教えるほど育たなくなる部下は、もう新人ではない
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同じ教え方が、ある時期までは人を育て、ある時期から人を止めます。
教育心理学では、これに名前まで付いています。
たとえば、入社2年目の部下が同じミスを繰り返すとします。上司はもっと丁寧に説明し、手順書を作り、確認の回数を増やす。それでも伸びない。
よくある処方箋は「教えるのをやめて、問いかけよう」です。半分は当たっています。ただ、新人に同じことをすると、今度は別の失敗が起きます。
問題は教えるか問うかの二択にあるわけではありません。相手の段階と、教える量が噛み合っているかどうかです。
上司の説明は、手順の半分しか運ばない
最初に押さえたいのは、教える側の限界です。
外科教育の研究者サリバン氏と、教育心理学者リチャード・クラーク氏らは、外科医が手技を教える場面を分析しました。
2014年に医学教育の専門誌『Academic Medicine』に載った研究で、熟練の外科医3人が気道確保の手技(輪状甲状靱帯切開)を教える様子を録画し、別の外科医3人への詳しい聞き取りで作った手順の一覧と照らし合わせています。
結果、熟練者の説明からは、動作の手順の51%、判断の手順の73%が抜け落ちていました。
本人は丁寧に教えたつもりです。でも、熟練者の判断の多くは無意識に処理されているので、言葉にしようとしても出てこない。『Learn Better』のアーリック・ボーザー氏も、クラーク氏の研究を引きながら、専門家は自分の手順の3割ほどしか説明できないと紹介しています。
プロ野球の投手コーチだった吉井理人氏は、この落とし穴で選手の野球人生を狂わせたと振り返っています。
二軍コーチ時代、力みがちな投手に「もう少し力を抜いたほうがいい」と助言したところ、その投手は加減が分からなくなり、150キロ出ていた直球が120キロほどまで落ちた。感覚は戻らず、そのシーズン限りでトレードに出され、移籍先でも1年で解雇されたそうです。
吉井氏の頭の中にあった「ちょうどいい脱力」は、言葉にした時点で大半が削れていたことになります。
説明を増やしても、言葉にならない部分は伝わりません。その部分は、本人が自分でやってみて、ずれに気づき、直す過程でしか身につきません。上司が毎回答えを渡していると、部下はこの過程を丸ごと飛ばしてしまいます。
新人に効く助けが、育つと邪魔になる
では「一切教えない」が正解かというと、そうでもありません。
心理学者のカリュガ氏とスウェラー氏らは2003年、「熟達化の逆転効果(expertise reversal effect)」という現象を整理しました。
初心者の学習を助ける手厚い説明や詳しい解き方の例は、知識がついた学習者にとっては余計な情報になり、かえって学習を妨げることがある、というものです。
逆向きの研究もあります。キルシュナー氏、スウェラー氏、クラーク氏は2006年の論文で、指導をほとんど与えずに自分で発見させる方式は、初心者にはうまく働かないと論じました。
手厚い指導の優位が薄れるのは、学習者が十分な前提知識を持ち、頭の中に自前の手がかりを持てるようになってからです。
たとえば新人に「どう思う?」と聞いても、考えるための材料がまだ頭にありません。黙って答えを待たれる時間は、本人にとって学びより不安の時間になりやすいはずです。
経営の現場でも、同じ結論に行き着いた人がいます。インテルのCEOだったアンドリュー・S・グローブ氏は『HIGH OUTPUT MANAGEMENT』で、部下の「タスク習熟度」に応じて関わり方を変えるよう説きました。
習熟度が低いうちは、何を、いつ、どうやるかを明確に示す。高まるにつれて本人との対話を増やし、最終的には目標を決めて結果を見るだけにする。
グローブ氏が強調するのは、習熟度が仕事ごとに決まる点です。ベテランでも初めて担当する業務では新人と同じ扱いが要ります。
