初勝利の日に褒めない上司が、失っているもの
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「たまたまだろう。値引きしすぎだ」
たとえば、入社2年目の営業担当が初めて大きな契約を取り、喜んで報告に来たとします。上司の第一声がこれだったら、どうでしょうか。
言っている中身は正しいかもしれません。値引きは本当に大きすぎた可能性があります。浮かれさせないのも育成のうち、と考える上司もいるでしょう。
ただ、心理学には「良い知らせを打ち明けられたとき、相手がどう応えるか」を専門に調べてきた研究の流れがあります。そこでは、良い知らせへの返し方が、悪い知らせへの返し方と同じか、それ以上に関係を左右するという結果が出ています。
良い知らせへの返し方は、4つに分けられる
うれしい出来事を誰かに話して、喜びを大きくすること。心理学者のラングストン氏は1994年、これを「キャピタライゼーション」と名づけました。
この流れを広げたのが、UCLAのシェリー・ゲーブル氏らが2004年に発表した4つの研究です。最初の研究では、大学生154人に毎日の日記をつけてもらいました。その日いちばん良かった出来事を誰かに話した日は、出来事そのものの良さや、その日の他の出来事を差し引いても、前向きな気分と生活満足度が高くなっていました。
続く研究で、ゲーブル氏らは聞き手の反応を2つの軸で分けています。積極的か受け身か、そして相手の喜びを支えるか削ぐかです。職場に置き換えると、次のようになります。
積極的で建設的な反応 「すごいじゃないか。決め手は何だったの?」と、熱意を見せて詳しく聞く。
受け身で建設的な反応 「そう、よかったね」と短く返し、すぐ自分の作業に戻る。
積極的で破壊的な反応 「たまたまだろう。値引きしすぎだ」と、問題点や悪い面を指摘する。
受け身で破壊的な反応 「それより、例の資料はどうなった?」と、話そのものを流す。
冒頭の上司は、3番目の典型です。研究で使われた質問紙には、「相手はよく問題点を見つける」「良いことにも悪い面があると念を押してくる」という項目が並んでいます。
「黙って喜ぶ」も、関係を弱める側に入っていた
意外なのは2番目の扱いです。
ゲーブル氏らは、交際中の59組と、結婚している89組を調べました。関係の満足度や親密さとプラスに結びついていたのは、積極的で建設的な反応だけでした。受け身で建設的な反応は、2つの破壊的な反応と同じく、マイナスの側に入っていました。
「言葉は少ないけれど、喜んでくれているのはわかる」という反応でも、話した側には支えとして届いていなかったことになります。論文も、この結果に注意を促しています。一見すると良さそうな反応であり、相手の悪い振る舞いへの反応を調べた先行研究では、こうした控えめな反応は良い結果と結びつきやすかったからです。
ゲーブル氏らは2006年に、さらに踏み込んだ研究を発表しました。交際中の79組が、最近あった良い出来事と悪い出来事を交互に話し合い、その様子を録画します。話した側の評価と第三者の観察の両方で、聞き手の反応を測りました。
2か月後、関係の良好さや別れと強く結びついていたのは、良い出来事を話したときの反応でした。悪い出来事への反応より、関係の行方をよく説明していたんです。
熱のこもった反応は、出来事の価値そのものを上げる
ロチェスター大学のハリー・ライス氏らは2010年、この現象の仕組みを実験で確かめています。
ある実験では、大学生に最近のうれしい出来事を初対面の聞き手に話してもらいました。聞き手は実験の協力者で、半数には目を合わせて熱意をこめて応じる反応を、残りには「へえ」「わかります」と平板な声で返し、目をそらす反応をしてもらいます。分析の対象は83人です。
話したあと、参加者に出来事をもう一度評価してもらいました。熱意のある反応を受けた人は、話した出来事の評価が、平板な反応を受けた人より大きく上がっていました。聞き手への好感も高くなっています。ライス氏らは4つの実験と1つの日記研究を通して、熱のこもった反応が相手への信頼も育てることを報告しています。
同じ出来事でも、どう受け止められたかで、本人にとっての価値が変わるわけです。
職場に置き換えると、ここが一番こわいところです。「たまたまだろう」は、感想では終わりません。本人が初めての契約をどれくらい価値あるものと感じるかを、その場で目減りさせている可能性があります。
