという立場
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