吉井氏も、選手の習熟度を4つの段階に分けて考えています。初心者には技術を教える指導を中心にし、中上級者には心構えやプロ意識に働きかける関わりを中心にする。「最高のコーチは、教えない」という書名の人でさえ、最初の段階では教えているわけです。
足場は、外すために架ける
教えすぎの問題は、教える量が最初から多いことより、減らないことにあります。
1976年、心理学者のウッド氏、ブルーナー氏、ロス氏は、3歳から5歳の子どもに積み木を組ませ、大人がどう手を貸すかを観察しました。この論文で、一人ではできない課題を大人の支えでやり遂げさせることを「足場かけ(scaffolding)」と呼んでいます。
3歳児には目標を何度も思い出させ、手本を見せる必要がありました。4歳児には、やり方を間違えたときの言葉による修正が中心でした。5歳児は、正しく進んでいるという確認さえあれば、ほとんど助けが要りませんでした。
うまくいった支えは、子どもの力に合わせて小さくなっていったのです。
減らし方を教室で確かめた研究もあります。
教育心理学者のレンクル氏らは2002年、ドイツの中学3年生にあたる生徒に電気の単元を教える授業で、この減らし方を試しました。完全な解き方の例から始めて、最後の手順から1つずつ空欄にしていき、最後は自力で解かせるやり方です。
2日後のテストでは、例題と練習問題を交互に解いたクラスより、似た問題の成績が良くなりました。形の違う応用問題では、はっきりした差は出ていません。効き目の範囲には限りがあるものの、支えを急に外すより段階的に外すほうが良いという結果です。
ただし、減らすことは放っておくことと同じではありません。グローブ氏は、失敗させて学ばせるやり方を「部下の授業料を顧客に払わせることになる」と退け、教育訓練は上司の仕事だと書いています。支えを減らすのは、相手が一段登ったのを確かめてからです。
教える量を、一段ずつ減らす
実務に置き換えると、次の違いになります。
誤解:育たないのは、教え方が足りないからだ → 教える量を増やすほど、部下が自分で組み立てる部分が減ります。
誤解:育てたいなら、最初から問いかけるべきだ → 材料のない新人に問いかけても、考える前に固まります。
正しいアプローチ:段階に合わせて、支えを一段ずつ外す → 最初は見せ、次に一部を任せ、最後は結果だけを見ます。
具体的には、次の3つです。
1. 仕事ごとに習熟度を見立てる 部下の担当業務ごとに「初めて」「一人で回せる」「人に教えられる」のどこにいるかを書き出します。同じ人でも、見積もり作成は任せられて、顧客との価格交渉はまだ隣で見せる段階、ということが普通にあります。
2. 教える工程を後ろから任せる レンクル氏らの方法を仕事に移すなら、たとえば提案書づくりで、最初は上司が全体を書いて見せる。次は最後の「結論と次の一手」だけを部下に書かせる。慣れたら構成案から任せる。任せる範囲を後ろから広げていきます。
3. 相談されたら、まず「どこまで考えた?」と聞く 今日から5分で始められるのはこれです。相手の答えで段階が分かります。何も出てこなければ、まだ教える段階です。案が出てくるなら、答えを言わずに案の穴だけを指摘します。
おわりに
部下が育たないとき、疑いたくなるのは部下の意欲や、自分の説明の丁寧さです。
でも、見直す価値があるのは「半年前と同じ量を教えていないか」のほうかもしれません。教える量を減らせたとき、それは部下が育った証拠でもあります。
この記事で参考にした本
『最高のコーチは、教えない。』吉井理人 → 「力を抜け」の一言が選手を狂わせた経験と、習熟度の段階で関わり方を変える考え方
『HIGH OUTPUT MANAGEMENT』アンドリュー・S・グローブ氏 → 仕事ごとのタスク習熟度に応じて、指示から委任へ関わり方を移すという原則
『Learn Better』アーリック・ボーザー氏 → 専門家は自分の手順の3割ほどしか言葉にできないという、教える側の限界
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