実験の結果を職場に当てはめてみます。同じ契約の報告に、ある上司は「決め手は何だった?」と身を乗り出し、別の上司は「たまたまだろう」と返したとします。前者の部下は、その契約を自分の工夫で取った最初の一件として覚えるでしょう。後者の部下にとっては、運よく拾った一件になりかねません。契約の中身は同じでも、本人の手元に残るものが違ってきます。
ただし、ここまでの研究の多くは恋人、夫婦、実験室の初対面の相手が対象です。職場を扱った研究はまだ少なく、トレバー・ワトキンス氏は2021年の理論論文で、職場は競争の場でもある点に注意を促しています。同僚の成功を聞いた側には、相手を競争相手と見ているかどうかで、刺激か嫉妬のどちらかが生まれるという見立てです。上司と部下の場面にそのまま当てはまると断定はできません。
改善点は、別の時間に移す
では、成果の報告を受けたら、改善点は飲み込むしかないのか。私はそうは考えていません。混ぜないことが大事だと思っています。
『はじめての課長の教科書』で酒井穣さんは、ほめることを「望ましい行動を強化し、方向性を示す」ための技術として扱っています。叱るときは、事実の確認、原因の究明、直接の指摘、感情のフォローという順を踏むよう勧めています。
事実の確認から始める叱り方は、報告の立ち話で済むものではありません。喜びの報告と改善の話は、もともと別の時間を用意したほうが収まりがいいんです。
木部智之さんは『リーダー1年目のマネジメント大全』で、受注を逃した提案でも、資料の緻密な分析を具体的に褒めるよう書いています。成長途中のメンバーは、頑張った過程を認められないとスキルアップにつながりにくい、というのが木部さんの考えです。成果が出た日なら、なおさらその過程に触れる材料があります。
たとえば初めての契約なら、「先方の懸念を3つ先回りして資料に入れていたのが効いたね」と、何が効いたかを言葉にして返す。酒井さんの言う「方向性を示す」ほめ方にもなります。
研究と本の知見を合わせると、実務では次の形になります。
誤解:浮かれさせないよう、その場で問題点を指摘する → 良い知らせへの破壊的な反応は、関係の満足度とマイナスに結びついていました。指摘の中身が正しくても、それは変わりません。
正しいアプローチ:最初の一言を質問にする → 「決め手は何だった?」「先方は何に反応した?」と聞く。積極的で建設的な反応の中心は、詳しく聞いて関心を示すことでした。答えの中に、再現できる勝ち筋も出てきます。
誤解:言わなくても、喜んでいるのは伝わる → 受け身の「よかったね」は、関係を弱める側に入っていました。
正しいアプローチ:改善点は日を改めて伝える → たとえば「値引きの判断は、明日の1on1で一緒に振り返ろう」と予定だけ伝えておく。いつ伝えるのが最適かを直接比べた研究は、私が調べた範囲では見当たりません。報告の場と指摘の場を分けるのは、ここまでの知見からの私の提案です。
明日から試すなら、まずは最初の一言だけで十分です。部下が良い知らせを持ってきたら、評価より先に質問をひとつする。30秒で終わります。
おわりに
初めての成果は、一度しか来ません。
その日に返した一言は、指摘の中身より長く相手の記憶に残るかもしれません。値引きの話は明日でもできます。「決め手は何だった?」と聞けるのは、今日だけです。
この記事で参考にした本
『はじめての課長の教科書 新版』酒井穣 → ほめる技術と叱る技術を分け、叱るときは事実確認から段階を踏むという考え方
『リーダー1年目のマネジメント大全』木部智之 → 結果が出なかった仕事でも、過程を具体的に褒めてメンバーの成長につなげる視点
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『フィードバック入門』中原淳 日を改めて改善点を伝えるとき、その伝え方を具体的に知りたい人に向く一冊です。耳の痛い話を、相手が受け止められる形で届ける手順がまとまっています。
『こうして社員は、やる気を失っていく』松岡保昌 上司の何気ない反応がやる気を削ぐ仕組みを、組織全体の視点から整理しています。「上げる前に下げない」という発想は、この記事の積極的で破壊的な反応の話と重なります。
『マネジャーの最も大切な仕事』テレサ・アマビール氏ほか 大きな成果だけでなく、日々の小さな前進がやる気を左右することを、働く人の日記から示した本です。初勝利の手前にある小さな進捗にも目を向けたくなります。